作品タイトル不明
伊勢神宮で肉あんを出す話を詰める。4個肉あん1つえびあんで150文。高いかもしれないから信楽焼に乗せて出す演出もしよう。ドン引きする従業員
伊勢神宮で肉あん屋を出す話が決まると、博之はさっそく広間で腕を組んでいた。
「肉あんやけども、どうするかやな」
お花とヨイチ、伊勢の店を見ている女衆たちが顔を見合わせる。
「また旦那様が怖い顔をして考えてはる」
「怖い顔というか、嫌な予感がする顔です」
「いやいや、今回は真面目や」
博之はそう言いながら、指を折った。
「まず、あんまり腹に溜めすぎるとあかん。伊勢神宮の中やろ。周りの店の腹を奪うことになる。
うちだけで客を満腹にしたら恨まれる」
「それは大事ですね」
「だから、松阪でやってた六個入りから減らす。肉あん四つ、海老あん一つ。
五個入りでどうやろうかと」
「五個ですか」
「そう。で、値段は百五十文」
その場が少し静まった。
お花が首をかしげる。
「一口のあん五つで百五十文……強気ですね」
「強気やとは思う。思うけど、魚のすり身の揚げたやつが八十文、百文で売れてるやろ。
あれがバカ売れしてるなら、五個入り百五十文は、伊勢神宮の中ならギリギリ妥当ちゃうかと
思ってんねん」
ヨイチが少し考えて頷いた。
「二百文だとやりすぎ感があります。百文だと安すぎて周りを壊す。百五十文は、
神宮内価格としては成立する可能性があります」
「せやろ」
「ただし、演出が必要です」
「そこや」
博之は、にやっと笑った。
「信楽焼で出そうと思ってんねん」
場が止まった。
「……はい?」
お花が聞き返す。
「信楽焼で全部出す。器の形はなんでもええ。小皿でも深皿でも、少し欠けてなければええ。
三百個集める。それに五個乗せて出す」
「旦那様」
「何や」
「それは、かなりまずいです」
「まずい?」
「まずいというか、下手したら人が押し寄せます。信楽焼をそんなふうに、ほいほい使える店なんて、
うちくらいです」
女衆の一人も、少し青い顔で言った。
「しかも伊勢神宮で見せるんですよね。肉あんを食べるだけじゃなくて、器を見る客も来ますよ」
「そこが狙いやん。うちの商品も見てもらう。信楽焼も見てもらう。食べて、器を見て、話になる」
ヨイチが帳面を開きかけた。
「三百個では足りない可能性があります」
「いやいや、三百食売れたら十分やろ」
「旦那様。初日です。珍しさ、神宮内、信楽焼、肉あん、海老あん入り。条件が重なりすぎています」
「んなアホな」
「初日六百食は用意した方がよろしいかと」
博之は少し目を見開いた。
「六百?」
「はい。売れ残ればまかないに回せます。肉あんですから、他の拠点にも回せます」
「まあ、五個入りやからな。六個入りより一つ少ない。五かける六百で三千個やろ。六個入りやったら三千六百個必要やから、六百個少なくて済む」
「その計算で安心するのはおかしいです」
お花が呆れた。
「でも、あん自体は伊勢の港や伊勢市内でも作れるやろ。焼き場を応援にして、
初日は多めに持っていく。あかなんだら減らせばええ」
「本当に伊勢神宮で調整するの、やめてください」
「調整せんと分からへんやん」
「みんな、神宮内の店に人生かけてる人たちもいるんですよ。うちはもう複数出していて、
感覚がおかしくなっています」
「それは……そうかもしれん」
ヨイチが淡々と続けた。
「初日は椅子を外に出すべきです。店内だけでは捌けません」
「それは考えてた」
博之は勢いづいた。
「魚のすり身の店の前、少し空いてるやろ。あそこにも椅子を出す。あと、
マグロの汁物は店でも食えるから、肉あん買った人が汁物に流れるようにする」
「むちゃくちゃな導線を組み始めましたね」
「導線は大事や。肉あんだけで終わらせん。魚のすり身、マグロ汁にも流す」
「旦那様、もう神宮内で一つの小さな横丁を作る気ですね」
「結果的にはそうなるかもしれん」
お花はため息をついた。
「名前はどうされるんですか」
「そこやな。百五十文で五個入りやから、“ご縁がありますように”にかけられる。
