作品タイトル不明
本日はお日柄も良く
無事アイリス様に『ヴィオラの瞳』をお届けできてホッとしました。あとは宝石商さんのお仕事です。信じて任せましょう。
アイリス様からのお誘いで急遽ランチをご一緒しましたが、おしゃべり好きなアイリス様がそれだけで終わるわけないですよね。
「ほら、わたくし 嫁(い) き遅れてたでしょう? 縁談がまとまってからの親の喜びようが半端なくて、もう準備が大変でしたわ」
「お屋敷も新築されて、家具調度も新調されましたよね」
「それだけじゃないの」
「え?」
「大神殿まで改修しちゃって」
「はい?」
大神殿って、 あの(・・) 大神殿ですよね? 王宮の敷地内にある、アレですよね? アレは国のものというか国教会のもので、部外者が勝手に改修とかできないんじゃ?
ちょっと一瞬アイリス様が何を言ってるのかわからなくて目を丸くしてると。
「大神殿って、かなり古い建物でしょう? 使わせていただくにあたって、傷んでいるところを自費で改修しますって父が言ったら、神官様や国王陛下も喜んでくださってね」
いや、ほんとに大神殿だった。
うふふふふ……ってアイリス様は朗らかに笑ってますけど、それ、準備の範疇超えてません? そりゃ国王様たちも喜ぶでしょう。大神殿は、さすが王宮の敷地内に建っているだけあって歴史ある古い建物だけど、きちんと手入れされた趣のある建物です。それを今以上に改修するって。
「改修っていっても、そもそも手入れは行き届いているから、神官様や国王様のご意向を伺ってですけどね」
「はあ……」
結婚式会場まで改修するなんて、お金持ちのやることすごすぎてついていけない。
楽しいおしゃべりが盛り上がり、気が付けば午後のお茶までいただいちゃって、すっかり長居していました。
「気が抜けたら眠気が」
乗り心地が良い上にふわふわのクッションが置かれてる車内、自然と体が傾くのは仕方ないですよね?
お屋敷に着いたのにも全然気付かないで眠りこけていた私を、起こしてくれたのはダリアでした。
「奥様、お休みになるのでしたらお部屋に戻られた方がよろしいかと」
「ん……んんん……? はっ!」
帰りの馬車の中、お屋敷までそんなに距離もないというのにすっかり爆睡していました。適度な揺れとクッションの威力すご……じゃなくて。
「お目覚めになられましたか?」
「はぁ……よく寝てました」
「昼食をご一緒するとはお聞きしていましたが、ずいぶんお帰りが遅いので心配しておりました」
当初の予定では宝石を渡すだけだったのが急遽ランチも一緒に食べるということになったので、それはお屋敷に伝えていたんだけど、ランチ以降のことはそんなつもりもなかったから言ってませんでした。
「ごめんなさい。話が弾んでしまってお茶までいただいてきてしまいました」
「それは良い時間をお過ごしになられましたね」
「はい! でも、おしゃべりしすぎて疲れちゃったのかも」
「やはり晩餐まで、お部屋でお休みになられて方がよろしいのでは?」
「そうします」
そもそも朝から旦那様に顔色を心配されてましたしね。帰りの道中で爆睡したといっても短時間だし、まだ眠気はバッチリ残ってるし。ここは何も考えずにレッツ・シエスタ!
部屋に戻って普段着に着替えると、私はいつものようにベッドにダイブしました。
「ふわあぁぁぁ……よく寝た」
ぐっすり眠って体力充填120%! ベッドの上で大きく伸びをすると、外から小鳥の囀る声が聞こえてきました。
ん? 鳥の鳴き声?
閉じられたカーテンからは明るい日差しが 溢(こぼ) れていて、まるで朝日のよう……って、えええええ!? 私が昼寝したのは夕方頃。軽く寝たのなら、今ごろ外は真っ暗のはずじゃ?
寝ぼけた頭で混乱していると。
「おはよう。よく寝てたね」
ふわぁ〜と、隣からあくびが聞こえて……いつの間にか隣に旦那様が寝てるし? 寝起きのアンニュイさも色気ダダ漏れってズルい。……じゃなくて。旦那様も一緒にお昼寝……の割には、あちらはバッチリ寝巻きですね。え? どういうことかな?
