軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

とりあえず長野家の者を松坂に泊める。明日の伊勢行きの段通りをふむ。九鬼水軍への寄進等調整。

その夜、長野家の若い衆を泊めることが決まり、翌日に伊勢へ連れて行く段取りまで決まると、

博之はまた妙なことを言い出した。

「まさか、やな」

座敷の隅で、博之は腕を組んでいた。

「今回はこっちが悪いわけちゃうけど、場が悪い。長野家が北畠の領内で騒いだ形になってるし、

上の方に話が行くなら、いろいろ寄進持って行った方がええかな」

ヨイチが即座に顔をしかめた。

「駄目です」

「早いな」

「今回は駄目です」

「城主に一万文ぐらい持っていったらどうや」

「逆です。今持って行ったら、揉め事を銭で収めようとしているように見えます」

博之は少し不満そうにした。

「でも、うちは別に困ってないし」

「困っている体にしてください」

「なんでや」

「外交問題になるからです」

ヨイチは、帳面を抱えたまま淡々と言った。

「今回は、北畠領内で長野家の者が押しかけてきた。伊勢松坂屋は困っている。

北畠に守っていただき、話を収めていただく。そういう筋にしないと駄目です」

「でも実際は、飯食わせて泊めて、明日伊勢連れて行くんやぞ」

「だからこそです」

お花も頷いた。

「今ここで銭を包むと、“伊勢松坂屋がまた銭で場を動かした”という見え方になります。

お話が収まってから、改めてご挨拶としてお包みする方が上品です」

「上品か」

「はい」

博之は唸った。

「うちは最近、上品さを求められる飯屋になってきたな」

「元から必要です」

「最初は豚汁屋やぞ」

「今は内宮で店を持つ飯屋です」

「それ言われると弱い」

そこへ、北畠の代表格の男がやってきて、話を聞いて笑った。

「松坂屋さん、大変やな。銭があると、出せばええと思ってしまうんやな」

「最近ちょっと金銭感覚が壊れてまして」

「お伊勢さんの力か」

「お伊勢さんパワーがすごすぎます」

北畠の男は腹を抱えて笑った。

「羨ましい限りや。こっちは一万文でも話が変わることがあるのに、お前のところは

“とりあえず一万文”やからな」

「いや、違うんです。昔は違ったんです」

「今がそうなんや」

「怖いですね」

「怖いのはこっちや」

ヨイチが話を戻した。

「北畠の上の方へは、今回は事情説明を優先します。寄進は後日、改めてお礼の形で」

「それがええ」

北畠の男も頷いた。

「今持ってこられたら、こちらも扱いに困る。笑い話にして収めるために行くのに、

そこで銭が出ると話が濁る」

「なるほどなあ」

博之はしぶしぶ頷いた。

「じゃあ、北畠さんには今は飯だけか」

「飯は持って行くんですか」

ヨイチが聞く。

「飯はいるやろ。話聞いてもらうんやぞ」

「それはよろしいかと」

「飯は銭じゃないんか」

「旦那様の飯は、もはや説明資料です」

「どういう扱いやねん」

北畠の男がまた笑った。

「まあ、飯ならええやろ。長野の若い衆が食うて騒ぎが起きた飯を、

城主にも食わせて説明する。筋は通る」

「じゃあ、すり身と鮪、混ぜ飯も持っていくか」

話は九鬼水軍の方へ移った。

「九鬼様にはどうする?」

博之が言う。

「定期便を調整してもらうし、長野の若い衆十人も別に乗せてもらう。

これはさすがに包まなあかんやろ」

「九鬼様には包んでよいと思います」

ヨイチは帳面を開いた。

「通常の定期便のお代として一万文。日頃の顔合わせと調整代として一万文。

今回、面倒事に巻き込む分として一万文。合計三万文ですか」

「いや、二万文でええかなと思ったけど」

「今、一万文、一万文、一万文と言いました」

「言った?」

「言いました」

「じゃあ三万文か」

お花が苦笑した。

「旦那様、十人を余計に乗せていただくのですから、駄賃も必要です」

「それもそうやな。じゃあ、十人分の駄賃で一万文」

