軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

遠征に行くそうです

「もう少ししたら遠征に出ないといけないのです」

って、先程旦那様はおっしゃいましたね? それはまた急なことで驚いてしまいました。

といってもまあ、仕事に関してはいつもこのような感じですけど。しかしこれまでならば、こんな風に『充電したかった』とか絶対おっしゃらなかったんで、とっても違和感を感じてしまいます。

いつもの旦那様とは違った雰囲気なので、私は思わずじっと、その綺麗な濃茶の瞳を見つめ続けてしまいました。

「また南の方に行ってきます」

旦那様はそうおっしゃいました。

場所は変わって、ここは公爵家のサロンです。

今は人払いがされていて、ロータスでさえも席を外しています。

外でああいったお話をするのはよくないので、他の話題に切り替えて普通に帰宅しました。壁に耳あり障子にメアリーです。油断大敵火がぼうぼうなのですよ!

その点、うちならば安心安全です。なんてったって 特務師団(ちょうほうぶ) お墨付きの鉄壁ガードなんですからね!

そしていつものソファに落ち着いてからの、先程の旦那様の発言です。

そしてなぜか、対面ではなく横に座らされています。また密着しています。いっぱい場所はあるのに、どうしてこうもくっつきたがるのでしょうか? でもなんだか慣れてきてしまっている自分に驚きです。これはカルタムのせいでしっかり身に付いた、スキンシップ耐性というヤツが発動しているのかもしれません。

そうそう。前にも言いましたが、旦那様のお仕事のことは極秘情報です。だから出張先のことを言うにしても、先程のような感じのアバウト加減なわけですよ。方向だけでも教えていただけるようになったので、家族認定されたということですね! いや、秘密基地(みたいな?)も教えられた、というか連れて行かれたくらいですから、完全認証済みでしたね。

「南の方、ですか」

「ええ。ちょっときな臭くなってきたようなのでね。前々から調べてはいたのですが」

当たり障りないところで、旦那様が説明してくださいます。

そう言われてみれば、近頃旦那様は出張に出たり、浮気を疑われた……こほん、偽装工作をしたりとお忙しそうでしたよね。今朝だって、難しい顔で書類を読まれてましたっけ。

微妙なお話ですし、一般人の私が首を突っ込んでもいけないことなので、すっかりスルーする癖がついちゃってましたが。

しかし、王都は平和そのものです。

戦(いくさ) とか小競り合いとかが起こっているというような物騒な話は聞いたことがありませんし、そんな雰囲気も感じられませんでした。出入りの商人さんも噂話ひとつしていませんでしたし、物資もこれまで同様、多種多様豊富に滞りなく流通しています。

どこにもそんな不穏な気配が漂っていないのですが?

「そうなんですか? 私たちにはちっともわかりませんでしたけど」

どんなに考えても通常営業しているとしか思えない 王都(せけん) なので、旦那様の話がにわかに信じがたく、キョトンとなっていると、

「まだ事を荒立てる必要はありませんからね。知っているのは軍部と上層部くらいなものです」

しれっとおっしゃる旦那様でした。

「そして出張、ではなく遠征ですのね?」

「ええ、まあ。あちらの動きが活発化しているらしいということなのでね。これまで調査してきたこととも考えあわせて」

「では、戦、ですの?」

以前から、ちょいちょい南の国境付近では小競り合いをしていたようなのですが、王都からも遠いし、実際に戦いに出る兵士さんに知り合いがいなかったのもあって、あまり詳しい話は入って来ませんでした。しかも南の国境ではよくあることなので、国民も大きな混乱もなく落ち着いていましたし、むしろあまり気にするな的な感じでした。

ああ、でも結婚式が延び延びになったのって、あれも南隣の国との戦が原因でしたね!

いつも向こうから仕掛けてくるらしいです。まったく、血の気の多い国ですね~。迷惑千万です!

魔法を操る国では、血液を精製して薬を作ることができるらしいですよ? すんごい高価らしいので、有り余っているその血の気をそこで献血してきたら、いっそ感謝されるんじゃないでしょうか。そんな国がどこにあるかは知りませんけど。異世界ふぁんたじぃという、今庶民の間で流行している本で読んだ知識ですが何か?

……いや、今はそんな情報はどうでもいいですね。

「いや、今の段階ではまだそこまではっきりしていません。ですから僕たちが行くのですよ」

旦那様の部隊が行くということは、情報収集と情報操作ということでしょうか。

「なるほど」

「ですから、今のところいつ戻ってこれるかわかりません。早くてひと月はかかるでしょう」

ふう、と旦那様がつらそうにため息をついています。

ひと月も遠征に出るというのは、かなりお疲れになる仕事なのでしょうね。 戦場(げんば) では普段のような贅沢……もとい、潤いのある生活は期待できません。むしろ贅沢は敵です。おぼっちゃま育ちの旦那様ですから、大丈夫でしょうか?? 心中お察し申し上げます。多分私なら平気でしょうが。

「難しいお仕事ですの?」

「ええ。長くなると……どれくらいかかるかわかりません。挙式が延びた時のように」

「まあ!」

それは大変難しいお仕事ですね!

これからのことを思ってか、旦那様の綺麗なお顔が愁いを帯びています。伏せられたまつ毛の長いこと! それが作り出す影も揺れています。

旦那様たちのお仕事いかんに、この国の運命がかかっているのですものね!!

