軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4月3週目前。半期の帳簿www博之逃げたくてグダグダしていると思わぬ来客。上野、名張から施しくださいwww

旦那様、楽しい楽しい長文の時間でございます。

ヨイチが帳面を抱えてそう言った時点で、博之は布団の上で露骨に顔をしかめた。

「楽しいのはお前だけやろ」

「旦那様も、だいぶ長文と帳面に慣れてきましたやん」

「慣れてへん。毎回、心が削れてる」

そう言いながら、博之は枕を抱えてごろごろしていた。内宮、津、九鬼、長野、買い付け方、

購買棚。考えることが多すぎて、もう頭が回らなくなっていた。

そこへ、お花が静かに入ってきた。

「旦那様。少し、お会いいただきたい方が来ております」

「また誰や」

「上野方面、名張方面の方々だそうです」

「……なんでそっちから来るねん」

話を聞けば、津と松阪の間の街道筋で、伊勢松阪屋の噂を聞いたという。

飯を食わせる店。

働き口を作る店。

寺社に寄進し、炊き出しもする店。

最近は伊勢や津にも顔を出して、羽振りがよいらしい店。

そんな噂をたどって、名張や伊賀上野の方から、何人かが嘆願に来たというのである。

通された二人は、どちらも痩せていた。

一人は名張から。

もう一人は上野の方から。

服はぼろぼろとまでは言わないが、余裕はない。頬はこけ、目の下には疲れがある。

長い道を歩いてきたのだろう、足元もかなり傷んでいた。

博之は、まず何も聞かずに言った。

「とりあえず座ってください。茶を出します」

お花が茶を用意し、蜂蜜饅頭も出した。

「せっかく来たんや。甘いもんでも食べて、少し落ち着いてから話しましょう」

二人は恐縮しながら饅頭を受け取った。口に入れた瞬間、片方の男の目が少し潤んだ。

「……甘い」

「蜂蜜饅頭です。うちの女衆にも人気でしてね」

しばらく茶を飲ませ、ようやく事情を聞くことになった。

名張から来た男が、深く頭を下げた。

「端的に言えば、貧しいから救ってほしい、という話でございます」

上野の方から来た男も続けた。

「食い物なり、働き口なり、何か手を貸していただけると聞きまして。支援していただければ、

いつか必ず返します」

博之は、すぐには頷かなかった。

「それは、難しいです」

二人の顔が固まった。

「一時、私が銭を渡しても、飯を渡しても、それで続くわけではありません。

産業がない。商売がない。稼ぐ形がない。それでは、ただの施しで終わります」

「それでも、頼るところがなくて」

「お上はどうしたんです」

名張の男が唇を噛んだ。

「取れる分だけ取って、あとはほったらかしです。子持ちも多く、食わせるだけで精いっぱいです」

上野の男も言った。

「こちらも似たようなものです。なんとか食えている者はまだましです。子が増えれば、

捨てるような話もあります。女も、子どもも、年寄りも、どうにもならん者が増えております」

その言葉に、博之は顔を伏せた。

分かる。

分かってしまう。

一年前の自分も、寝なし草で、飯もなく、先も見えなかった。あの時、誰かに拾われなければ、

自分はどこかで野垂れていたかもしれない。

けれど、だからこそ簡単には言えなかった。

「気持ちは分かります」

博之は静かに言った。

「私も、一年前は飯も家もなかった。そこから飯屋を始めて、ここまで来ました。

だからこそ、分かるんです。救うなら、責任を持たなあかん」

二人は黙って聞いていた。

「死にたがりとか、もう諦めてるやつは、私は救いたくないんです」

その言葉は少し厳しかった。

しかし、博之は続けた。

「自分で立とうとする者なら、手を貸します。でも、ただ助けてくれ、あとは任せた、

という者を抱えたら、うちは潰れる。うちの者も不幸になる」

博之は、隣に座るヨイチを見た。

「ここにいるヨイチもな。最初は、ほんまにひどい目をしてたんです」

ヨイチは少しだけ目を伏せた。

「旦那様、その話をしますか」

「する。お前がここにいるのは、ちょうどええ話やからな」

博之は二人に向き直った。

「ヨイチを拾った時も、こいつは腹を空かせてた。けど、ただ飯をやっただけやない。

食わせて、飲ませて、話を聞いて、仕事を少しずつ渡した。最初は何も信じてへんような顔を

しとったけど、飯を食って、水飲んで、少し寝て、また飯を食って、やっと人の話を聞く顔になった」

ヨイチは苦笑した。

「そこまでひどかったですか」

「ひどかった。目つきが飢えた犬みたいやった」

「犬ですか」

「犬より面倒くさかった」

座敷に少し笑いが起きた。

博之は続けた。

「でも、拾ったからには、食わせ続けなあかん。仕事も作らなあかん。失敗しても見なあかん。

