作品タイトル不明
博之はみんなにご飯の新作を考えるように促す。ゆずと蜂蜜を混ぜたのみものとか。みんなで考えたらたのしいやんwww
前のページと同じ内容が投稿されていましたので、念の為報告いたします
博之は、座敷の真ん中で寝転がったまま言った。
「なんか、みんなも考えてくれよ」
ヨイチは帳面から顔を上げた。
「何をですか」
「飯や。新しい飯」
お花が苦笑する。
「旦那様、それは旦那様の専門では」
「俺ばっかり考えてるやん」
「旦那様は、食の呪いにかかっておりますので」
「呪いなん?」
「はい。勝手にぼこぼこ出てくるのです」
女衆たちがくすくす笑った。
博之は少しむくれた顔で起き上がる。
「いや、でもさ。みんなも何か出してくれたらええやん」
「旦那様ほど変な方向には出ません」
「変って言うな」
「では、独特です」
「それもあんま変わらん」
博之は、指を折りながら話し始めた。
「たとえば、柚子とはちみつをさ、水……いや、お湯で割って飲んだら、さっぱりする気せえへん?」
「柚子は香りが良いですし、はちみつなら甘味もありますね」
「やろ。寒い時に飲んでもええし、飯の後でもええ。甘いけど重すぎへん」
ヨイチがすぐに言う。
「はちみつの量次第です。高くなります」
「ほらすぐ原価」
「必要です」
「あと、鯛や」
「鯛ですか」
「鯛を塩焼きにするやろ。で、身をほぐして、飯に混ぜる。そこに刻んだ漬物をちょんと乗せる。
香りづけやな」
お花が少し目を細めた。
「それは上品ですね」
「やろ。鯛飯っぽいやつや。で、もう一個は、味噌に漬けた鯛を焼く。ほぐす。上にわかめとか
海藻をちょんちょんと乗せる。そこに熱い茶をかけて、さらさらっと食う」
「茶漬けですか」
「そう。海の香りがするやろ。塩と味噌と茶。絶対うまい」
女衆の一人が言った。
「それ、鳥羽や伊勢の港で出したら良さそうですね」
「そうやろ。あと鯖の味噌漬け」
「それは堅いですね」
「堅い。米に合う。酒にも合う。あと鶏の天ぷら」
「鶏を揚げるんですか」
「そう。魚ばっかりやと飽きるやろ。鶏を薄く切って、衣つけて揚げる。味噌だれでも塩でもいける」
ヨイチが、すでに帳面の端に書き始めていた。
「書いてるやん」
「旦那様が忘れるので」
お花が笑った。
「お菓子の方はどうなのですか」
「お菓子はな、餅を餡子で巻くやつ。これはやりたい。あとふくふく焼き。これは絶対やりたい」
「始終ご縁がありますように、ですね」
「そう。それは流行らせたい」
「旦那様が言わなければ、流行ると思います」
「まだ言う?」
「言います」
博之は軽く傷ついた顔をしながらも、さらに続ける。
「あと、生地を丸くするやつや。円形にしたいから金型がいる。半円玉を焼いて、
その中にタコとか生姜とか入れる。くるくる回して焼く。丸い玉にして、竹串で食う」
「それは、また新しい型が必要ですね」
「頭の体操やって」
「旦那様の頭の体操は、だいたい五万文くらいかかります」
「高い体操やな」
座敷に笑いが起きた。
博之は少し身を乗り出した。
「要はな、今ある食材で、足したり引いたりしたら、まだ何かできるやろって話やねん」
「足したり引いたり」
「そう。高いものは高い。鯛も砂糖も高い。そんなんは、そもそも高いからうちの主力にはせん。
たまの上等品や」
「はい」
「でも、安いものでも、切り方、焼き方、包み方、名前、物語で変わるやんか。たくあんを刻んで
お好み焼きに入れるだけでも食感になる。下魚をすり身にしたら内宮で売れる。信楽焼きに盛ったら
飯が上等に見える」
ヨイチが頷く。
「それは、旦那様の強みです」
「だから、みんなで考えようよって話や」
女衆たちは顔を見合わせた。
「でも、そういうのは旦那様専門ですよ」
「ええ?」
「私らは、出されたものを見て、“食べやすい”とか“これは女衆に受ける”とか“これは
口紅が取れる”とか、そういうのは言えます」
「それ大事やん」
