軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

旦那様と天使たち

しばらくして、ロータスに伴われた医師様がサロンに入ってきました。

帰ってきた時にはすでに包帯が巻かれていたので、旦那様の足の状態がどうなってるのかわからないけど……あらぬ方向に曲がってたりしたらどうしよう……こわい。と、とにかく、怪我以外はお元気そうなので、重傷じゃないことを祈りたいです。

「では、失礼いたしますね」

「ああ」

医師様は慣れた手つきで旦那様の包帯をスルスルと外していきました。スラックスは膝まで捲り上げられていて、生足に直接巻き付けられているようです。

包帯を外し終えると、ちゃんと足がありました……って、そうじゃない。医師様は診察を始めました。眺めたり触れたり、ちょっと動かしてみたり。

「これは痛いですか?」

「いや、大丈夫だ」

「ではこれは?」

「くっ……少し痛む」

「ふむ……お身体の方はいかがですか?」

「身体は……そうだな、腕あたりを打ったかな」

「ではそちらも診ておきましょう」

「ああ」

医師様に言われてシャツを脱ぐ旦那様。

きゃ〜! いきなり旦那様の肉体美披露とか心臓に悪いですよ〜!

とっさに手で目を覆ったけど。

「奥様。指の隙間から覗いているのがバレバレですよ」

「あらやだ」

ステラリアにつっこまれました。

私がおふざけしている間にも、医師様は旦那様の身体を念入りにチェックしていました。

「——腕に少し打撲の跡が見られますが、こちらは軽傷のようですね。足は捻挫です。骨に異常はなさそうですが、大事をとってしばらく安静にしていてください」

医師様はまた念入りに旦那様の足を包帯で固定し、腕の打ち身には痛み止めの薬を塗って湿布しながら説明してくれました。

「休みは三日ほどなのだが、それで治るか?」

「三日では完治しないでしょうねえ。一週間はかかるとお考えください」

「そうか」

完治に一週間(またはそれ以上?)かかると聞いて、一瞬ニヤッとした旦那様。まさか、一週間休もうとか考えてませんよね?

「捻挫だけでよかったです」

「そうだね」

「痛みはどうですか?」

「動かさなければ大丈夫だ」

膝下から包帯でぐるぐるまきにされている旦那様。『しばらく安静』ということだけど、さすがに サロン(ここ) で安静はできないよね。

「寝室に移動しなくちゃですけど……動けませんよね」

「まあね」

「う〜ん……ロータスの肩を借りるとして……」

細身とはいえ日頃から鍛えている旦那様はなかなか締まった体をしているので、ロータス一人ではしんどいでしょう。

あ、そうだ! いい人いるじゃない! パッと閃きました。

「ロータス! ベリスを呼んできてくれる?」

「かしこまりました」

いるじゃないですか、いいガタイのうってつけの人が! 二人で支えてもらったら安心です。でも旦那様は苦笑いです。

「二人も大袈裟だよ」

「そうですか? さっきも部下さん二人がかりでしたよ?」

「まあ……そうだけど」

「まあまあ、ここは甘えていいじゃないですか」

そうこう話をしているうちに、ロータスがベリスを連れてサロンに戻ってきました。

「ごめんね、ベリス。旦那様の移動を手伝ってくれる?」

「はい」

ロータスと一緒に旦那様が起きあがるのを手助けしているベリスは、普段から重い肥料や道具を運んでいるから、がっしりとたくましい……はっ!

「ベリスだったら、旦那様をお姫様抱っこできそうな気がするなぁ。もういっそ、お姫様抱っこで移動させてもらいます?」

考えが思わず口をついちゃったけど。

「嫌だ!」

「嫌です」

「わぁ、見事な不協和音!」

いやむしろ和音か? ……じゃなくて。二人にめっちゃ渋い顔されました。ちぇ〜。いい案だと思ったんだけどなぁ。

「でも、毎回毎回移動する度にロータスとベリスの手を煩わせるのもなんだから、いっそ車椅子でも作ってもらいます? 私の時に使ったものでは、サーシス様には小さいでしょうし」