それってすごいプレッシャーですよねぇ。でもお仕事はすごいできるってお聞きしていますよ(騎士団綺麗どころ談)! がんばれ旦那様っ!!

私は手に拳を握り、旦那様のお顔をじっと見つめて心の中でエールを送っていたのですが、何を思ったのか旦那様は、そんな私の手に自分の手を重ねて、

「ヴィオラは 公爵家(ここ) を、僕の留守をしっかりと守っていてくださいね」

私の瞳をしっかりと見ながらそう言いました。きりりと引き締まった表情は、ほんと素敵で眼福モノ。

真っ直ぐ私に向かっておっしゃってくださったのですが、当の私はというと、そのお言葉にバシバシと瞬きを繰り返しているだけでした。

何を今更そんなこと! お邸を守るのはもちのろんろん頑張らせていただきますが、つかアナタ、最近まで ず っ と 不 在 だ っ た よ ね !

おっと、あぶない。思わず口から飛び出ていくところでした。ツッコミはあくまでも心の中で。

私は深く息を吸い込み(ツッコミを飲み込んだとも言う)、心を落ち着けてから、

「もちろんですわ! 私は一人ではありませんもの。ロータスもいますし、ダリア、ミモザ、ベリスもカルタムも、みんなみ~んないますから、旦那様がいなくても大丈夫! しっかりとみんなでこのお邸を守って見せますわ。寂しくなんてありません!! ですから旦那様も、安心してお仕事に打ち込んできてくださいませ!!」

留守番どんとこいや~、とニッコリ笑って旦那様にそう言い切った私なのですが、どうしたのでしょう、見上げた旦那様のお顔が泣くのをこらえているように見えるのは私の気のせいですかね? 美形は泣きそうな顔でも綺麗って、卑怯ですね!

安心させようと思って見せたゼロ円スマイルが、お気に召さなかったのでしょうか?

しばらく私を見ていた(しかもウルウルお目目で!)旦那様でしたが、

「くそっ! 呑気に長期戦なんてしてられないっ!! 全力で頑張ってきます、僕! 巻き(・・) で頑張ってきますから!!」

キッと眼光を鋭くさせたかと思うと、先程までのしんみりムードはどこへやら、背中にめらめらと炎を背負って(るみたいに見えたんです!!)『短期決戦』宣言です。

旦那様のあまりの変わり様に、私はついて行けません。

ほけ~っとフヌケ顔で旦那様を見上げるしかできませんでした。

数日後。

旦那様は意気揚々と遠征に出かけていきました。私に話して聞かせていた最初の悲壮感はきれいさっぱり吹き飛んで、そのかわりにすっごい気合が入っているようです。

モチベーションを維持するために是非!! と、旦那様に強請られましたので、結婚以来久しぶりの『ヴィーちゃん特製☆刺しゅう入りハンカチーフ』を2ダースほど作って差し上げました。結構地味に肩が凝りましたが、いつものようにミモザに癒されました。

なんだか少しげっそり感が漂う部下さんたちを引き連れて、旦那様は王都を後にしました。

そして遠征に出た旦那様と入れ替わりに、義父母夫妻がお邸にやってきました。

なぜって?

一応避難なんだそうです。

公爵家の領地は、大きなものは王都に近いところにあるのですが、それ以外にもあちこち飛び地的にありまして。今ホットな話題の南の国境という要衝の地も、実は公爵家の領地なんですねぇ。

だからお義父様は、非公式に辺境伯のようなことをしていたのだそうです。

全く知りませんでした。

そしてこの間の不意打ち訪問も、実は今回の南隣の国問題のことで緊急招集されてのことだったそうです。野暮用とかそういうレベルじゃありませんでした。

今回の義父母の避難に関しては、旦那様から事前にお話がありましたので対応は充分です。

長期の滞在になるかもしれないということですが、義父母は本館ではなく別棟に滞在することを希望してきましたので、私とダリアとミモザ、あと数人の侍女さんとともに別棟の準備に取り掛かりました。

新しいシーツや食器類、ちょっとした衣類などを用意すべく私たちは別棟と本館の間をいそいそと往復しました。

「本当に別棟でいいのかしら?」

本館の方が何かと便利なんだけどなぁと思い、ダリアに尋ねれば、

「なんでも、二人っきりで 仲睦まじく(いちゃこら) すごしたいそうなので……」

若干疲れたようなため息をつきながら答えてくれました。そか。そゆことでしたか。

別棟でいちゃこらしている姿が容易に浮かんでしまう義父母のラブラブっぷりを思い出したら、私も半笑いになるのを止められませんでした。

義父母たちは相変わらずお土産はいっぱい持ってきていましたが、それ以外は何とも身軽な感じでやってこられました。

「あちらの情勢が落ち着くまで、お世話になるね」

いつもダンディなお義父様が、にっこり微笑んでいます。相変わらず 誑(たぶら) かされそうにいい笑顔です。対する私は、お二人の美形キラキラオーラに気圧されながらも、懸命にゼロ円スマイルで対抗しています。

「はい! お義父様やお義母様が危険な目に遭われては大変ですもの。ごゆっくり滞在なさってくださいませ」

「ありがとう、ヴィーちゃん! せっかくだから一緒に買い物やお出かけ、いっぱいしましょうね~!」

あ、ここにも前の誰かさんみたいな外出コースを組んじゃう人がいました……。