軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長野家の使いが帰った後、北伊勢の状況も聞きたいから九鬼水軍の方へ伺う。お好み焼きのお披露目

長野の使いが帰ったあと、博之はしばらく畳の上で黙っていた。

「また面倒な話になってきたな」

ヨイチが帳面を閉じる。

「津の城下、信楽焼き、九鬼水軍様の北伊勢展開。全部つながってきましたね」

「つながらんでええねん」

「旦那様がつなげました」

「俺か」

「はい」

博之はため息をついた。

「ほな、九鬼様のところ行くか」

「何を持っていかれますか」

「鉄板や」

お花が首をかしげる。

「鉄板でございますか」

「この前、寺で使ったお好み焼きの鉄板。あれ、九鬼様のところでも見せたら面白いやろ。

港町で使えるかもしれん」

「また新しい話を増やしに行くのですね」

「違う。挨拶や」

「挨拶に鉄板を持っていく飯屋は、旦那様くらいです」

そう言われながらも、博之は鉄板と丸い型、具材、味噌だれ、蜂蜜饅頭、麦茶を用意させた。

九鬼水軍のところへ着くと、先方は信楽焼きの話で盛り上がっていた。

「おう、伊勢松坂屋。信楽焼き、北伊勢で反応ええぞ」

「もう売ってはるんですか」

「試しや試し。白子や四日市の方へ、少しな」

「その話で津の長野様がまた怒ってるみたいです」

九鬼の者は、腹を抱えて笑った。

「またか。あそこは忙しいな」

「私に言われましても」

「で、今日はなんや。その大荷物は」

「鉄板です」

「鉄板?」

「最近、暇すぎて」

「お前が暇なわけあるか」

「気持ちの上で暇やったんです。で、婚活の場用に、お好み焼きというものを作りました」

九鬼の者たちが顔を見合わせる。

「お好み焼き?」

「小麦粉と卵を水で溶いた生地を、円形に焼くんです。そこに具材をお好みで入れてもらう。

大葉、たくあん、生姜、ごぼう、山菜、タコ、鶏。港ならタコやイカ、鯖のほぐし身でもええと

思います」

「ほう」

「婚活の場では、一人七十五文いただいて、まず蜂蜜饅頭と麦茶でしゃべってもらう。

それから二人一組で具材を選び、一緒に焼く。円を焼いて、縁を作るという、

まあ、しょうもない話です」

「しょうもないが、売れそうやな」

「でしょう」

九鬼の者が鉄板を覗き込む。

「で、これで焼くんか」

「はい。実演してよろしいですか」

「やれやれ。見せてみろ」

博之は店の者に合図を出した。

鉄板に油を薄く引き、丸い型を置き、生地を流す。刻んだタコ、大葉、生姜を乗せる。

しばらく焼いて、店の者がひっくり返す。最後に味噌だれをさっと塗る。

香りが立つと、九鬼の若い衆がすぐに寄ってきた。

「うまそうやないか」

「まだ熱いですよ」

「港飯やな、これは」

九鬼の年かさの男が一口食べる。

「……ありやな」

「ありですか」

「ありや。タコが入ると噛みごたえがある。鯖のほぐし身でもいける。鯛のすり身はどうや」

「鯛はちょっと上品すぎるかもしれません。すり身にするなら、安い魚の方が面白いです」

「お前らしいな。高い魚を安く見せるより、安い魚を高く見せる」

「そこが飯屋の腕です」

「味噌だれは変えられるな」

「はい。鳥羽なら生姜味噌。津なら魚味噌。伊賀なら山菜味噌。

白子なら魚と大葉。場所ごとに変えられます」

九鬼の男は頷いた。

「名前もええ。お好み焼き。客に選ばせるんやな」

「はい。ただ、店で常時やるにはまだ難しいです。鉄板が要りますし、型も要ります。

これが結構高いんです。焼き手も要る。火の管理も要る」

「つまり、イベント向けか」

「そうです。うちはたまたま金が余ってるから鉄板を作れましたけど、

普通にやるには初期費が重い。だから、寺社の縁会や、港の祭り、九鬼様の船方向けの催しで

高めに取る形が合うと思います」

「ほんまに色々思いつくな、お前は」

「思いつくだけで、帳簿はヨイチが泣きます」