「でも、何もないところから、鯛を茶漬けにするとか、たくあんを焼き物に入れるとか、
ふくふく焼きに縁の話をつけるとかは、旦那様の方が向いています」
博之は、少し複雑な顔をした。
「でも俺、これで稼いでも、もうこれ以上金いらんねんけど」
「いらないと言いながら、増えていますね」
「増えるから怖いねん。そんなこと言われたら、やる気なくしてしまうわ」
「なくさないと思います」
「なんで」
「旦那様は飯を考えるのが好きなので」
お花がにこりと笑った。
博之は少し拗ねた。
「なんか、ご褒美ないの?」
「ご褒美ですか」
「そう。俺が面白い飯を考えたら、なんか褒めてくれるとか」
「褒めていますよ」
「もっとこう、分かりやすいやつ」
「ありません」
「即答やめて」
女衆の一人が笑いながら言った。
「でも、旦那様が面白いものを作ってくれたら、私たちは旦那様のこと、好きになりますよ」
博之の顔がぱっと明るくなった。
「それは、愛してくれるってことか?」
「違います」
「早い」
「愛ではありません」
「じゃあ何なん」
「楽しい人だな、と思うだけです」
「ええ?」
座敷がどっと笑った。
「楽しい人って、なんか近所のおもろいおっさんやん」
「だいたい合っています」
お花が言った。
「合ってるんか」
「はい。旦那様は、近所にいたら少し面倒だけど、飯は美味しいし、話は面白いおっさんです」
「ひどい」
「褒めています」
「褒め方が下手すぎる」
ヨイチが淡々と言う。
「旦那様、愛を求めると店が傾きます。楽しい人で止まっている方が安全です」
「俺の人生、安全運転すぎん?」
「旦那様の場合、安全運転でも時々崖に向かいます」
「そんな危ない?」
「かなり」
博之は畳に倒れ込んだ。
「俺、飯は思いつくのに、色恋だけほんまあかんな」
「その不足が、飯の物語を生んでおります」
「呪いやな」
「呪いです」
お花は、少し優しい声で言った。
「でも、旦那様。その呪いのおかげで、皆は楽しく食べられています」
博之は顔だけ上げた。
「そうなん?」
「はい。ふくふく焼きも、お好み焼きも、練り物玉も、ただの飯ではなく、
話すきっかけになります。旦那様が寂しがりだから、人が集まる飯を考えるのです」
ヨイチも頷いた。
「そして、そのたびに帳簿が増えます」
「最後にそれ言うな」
また笑いが起きた。
博之は、しばらく天井を見つめてから言った。
「じゃあ、とりあえず皆で一個ずつ考えようや」
「今ですか」
「今や。頭の体操」
「では、私は柚子はちみつ湯を試してみたいです」
お花が言った。
「私は、鯛の茶漬けですかね」
女衆の一人が言う。
「私は、たくあん入りのお好み焼き。安くて面白そうです」
「私は、鶏の天ぷらがいいです。魚ばかりだと飽きますし」
子どもが横から顔を出して言った。
「甘い丸いやつがいい」
「ほら、出るやん」
博之は少し嬉しそうに言った。
ヨイチはため息をつきながらも、帳面を開いた。
「試作候補として記録します」
「帳簿やなくて、飯の夢帳や」
「夢帳も、いずれ帳簿になります」
「夢がない」
「夢を形にするには、帳簿が必要です」
「うまいこと言うな」
座敷には、いつの間にか食べ物の話が広がっていた。
柚子とはちみつ。
鯛飯。
鯛茶漬け。
鯖の味噌漬け。
鶏の天ぷら。
半円玉の焼き物。
餡子の餅。
ふくふく焼き。
金はもう十分ある。
でも、飯の話になると、まだ皆の目が少し輝く。
博之はそれを見て、少し満足した。
「やっぱり、みんなで考えた方が楽しいやん」
お花が微笑んだ。
「はい。旦那様一人の呪いではなく、皆の遊びにしましょう」
「ええこと言うな」
ヨイチが筆を止めずに言った。
「遊びすぎないように、私が見張ります」
「ほんま、お前は最後に現実を戻すな」
それでも、座敷の空気は明るかった。
新しい飯は、まだ形になっていない。
けれど、もう話の種にはなっている。
そして伊勢松坂屋では、だいたいそこから商売が始まるのだった。