軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

気まぐれ続いて

旦那様の突然の帰宅、というか本宅での晩餐。私を含めて邸中の全員が大慌てに慌てましたよ! 翌朝の使用人ダイニングはその話でもちきりでした。

「昨日はみなさん大変でしたでしょ? 休憩に入りそびれた方もいたんじゃない?」

朝食の席に着いた侍女さんたちを見回しながら聞きました。私だって賄を食べる時間だったんですから。

「それは大丈夫なんですけど、お連れ様のご機嫌が悪くて大変でした」

そう答えたのは昨日別棟の当番だった旦那様付きの侍女さんです。肩をすくめて呆れ顔です。

「カレンデュラ様はご存じなかったの?」

「こちらに帰宅と同時に、いつも旦那様に同行している護衛騎士が別棟に伝言に来たんですよ」

「あ~、なるほどなるほど」

こちらから別棟に使者を出した様子はありませんでしたからね。そんな余裕も義理もありませんでしたが。旦那様、急に思い立っての行動ですか。

「お連れ様が私たちに話しかけることなんてありませんから、何か実害とかはありませんでしたけど、お一人で晩餐を食べるのに不満そうでした」

「そおね。美味しいものも一人さびしく食べたら美味しく感じられないものね」

だから私もここで食べてるわけで……あはっ☆

「まあ、私どもも見ないふりをしてますからどうってことないです」

しれっと言い切る侍女さん。

「そ、そうですよねー」

その割り切り方、男前です。思わずたじたじとなってしまいました。

しかし、その非日常はあの日だけではありませんでした。

「え? 今日もこちらで食べて行かれるんですか?」

思わず口に出してしまいました。あわわ。

「いけませんか?」

また柳眉をくいっと上げる旦那様。

「まさかまさか。メッソウモゴザイマセン」

首をぶんぶん振る私。あぶないあぶない、本音がぽろっと出てきてしまいました。

あの日から一週間後。帰宅してきた旦那様がまたこちらで食事をすると言い出したのです。さすがに二度目ですから前回ほどの動揺は誰もしませんでしたが。

『カルタムに食事の用意ヨロ!』

ロータスに目配せすると、小さく肯きます。

『お給仕の侍女さん手配ヨロ!』

ダリアに目配せします。ダリアも小さく肯きます。

『お茶とお菓子の準備ヨロ!』

ミモザに目配せをします。

もはや前回のように緊急会議をすることはありませんでした。私たちは素早くやるべきことをお互い確認し、持場へと散っていたのでした。

そして極力会話なし高速ディナーを終えると、前回のように別棟へ帰って行く旦那様。私を含めて使用人一同、心からの笑みでお見送りします。でも前回同様ビミョーな表情をされるんですよね。ま、深くは気にしませんが。

初めは週に1日でした。それが2日、3日と徐々に増えてきました。

さすがにこうも立て続けに帰ってこられると、こちらも覚悟ができるというか慣れて来ますので、

「今日はこちらで食べていきます」

と旦那様が発言した瞬間に、私を含めてロータス以下使用人さんたちがパパッと適応するようになりました。それは旦那様の晩餐の用意、私の晩餐の用意、給仕の侍女の手配等々ひっくるめて『旦那様シフト』と名付けられていて、

「旦那様シフト入りま~す」

という、使用人さんたちの声にならない声が聞こえるようになりました。

そう頻々とこちらに帰られてはアノお方も黙っていませんよね。そうです、別棟のお連れ様ことカレンデュラ様です。

また私がたまたまエントランスを掃除している時にやってこられました。

「奥様にお会いしたいの。取り次ぎをお願いできるかしら」

むふ~。高圧的ですね! 何様ですか?! カレンデュラ様ですね。はい。

今回もカレンデュラ様は私に気付く様子もなく、タダの使用人として接してきています。そうですよね、まさか眼の前のお下げスッピン(に近いナチュラルメイク)お仕着せのド平凡娘が奥様だなんて考えもしませんよね。

今日のカレンデュラ様は瞳の色と同じ、真紅のドレスを着ています。ボンキュボンだから襟ぐりがグッと開いたデザインが生き生きしていますし、色々艶事……げふげふ、お付き合いで身に付けた色香をより一層引き立てています。腰まで伸ばした黒髪と相まって、妖しいまでに美女さんです。

しかしそんなカレンデュラ様のルビーの 目力(めぢから) ハンパなく、口元はしっかり弧を描いているのに怖いです! 明らかに下っ端使用人な私にそんなにオニ睨みしてはいけないと思うのです~!