「泣いてる顔が見えるわ」

ひとしきり笑ったあと、博之は本題に入った。

「それで、北伊勢の方なんですけど」

「ああ。長野が怒っとるという話か」

「はい。九鬼様が津を通り越して北伊勢で信楽焼きを扱ってると聞いて、また機嫌が悪いそうです」

「面倒な話やな」

「白子、鈴鹿、関、亀山あたりは、実際どうなんですか」

九鬼の男は、少し真面目な顔になった。

「津よりは複雑や。けど、津より楽かもしれん」

「どういうことですか」

「白子、鈴鹿、関、亀山。この辺は中小の国人衆が多い。顔を立てる相手は多い。だからぐだぐだはする。けど、津の長野みたいに、わがまま一つで全部を振り回すほど大きな殿様ばかりではない」

「なるほど」

「金を撒いて、筋を通して、寺社と港と街道を一つずつ整えれば、案外すんなりいく」

「津よりも?」

「下手したら津より早い」

「それは困ります」

「なんでや」

「津より早いと、長野様がまた“うちを足切りにした”とか、わけの分からん怒り方をします」

「するやろな」

九鬼の男は笑った。

「けど、白子は早いぞ。港がある。船が動く。内宮で売れている魚のすり身を出すという話なら、

港の者も乗ってくる」

「鳥羽と同じ感じですか」

「鳥羽ほど九鬼の色は濃くないが、海の者は分かる。下魚に値がつく話は強い。信楽焼きも、

港に置けば珍しがられる」

「白子、関、亀山を一つの区域で見るのはどうですか」

「悪くない。白子が港。関と亀山が街道と城下筋。港と街道をつなぐなら、そこは一帯で見る方がええ」

「四日市は?」

「四日市もいける。あそこは市の匂いが強い。商売になる。港もある。けど、白子関亀山とは

別で見た方がええな」

「桑名は?」

「桑名は様子が変わる」

九鬼の男は少し声を低くした。

「一向宗が絡む。長島の方もある。寺社と商人と川筋がごちゃごちゃする。

あそこは簡単に飯屋が入っていく場所やない」

「やっぱり後回しですね」

「そうや。まずは白子、関、亀山。次に四日市。桑名から上は慎重にせえ」

博之は深く頷いた。

「ありがとうございます。かなり整理できました」

「お前がやるなら、白子は早いぞ」

「早すぎても困るんですけどね」

「津への顔立てを忘れんな、ということやな」

「はい」

「なら、津に見本を少し回してやれ。信楽焼きも、魚のすり身も。城下はまだ無理でも、

“津を飛ばしてない”という形を作れ」

「それが無難ですね」

「それと、長野には言うとけ。北伊勢は九鬼の商いも絡む。津が全部押さえる話やないとな」

「それを私が言うんですか」

「お前しか言えんやろ」

「嫌やなあ」

九鬼の男は、お好み焼きの残りを食べながら笑った。

「嫌がりながらやるのが、お前の仕事や」

「飯屋なんですけど」

「もう飯屋だけでは済まん」

その言葉に、博之はがっくり肩を落とした。

だが、得るものは多かった。

白子、関、亀山は有望。

四日市もいける。

桑名は慎重。

津には顔を立てる。

九鬼水軍には北伊勢の外販を任せる。

そして、お好み焼きは港飯にもなる。

博之は最後に深く頭を下げた。

「一通り、ありがとうございます」

「次は、そのお好み焼きとやらを鳥羽でもやれ。タコ入りでな」

「また帳簿が増えます」

「ヨイチに泣いてもらえ」

「私も泣きます」

九鬼の者たちが笑う中、博之は鉄板を片付けた。

帰り道、海風を受けながら、博之はぼそりと呟いた。

「白子は早い、か」

お花が横で言った。

「津を怒らせない順番が必要ですね」

「ほんま、それやな」

ヨイチは帳面を開きながら言った。

「北伊勢構想。白子・関・亀山、四日市、桑名。津への顔立て。九鬼水軍外販。お好み焼き港版」

「帰り道で書くな」

「忘れる前に」

博之はため息をついた。

また道が増えた。

また縁が増えた。

また帳簿が増えた。

だが、北伊勢の輪郭は、少しだけ見えてきていた。