肉あん四つ、海老あん一つ。海老あんを福あんにしてもええけど、福を使いすぎると
福の安売りみたいで嫌なんよな」
「ふくふく焼きもありますからね」
「そう。だから名前はおいおい考える。今は五個入り、肉あん四つ、海老あん一つ。この形でいきたい」
女衆の一人が、少し真剣な顔で言った。
「値段は、変ではないと思います。神宮内で百五十文なら、むしろ安いと思う人もいるかもしれません。
ただ、問題は量です。どれだけ捌けるかが本当に分かりません」
「六百食は多いか?」
「普通なら多すぎます。でも、信楽焼で出すという発想が怖すぎます。食べ物だけじゃなく、
器目当ての人も来ます」
「器は売らへんぞ」
「売らなくても見に来ます。『伊勢神宮で信楽焼に乗った肉あんが食える』というだけで話になります」
博之は、少し照れたように笑った。
「ええやん。信楽焼をありがたがるのもええけど、器は器として使ってやらんと、器が泣くぞ」
その言葉に、少し場が静かになった。
お花が小さく笑う。
「旦那様、たまに良いことを言いますね」
「たまにって何や」
「でも、その通りだと思います。信楽焼を飾るだけではなく、飯を乗せて、人に使ってもらう。
それは良い見せ方です」
ヨイチは帳面を閉じた。
「では、方向性としては、五個入り百五十文。肉あん四つ、海老あん一つ。初日は六百食準備。
信楽焼の器を三百点以上、予備も含めて用意。椅子を外に出し、魚のすり身、マグロ汁への導線を
作る。売れ残りはまかない、または近隣拠点へ回す」
「完璧やな」
「完璧ではありません。危険です」
「何が」
「一日で六百食売れた場合、その店だけで九万文が動きます」
博之は固まった。
「……九万文?」
「はい。五個入り百五十文、六百食で九万文です」
「一日で?」
「一日で」
「伊勢、どえらいことになるな」
「だから見に行きましょう。当日は旦那様も現場を見るべきです」
「俺が行くと邪魔ちゃうか」
「前には出ないでください。裏で見てください」
「また前に出たらあかんのか」
「出たらご縁が逃げます」
「肉あんでも言われるんか」
広間に笑いが起きた。
博之は、少し考えてから言った。
「でも、これが当たったら、他の店の売上も上がるかもしれん。肉あんで小腹を満たして
マグロ汁に流れる。」
「逆に、肉あんだけで腹を満たさない量にした意味が出ますね」
「そうや。五個入りにしたのは、他の腹を奪わないためや。神宮内では、
うちだけで完結したらあかん。うちの中でも回すけど、周りの店にも人が流れるようにせなあかん」
お花が頷いた。
「それなら、周りへの説明もしやすいです。肉あんは小腹と話の種。満腹にする飯ではない、と」
「そうそう」
「ただ、信楽焼の器で出す時点で、話の種が大きすぎますけどね」
「そこはもう、面白がってやってみんと分からへん」
ヨイチが少し諦めたように言った。
「では、初日は試験販売ではなく、盛大な試験販売として扱います」
「何その言い方」
「失敗しても試験。成功しても試験。そういうことにしておきます」
「便利やな」
「旦那様の思いつきには、そういう言葉が必要です」
お花が最後に念を押した。
「当日は、必ず現場を見ます。売れ方、客の流れ、他店への影響、器の扱い、女衆の負担、全部見ます」
「分かった」
「それと、信楽焼を割られた時の扱いも決めておかないと」
「それもあった」
「器は器として使う。でも、数が減ると困ります」
「割れた器も記録やな」
「ヨイチさんが喜びます」
「喜びません。記録します」
広間にまた笑いが広がった。
博之は、少し遠くを見るように言った。
「伊勢神宮で、信楽焼に肉あんを乗せて出すか」
「ええ」
「なんか、また大ごとになりそうやな」
「なります」
「断言するな」
「なります」
お花も、どこか楽しそうに言った。
「でも、当たりそうです」
博之は頭を抱えながらも、口元だけは笑っていた。
「ほんま、飯屋って怖いな」
ヨイチが即答する。
「旦那様の飯屋が怖いんです」
その言葉に、誰も反論できなかった。