そうやって、ようやく今ここにいる」

ヨイチは静かに言った。

「私は、飯をもらっただけでは残らなかったと思います。食わせてもらって、

飲ませてもらって、仕事をもらって、ようやくここに居場所ができました」

博之は頷いた。

「そういうことです。だから、私は簡単にはいとは言えません」

二人の肩が落ちた。

「ただし」

博之は続けた。

「このまま帰すのも、目覚めが悪い」

二人が顔を上げた。

「今回は、お二方に五千文ずつ渡します」

「ご、五千文ですか」

「はい。それと、屋敷の蓄えから、八千文分ぐらいの食料を渡します。輸送費諸々合わせて、

ざっくり二万五千文ほどです」

二人は言葉を失った。

博之は手を上げて制した。

「ただし、条件があります」

「何でもいたします」

「まず、子どもたちに読み書きを教えてください。字が読める、数が分かる。それだけで、

未来が少し変わります」

「はい」

「次に、何か産業を考えなさい。私どもに返さなくてもいい。飛んでもいい。

持ち逃げしても、まあ仕方ない。ただし、月に一回、報告に来てください」

「報告、ですか」

「何をしようとしたか。何に失敗したか。誰が残ったか。何が足りないか。それを話しに来なさい」

博之は続ける。

「それと、うちの名前の入った袴を、五枚ずつ渡します」

ヨイチが少し驚いた。

「旦那様、それは」

「分かっとる」

博之は頷いた。

「悪さに使われたら困る。だから使い方は限る。何かあった時、うちに来るため。

あるいは、うちが寄進している寺や神社に助けを求めるためです」

二人は震えるように頭を下げた。

「もし、悪さしてくる者がいるなら、頑張ろうとしている者の邪魔をする者がいるなら、

うちは手を回します。寺社にも、九鬼にも、松坂にも、伊勢にも、多少は顔があります。

全ては無理でも、守れるところは守ります」

博之は少し身を乗り出した。

「ただし、私が守るのは、立とうとしている者です」

「はい」

「とにかく、自分たちが立てる準備をしなさい」

それから、博之は具体的な話に入った。

「米を作れとは言いません。一年かかるし、土地もいる。まずは早く形になるものです。

胡瓜、紫蘇、蜂蜜、漬物に使える野菜、香りのある草。そういうものなら、

うちは買い取れるかもしれません」

「買い取っていただけるのですか」

「質がよければ。うちは漬物を混ぜ込んで飯を売っています。紫蘇はすり身にも使える。

胡瓜は漬物になる。蜂蜜は饅頭や甘味に使える」

お花が静かに補足した。

「少量でも、安定して持ってこられるなら価値があります」

「そうです。大きなことをしようとしなくていい。まず、月に一回、うちへ持ってこられるものを

作りなさい」

博之はさらに言った。

「それができないなら、読み書き算術を教えて、うちの商売人として使える者を育てなさい。

帳面が見られる者、数を数えられる者、嘘をつかずに荷を運べる者。そういう人材は、うちは欲しい」

二人の目から、ぽろぽろと涙が落ちた。

「ありがとうございます」

「礼はまだ早いです」

博之は少し照れたように顔をそらした。

「これは救済やなくて、試しです。私は、あなた方の村を丸ごと救えるとは言いません。

そんな力はありません」

「それでも」

「でも、立つ気があるなら、手は貸します」

名張の男が、床に額をつけた。

「必ず、月に一度、報告に参ります」

上野の男も震える声で言った。

「子どもに字を教えます。何か作ります。何もできなかった、では終わりません」

「それでいいです」

博之は頷いた。

「失敗してもいい。失敗したと報告しなさい。隠すな。ごまかすな。次を考えるから」

帰り際、博之はもう一度言った。

「いいですか。うちに頼るのは一回だけです。次は、何をしようとしているかを持ってきなさい」

「はい」

「胡瓜でも、紫蘇でも、蜂蜜でも、漬物でも、読み書きできる子でもいい。何か形にしなさい」

「はい」

「それができたら、次を考えます」

二人は何度も頭を下げて帰っていった。

その背中を見送りながら、博之はぽつりと言った。

「また、変な種まいたかもしれんな」

ヨイチが答える。

「旦那様は、種をまくのが好きですね」

「飯屋やからな」

「それは農家の言い訳です」

お花が笑い、座敷にも少しだけ笑いが戻った。

だが博之の中には、重たいものが残っていた。

救えるかは分からない。

続くかも分からない。

持ち逃げされるかもしれない。

失敗するかもしれない。

それでも、空腹で来た者を、そのまま帰すことはできなかった。

一年前の自分と、拾った時のヨイチを、そこに見てしまったからである。