「合計四万文になります」

「増えたな」

「旦那様が増やしています」

北畠の男が呆れたように笑った。

「お前、船賃に四万文出すんか」

「いや、九鬼様には日頃から世話になってますし」

「それにしても豪勢やな」

「伊勢で茶一杯三十文するんですよ」

「嘘をつけ」

「ほんまですって」

「茶一杯三十文やったら、十人で三百文やろ」

「いや、伊勢は怖いところなんです」

北畠の男は肩を震わせた。

「その調子で長野の若い衆にも言うてやれ。伊勢は茶一杯三十文するぞ、銭が飛ぶぞ、と」

「言うてます」

「だから余計に混乱しとるんやろ」

ヨイチが冷静にまとめた。

「九鬼水軍には、定期便調整と追加乗船、今回の面倒事に巻き込むお詫びとして、

三万文でよろしいのでは」

「四万じゃなくて?」

「四万でも出せますが、出しすぎです。三万文でも十分です」

「じゃあ三万文」

「帳面につけます」

「すぐつける」

「つけないと旦那様が忘れます」

お花が続ける。

「長野家の若い衆には、伊勢での小遣いとして一万文を渡すのですか」

「渡す。自分の銭で見て歩けって言うても、どうせ使い方分からんやろ。うちが一万文出すから、

それで買い食いしてこいと」

「また子どもの小遣いのような言い方ですね」

「実際そんなもんや」

北畠の男が笑う。

「一万文が子どもの小遣いとはな」

「最近、ほんまにおかしいですわ」

博之は頭をかいた。

「でも、見せなあかんやろ。内宮の店、伊勢の町、港、九鬼の船、うちの紙、すり身、鮪。

ついでに、伊勢の高さも見せる。茶で三十文取られて、菓子でびびって、すり身が百文で

売れるところを見たら、少しは分かるやろ」

「分からなかったら?」

お花が静かに聞いた。

「分からなかったら、津には出さない」

博之は、そこだけははっきり言った。

「うちの者を、ああいう頭のままの武家がいる場所へ出すのは危ない。料理人を連れてこいとか、

買い付けを増やせとか、上から言われるなら無理や」

北畠の男は頷いた。

「それは、それでええ。北畠としても、あの者たちが伊勢を見てなお分からんなら、

津の話は慎重にした方がええ」

「じゃあ、明日の流れはこうやな」

ヨイチがまとめ始めた。

「朝、長野家の若い衆と調整役を連れて、九鬼水軍の船に乗る。九鬼様には三万文。

長野家の若い衆には伊勢見物用に一万文。北畠の上へは、先に報告。ただし寄進は持たず、

飯と説明で収める。後日、改めて挨拶と寄進」

「はい」

「伊勢では、街道の店、港、内宮の端の店を見せる。買い食いもさせる」

「はい」

「戻ってきて、態度が変わっていれば津の港再開の余地あり。変わらなければ、津は保留」

「完璧やな」

「完璧ではありません。かなり無茶です」

「でも、やるしかないやろ」

北畠の男が、にやりと笑った。

「しかし、面白いな。喧嘩しに来た長野の若い衆を、伊勢見物に連れて行って、銭まで持たせるとは」

「本当は嫌なんですけどね」

「でも効くんやろ」

「たぶん」

「ならええ。お殿様にも、そこは面白く話しておく」

「面白くしすぎないでください」

「無理や」

博之は、深くため息をついた。

「また笑い話になるんか」

「もうなってる」

座敷の外では、長野家の若い衆が、まだどこか不満そうにしながらも、うちの者に

案内されて湯浴みの支度をしていた。

飯を食わせ、風呂に入れ、泊めて、翌日伊勢へ連れて行く。

怒鳴り込んできた相手への対応としては、どう考えてもおかしい。

だが、それが伊勢松坂屋のやり方になりつつあった。

博之はぽつりと言った。

「ほんま、人を説得するのに伊勢使いすぎやな」

ヨイチが即座に返す。

「伊勢松坂屋の視察研修です」

「研修って何や」

「洗脳と言うよりは穏当です」

「言い方やめろ」

北畠の男が腹を抱えて笑った。

「これはお殿様に言わなあかんな」

「やめてください」

「無理や」

翌日の準備は、そうして騒がしく整っていった。