「お、奥様でございますね。少々お待ちください」

奥様、私なのに。奥様、目力に思わず怯んで噛んでしまいました。

ここはとりあえず一旦ロータスに相談しましょう。そうしましょう。今日こそビバ☆シュラバでしょうか?!

「ロータス~! またカレンデュラ様がエントランスに乱入してきてます~」

私はロータスの執務室にこのことを相談しに行きました。

「来ましたか」

しかしロータスは冷静そのものです。銀縁眼鏡を中指でクイッと押し上げています。

「来ましたかって、呼んだの?」

私はロータスの冷静さが納得いかず聞いてみると、くすっと笑って、

「まさか! いえ、最近旦那様がこちらで晩餐を済ますことが増えてきましたのでね。一応侍女たちに向こうの様子を伺わせていたのですよ」

そうしれっと答えるロータスです。侍女さん、スパイ活動までできるんですね! 家政婦(じじょ) は見てるんですね!

「おお~! そうだったんですね」

「はい。最近はずっと不機嫌な様子みたいでしたので、そろそろこちらに来るのではないかと予想はしておりました」

「なるほど~!」

冷静な分析。さすがは優秀な執……もういいですね。

「奥様はまだお出にならなくてもよろしいかと存じます。今日も私が対応しますので」

「わかりました! じゃあ物陰からひっそりと見物してますね!」

「……」

いや、ほらね。今後の研究材料としてですよ。もしロータスがいない時に乱入してきたらどう対応したらいいのかとかね。あ、その時はダリアがするか。

ロータスは苦笑いですが気にしません。

ロータスが足早にエントランスに向かう後ろを静かにくっついていきます。向こうから見えそうで見えない位置に(いや、見えたらまずいでしょ)陣取り、二人の様子を見守ることにしました。

「お待たせいたしました」

ロータスがいつもと違って無表情でカレンデュラ様に挨拶します。

「あら。私は奥様にお会いしたいって言ったのに。どうして執事様がいらっしゃったのかしら」

カレンデュラ様、笑顔なのにまたしても目が笑ってません。

「奥様は本日体調を崩されておられまして、お休みになられておいでなのです」

おお、ロータス、しれっと嘘つきました! 私、ここでピンピンしてますけど。

「あら、それは大変でございますわね。ぜひともお見舞いせねば」

カレンデュラ様も負けてませんねぇ。口元の笑みを深めるなんて。

「少し熱が高くておられますので、あいにくお付きのものしか部屋には入れておりません」

「そ。じゃあ仕方ないわね。またお元気になられた頃にお伺いするわ」

意外なほどあっけなく引き下がったカレンデュラ様です。

相変わらずなロータスの無表情にイライラしたのか、ちょっと頬を引きつらせてそう言い放ったカレンデュラ様は今にも舌打ちしそうです。私の心の耳には『ちっ』ていう音が聞こえました。

「ええ、そうしていただきたく存じます」

対するロータスはどこまでも冷静。

カレンデュラ様は、最後まで無表情のロータスをキッと一睨みすると、真紅のドレスを翻してエントランスを出て行きました。

「また来るのかしら?」

私は物陰から出て行き、ロータスの横に立ち、カレンデュラ様が出て行った扉をじっと見つめました。

ロータスはもういつものロータスに戻っていますが、

「おそらくは」

「じゃあ、次こそシュラバ?!」

お仕着せを着た使用人仕様では対決できませんから、ミモザに言って特殊メイク……ではなく、フルメイクをしてもらってばっちり着飾っておいた方がいいでしょうか?!

ロータスはそんなちょっぴりワキワキしている私に苦笑すると、

「……ご遠慮くださいませ……」

一言ぽつりと言いました。

あら、そう? 残念。