「それも大袈裟だよ」

「え? そうですか? まあ、車椅子だと階段は難しいですねぇ」

私の時は旦那様を始め、男性陣が手を貸してくれたけど。

「いっそ階段にスロープつけちゃいます?」

「いや、それはいくらなんでも過保護ってもんでしょ——ん?」

〝スロープは過保護〟ってところでハッとなる旦那様。おやぁ? 私の時はスロープつけるだの滑り台にするだの、いろいろ言ってましたよねぇ? ニヤニヤ。

「うふふ、わかってもらえました?」

「あ。スミマセンデシタ」

「わかればよろしい。……って、う〜ん、どうしましょう」

「松葉杖でどうですか。それならお一人でも動けますし、気をつければ階段も下りられます」

「ベリスナイス! ごめんだけど、あとで作ってもらっていいかな?」

「かしこまりました」

これで旦那様の移動手段はクリアです。ついでにスロープ案も棄却ということで。

旦那様をなんとか寝室のベッドに運び、安静の態勢を整えたところでハッと思い出しました。

バイオレットとフリージアを放置したまんまじゃないの。

ちゃんとご飯を食べたと思うし、そのあとはミモザや他の侍女さんたちが面倒を見てくれているとは思うけど。旦那様のバタバタで、すっかり忘れてました。

「レティとフリージアの様子を見てきます」

「ああ、そうしてあげて」

「何かあれば侍女さんに言ってくださいね?」

「うん、わかった」

「ちょっと子どもたちの様子を見てくるから、あとはお願いね」

「「「かしこまりました」」」

旦那様のお世話をお付きの侍女さんたちにお願いして、私はダイニングに行ってみることにしました。

さすがにお昼ご飯はとっくに終わっていて、ダイニングはもぬけの殻でした。

「ねえ、レティたちがどこに行ったか知らない?」

ランチ後の片付けをしている使用人さんに聞いてみると、

「お部屋に戻られましたよ」

とのことだったので、今度はバイオレットの部屋に向かいました。

「あっ! おかあしゃま!」

「お姉様!」

二人とデイジーは、部屋で積み木遊びをしていました。

「ほったらかしにしちゃってごめんなさいね。ご飯は美味しかった? 残さず食べた?」

「もちろんです!」

「のこしちゃったら、おばけくるのこわいでしゅ」

よしよし。バイオレットにもしっかり『お残しはダメ、絶対』の精神が定着していますね。って、それはさておき。

「おとうしゃま、おかえり?」

「そうよ。今日はちょっとお早いお帰りだったの」

「お義兄様、どうかされたんですか?」

急に旦那様が帰ってきたからどうしたのかと、二人は気になっていたようで、早速質問が飛んできました。あまり心配させるのもよくないから、ここは軽〜く、なんでもないように伝えなきゃ。

「足を怪我しちゃったみたいでね〜。でもさっき医師様に診てもらったから、心配いらないわ」

「おとうしゃま、おけが?」

「ちょっとね。お部屋でねんねしてるから、レティたちはここでお利口に遊んでいましょうね?」

「はぁい」

素直にお返事はしているものの、バイオレットはちょっぴり不服そうです。やっぱりお父様がお家にいるのに遊んでもらえないことが、お気に召さないんでしょう。

しかしすぐに気を取り直したのか、またみんなで楽しく積み木遊びをしていました。

「そろそろおやつの時間ね。機嫌よく遊んでいるうちに焼いてくるわ。ミモザ、見ててもらえる?」

せっかくフリージアが来てくれたので、何か手作りのおやつを作ろうと考えて、先にクッキーの生地を仕込んでおいたんです。子ども達も今は機嫌がいいので、この隙にパパッと作っちゃいましょう。

「はい! 奥様のおやつ、フリージア様も喜ばれますよ」

「よ〜し、ここはお姉ちゃまの頑張りどころね!」

私はミモザに後を託して、厨房に向かいました。

手隙の時間に仕込んでいた生地を取り出し、型を抜いたらオーブンで焼くだけ。すぐに甘〜いいい香りがしてきました。

「美味しそうないい匂いですね〜、マダ〜ム」

「ね〜! この甘い香りだけで幸せな気分になれるわ」

焼き時間が短いのですぐに焼き上がりましたが、そこから少し時間が必要なのが璧に瑕。熱々を持っていくわけにはいかないから、網の上に取り出して冷めるのを待ちます。どれくらいかかるか分からないので、椅子を持ってきて座りました。