「ちょっとお聞きしますが、今は朝ですか?」
「そうだよ」
「私は昨日の夕方から寝続けていた、と」
「そうだよ」
おう……なんてこったい。疲れていたにしても寝過ぎでしょ、私。
確かに昨日寝巻きに着替えた形跡も記憶もなく、お昼寝前に着替えた普段着のままですね。そうか、私、あのままご飯も食べずに寝ちゃってたのか。自分の睡眠ポテンシャルにドン引きだわ。
「夕飯の時に起こしたんだけど、『お菓子の食べ過ぎでお腹いっぱいです』とかなんとか言って、起きようともしなかったよ」
「言った覚えがありません……」
「だろうね。そのまままた寝ちゃったし」
その時のやりとりを思い出したのか、旦那様が苦笑しています。
「まあ、昨日は疲れてるようだったからそのままにしたよ。旅行の疲れも出たんだろう」
「一食くらい抜いても死にませんから!」
「そうじゃないでしょ。でも、顔色も良くなったね。心配してたけど、よかった」
「よ〜く寝たおかげですっかり体も軽くなりました」
「無理はしないように。疲れは蓄積するから」
「はい!」
体力自慢な方だけど、予定の詰め込み過ぎはやめておきます。
とは思いつつも、私たちの準備も着々と進んでいるわけで。
その日の午後、マダム・フルールのメゾンから新調していたドレスが届きました。アイリス様関連でお忙しいと思うのに、こちらのものまで急かしてしまって申し訳ない。
出来上がってきたドレスは、くすんだピンクのシックなもの。私好みのシンプルなAラインは、爽やかだけど目立たず良い感じです。旦那様のは同じ色がチーフやタイに差し色として使われた、いつものリンクコーデになっています。
「さすがマダム! とても素敵です」
「会場のお客様——とくに淑女を、新郎新婦を祝福する花に見立てましたの。会場に咲く、可憐なお花。ですので、暖かいお色目にいたしました」
私なんかが彩りの花になるのか疑問だけど、ドレスが素敵だし、枯れ木も山の賑わいくらいにはなるでしょう。うちの場合、旦那様が素敵だから、お花の役目は旦那様に譲ろう。
お飾りの方は、今回は赤系統のドレスなので、久しぶりにルビーをつけることにしました。
「ここのところずっとサファイアばかりだったからね〜」
「奥様がつけるだけで、よい宣伝になりますからね」
ステラリアはそう言ってにっこり笑ってます。自分の名前つけられてるんですもの、自分で宣伝しなくちゃね。かなり恥ずかしいけど、そろそろ慣れました。
今回はルビーとダイヤの首飾りですが、ルビーといえば〝あのお方〟の瞳の色。旦那様、よくぞ『カレンデュラの瞳』とか名付けなかったな。しようとしたけどロータスに止められたとか? まあどうでもいいことだけど。
これで私たちの方も準備はできました。あとは当日を待つだけです。数日ですが、ゆっくり過ごしましょう。
そしていよいよ式当日。
「ドレスオッケー、お飾りオッケー、特殊メイクオッケー!」
「どんな確認ですか」
「いつものことです」
ステラリアや侍女さんたちに笑われながらも、姿見を見て指差し確認。オールオッケー。準備は完璧です。
「アイリス様の指輪も間に合ったようだし」
「本当に、よかったですわ」
昨日アイリス様から『指輪が間に合った』と連絡が来ました。宝石商さん、頑張りましたねぇ。宝石を贈った身としてもホッとしました。
「指輪の装着って、儀式の中に取り込むのかしら」
「さぁ……どうでしょう? そもそもそういったセレモニーがございませんから、なんとも申し上げられませんね」
そもそも指輪をはめることは最近の社交界のブームなだけであって、結婚の儀式には全く関係ないですからね。ステラリアも侍女さんたちも、みんな首を傾げています。
「ま、それはおいおいわかるとして。慌ただしい日が続いたけど、今日を乗り切ったらまたいつもの日常が戻ってくるわ。頑張りましょう!」
「うふふ、そうですね。気合を入れて参りましょう」
「あ〜今日のヴィーも、一段とかわいい。誰にも見せたくない。このまま独り占めしておきたい!」
はい、出ました〜。お出かけ前の『お約束コント』。いつもの私ならいそいそと乗っかって、最後はロータスに怒られるまでがワンセットですが、今日の私は違うんです。
「じゃあこのままお家にいましょうか——と言いたいところですが、今日はアイリス様のだ〜いじな晴れの日ですからね! さ、張り切っていきましょう!」
ノンノン。人差し指を左右に振って、旦那様を諭しました。
「おお……今日のヴィーはいつもと違う」
「はい! お友達の晴れ姿をしっかり目に焼き付けないといけません!」
社交界での数少ないお友達ですからね!
「いつもこれくらいスムーズにお出かけくだされば苦労ございませんのに」
ロータス? 今何気に毒吐きましたね? ま、いいけど。
久しぶりの大神殿。新年の、フルールの日以外の儀式で来るのは初めてじゃないでしょうか。
「改修したとはお聞きしましたが、これはまた綺麗になりましたね」
大神殿の窓って、ステンドグラスだったっけ。ただのガラスだったような気がするんだけど?
「 嫁(い) き遅れてた分、親がめちゃくちゃ喜んで金に糸目をつけなかったらしい」
「わぁ」
〝金に糸目をつけなかった〟というのは本当なんでしょう。窓は全て、細かな細工が美しいステンドグラスに変わってるし、祭壇や椅子などの備品も新しいものになっています。
「ステンドグラスは、こっちが国の建国記で、あっちが国教の神話を描いているらしいよ」
「芸が細かい!」
今までの趣を損なわず、なおかつさらに価値を付加してるなんて、そりゃ国王様も神官様も大喜びするわ。
ステンドグラスが、外からの光を鮮やかな色に染め上げているのと同時に、壁や椅子、あらゆるところに飾られた豪華なお花が、より一層神殿内を華やかに演出しています。私たちの時もこんなのだったかな? ——いや、あの時は気持ちも何もかもがついていけてなかったから全然覚えてないや。
そうこうしているうちに神官様とともに新郎新婦が入場してきて、式が始まりました。
セロシア様と腕を組みゆっくりと祭壇に近付くアイリス様は、今日のために作ったドレスを身に纏っています。ご自身でデザインした、渾身の一作。こだわり抜いたドレスに、会場中からため息が溢れています。あのドレス、今日だけしか着ないのもったいないっ! 私ならリメイクして着ちゃうわ……って、こんなところで貧乏性出しちゃダメでしょ私。
気になっていた指輪の件。それは意外と式の中にしっくり溶け込んでいました。
名物……じゃない、宣誓からの誓いの口付け。手の甲にキスをして、その流れで指輪を着けていました。
キスをして、指輪をつけて。
ロマンチックな演出に、独身お嬢様だけでなく、老若男女がため息をついていました。
「とっても素敵ですね」
「式が? ドレスが?」
「どっちもです」
「じゃあ、もう一回ここで式を挙げる?」
「遠慮しておきます」
とっても素敵な結婚式でした。指輪の儀式も、これからはスタンダードになりそうな予感です。