「待ってる間にお茶でもどうぞ〜」

「あら、ありがとう!」

「今日は朝からバタバタしてましたからね〜。ちょっとゆっくりしてください」

そう言いながら、カルタムが自らお茶を淹れてくれました。

言われてみれば今日は朝からフリージアが来るから準備したり、旦那様が怪我して帰ってきたりで、ゆっくり座ったのなんてこれが初めてかも。

「はぁ……。お茶が沁みる」

「美味しいですか? それはよかった」

「旦那様のお怪我、大丈夫かなぁ。ちゃんと治るかしら」

医師様は一週間もすれば治るでしょうって言ってたけど、心配なものは心配なんです。……って、つい弱音が出てしまいました。お茶を飲んでホッとしたら、気が緩んじゃったのかも。

「おや、ご心配ですね。でも大丈夫、旦那様、普段から鍛えてるじゃないですか」

「ん〜、でも……」

「それに、カルタムおじさんが栄養豊富なご飯を食べさせてあげますから、あっという間に治りますよ〜。任せなさい!」

「ぶふっ! 栄養豊富って、病気じゃないんだから! ……そうね、うん、きっと大丈夫ね!」

「そうですよ〜」

美味しいお茶とカルタムの冗談(?)で、気が紛れたようですね。なんか楽になりました。

私も休憩が取れ、お菓子もいい感じに冷めたので、早速子ども達のところに持って行ったのですが。

「あら? みんなはどこ行っちゃったの?」

子供部屋にはミモザしかいませんでした。肝心の子ども達はどこ行ったんかいな?

「それが、ちょっと目を離した隙にどこかに行ってしまって〜!」

侍女さん達で探してくれていて、ミモザは子ども達が戻ってきた時に……と、お留守番をしていたのでした。

「あらら。どこかと言ってもお屋敷の外には行かないでしょう。私も探してくるわ」

「本当にすみません!」

引き続きミモザにお留守番をお願いして、私も探しに行くことにしました。

厨房は……さっきまで私がいたから探さなくても大丈夫、と。

「レティ達、来てない?」

「きてませんね」

「温室には来てない、と」

「レティ達、見なかった?」

「いえ? こちらには来ておられませんよ」

「図書室でもないか〜」

お屋敷が無駄に広いからきっとどこかで行き違いになってるとは思うんだけど、なかなか見つかりません。

「ま、いっか。そのうち『おやつ〜』とかなんとか言って戻ってくるでしょう」

さっさと諦めをつけた私。

子ども達のおやつはあとでということにして、先に旦那様におやつを持って行ってあげましょう。

私は旦那様用のお菓子を持って、寝室に向かいました。

「サーシス様、おやついかがですか?」

寝ていたら悪いなと思って静かにドアを開け、声をかけたら。

「ヴィ〜!」

「はい?」

なんか情けない声出してるし。

「ちょうどいいところに来た〜」

なぜか足元を指していて……まあ。

「あら、フリージアとレティはここにいたんですね。って、寝てるし」

フリージアはベッドに頭だけ乗せた状態で、バイオレットはぬいぐるみを抱きしめ、上半身はベッドに乗ってはいるものの足は宙ぶらりんの体勢のまま、なぜか旦那様の足元ですやすや眠っていました。

「うん、泣き疲れたみたい」

「なぜ!?」

旦那様の部屋で泣き疲れて寝るって、どういう状況? こんがらがっていると、旦那様がさっきまでのことを話してくれました。

最初は普通に怪我のことを心配していたそうなのですが、ぐるぐる巻きにされた足を見ているうちにバイオレットが『お父様がミイラになったらどうしよう』と怯え出してしまったそう。それを見て一緒にパニックになったフリージアも泣き出して……と、なかなかカオスな状況ですね。

「あ〜……でも、二人とも、サーシス様のことが心配なんですよ」

そう言って、声を潜めて笑いました。

しかし、ここにきて今朝の『ミイラの研究本』がじわじわくるとは。まあ、旦那様の足、結構ぐるぐる巻きにされてますからね。それでミイラを思い出したのね。でも旦那様は、いきなり思考が『ミイラ』に飛躍した理由が分からないから、首を傾げてるけど。

「なぜいきなりミイラなんて言い出したんだろ」

「それはですね〜」

今度は私が、今朝の話を旦那様にしました。

「——そんなところに盛大な前フリがあったとは」

「ほんとに」

「でもミイラはないでしょ」

「発想がかわいいじゃないですか」

「うん。かわいいね」

すうすうと寝息を立てる二人の寝顔は天使のようですね!

このままでは旦那様も休めないので、ロータスを呼び、二人をバイオレットの部屋に運ぶのを手伝ってもらいました。