軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

流行りに乗っかったら……

アルゲンテア家のお庭で、バーベナ様とセロシア様、そしてアイリス様とお茶をしている時でした。

「先日お借りした本、とても面白かったです」

私はバーベナ様に、お借りしていた本を渡しました。

それは今世間で流行っているそうで、『面白いから是非読んで!』とバーベナ様からオススメされたんです。

読書は好きなのでありがたくお借りしたのですが……いやぁ、思ったよりよかった。

外国からの輸入書なので翻訳版だったのですが、これがミソで。

「あの『I love you』を『月が綺麗ですね』って訳してるところが素敵でしたわ」

この翻訳を考えた人天才ですね。『i love you』を『愛してる』ではなく『月が綺麗ですね』なんて。さすがの私も思わずほうっとため息をこぼしました。私なら絶対そんなロマンチックなこと言わないし思いつかないわ。

他にも面白い場面はありましたが、とにかくそのセリフが頭に残っていて(というかそのセリフしか記憶に残ってないくらい強烈な印象)、率直な感想をバーベナ様にお伝えしたら、

「そうでしょうそうでしょう! ストレートに言わないところがまたロマンチックなんですよ!」

めっちゃ食いついてきました。

「ストレートに表現すると照れることもありますけど、これなら素直に気持ちが伝えやすいですよね」

アイリス様も同意見のようです。

「これは男性から言うものでしょうか? それとも女性から?」

「どちらでもありでしょう」

「ヴィーちゃんは言われたい方? 言いたい方?」

「言う方なんてめっそうもない!」

「じゃあ言われたいのね!」

「それは……どうかと……ほら、意味がわからなかったら絶対伝わらないじゃないですか〜」

私がしどろもどろになってるというのにバーベナ様もアイリス様もニヤニヤしてるから、これ絶対私で遊んでますよね。

「セロシア様はどうですか?」

私ばっかり攻められるのも癪なので、私たちのやり取りを面白そうに見ているだけのセロシア様にも話をふってみました。自分だけ蚊帳の外とか許しませんよ!

「う〜んそうですねぇ。言う方でも言われる方でも、どちらでも」

そう言ってアイリス様を見つめる瞳が優しくて……逆に当てられましたね。ごちそうさまです。

「おほん。甘い空気を醸し出すのは二人きりの時にしてくださいませ」

私は二人の雰囲気に照れるだけでしたが、バーベナ様はすかさずつっこんでます。

「甘ったるい二人は放っておきましょ。でも公爵様は言われたいんじゃありません?」

「え? 旦那様ですか?」

バーベナ様はわざとらしくプイッと二人に顔を背けると私に聞いてきましたが……うちの旦那様ですか。う〜ん、旦那様も……どっちでもアリですね。言うのも言われるのも好きそう。なにせロマンチストですから。

「でも旦那様、お忙しいからその本は読んでないんじゃないでしょうか」

そういえば旦那様が本を読んでるところを見たことないですね。

家にいても仕事したり、バイオレットの相手したりしてますから、あまり自分だけの時間って過ごしてません。たまには一人にしてあげたほうがいいのかな?

「読んでなくてもそこかしこで話題になってるから知ってるんじゃない?」

「王宮でも流行ってるんですか?」

「ええ」

じゃあ旦那様の耳にも入ってるかもですね。

旦那様そんな本に興味あるのかなぁとか私が考えてる横で、バーベナ様とアイリス様は、

「元ネタわからなかったら、ただのお月見ですわ」

「あらやだ、それではロマンチックじゃなくなってしまうじゃない」

「元ネタはしっかり仕込みつつ、いいシチュエーションで言うのが効果的ですわね」

「それなら月の綺麗に見える日にいろいろ仕込んで——」

なんか盛り上がってます。

いつの間にか『うちの旦那様に私が例のセリフを言う』ための話し合いにすり替わってる気がする。ドウシテコウナッタ。

「仕込みも何も、そもそもうちにその本ないですから」

「じゃあ取り寄せればいいじゃないですか」

だからそんなシチュエーションはありませんよと止めたかったのに、あっさり解決されてしまいました。

「まあ、確かに。でもうちで取り寄せたら変なところに鋭い旦那様に気付かれてしまう可能性があります」

ロータスにお願いすれば済む話だけど、本当旦那様、無駄なところに鋭いからなぁ。仕込みがバレたらサプライズにならな……って、私まですっかりサプライズする気になってるわ。……まいっか。

せっかくだし流行りに乗っかってみましょう。

ここはひとっ走り自分で町の本屋さんに買いに行くか、と考えていたら、

「では、うちで取り寄せましょう」

セロシア様が名乗り出てくれました。

アルゲンテア家で取り寄せするなら旦那様にもバレませんね。

「ありがとうございます」

「では届いたらこっそりお知らせしますよ」

ということで〝 公爵様(だんなさま) に『月が綺麗ですね』と言おう!〟プロジェクトが決定しました。

それから数日後、セロシア様から本が届いたとの連絡がありました。誰にもバレないよう、こっそり受け取りに行かなくちゃ。

ということで早速次の日に、旦那様がお仕事に出かけた後、ロータスに「バーベナ様に借りた本を返しに行くから馬車出して」とお願いして、出かけることにしました。

あいにく今日はバーベナ様もアイリス様もお茶会でお留守なので、セロシア様と二人になってしまいました。そのお茶会、実は私も誘われていたんですがバイオレットが風邪気味で調子が悪いから、とお断りをしたんでした。

もちろんセロシア様と二人きりということはありませんよ! アルゲンテア家の使用人さんたちがいます。そしてなにより、アイリス様からお許しもらってますからね! って、誰に言い訳してるんだろう、私。

「これ、いつ決行するのがいいですか?」

「ちょうど四日後が満月です。その日がオススメですよ」

「そうなんですね。晴れるといいけど……。ではそれまでにこのセリフを旦那様に見せておく必要がありますね。う〜ん、どうやって……」

「そうですねぇ……そのページを、これ見よがしに開いて机の上に置いておくのはどうでしょう?」

「それは何かの拍子に閉じてしまったら台無しですわ」

「では、ページにしおりを挟んでおくというのは?」

「それならさりげなくていいですね!」

そのアイデア貰った!

本を受け取るだけでなく、私はセロシア様に『決行の日』のことを相談しました。いいアイデアありがとうございます。私一人では考えつかなかったなぁ。

あまり長居もアレなんで、本を受け取り相談を終えるとアルゲンテア家をおいとましました。

アルゲンテア家を出てすぐのところで馬車が止まるので何事かと思ったら、まさかの旦那様登場! タイミングよすぎてビックリです。

「こんな時間にどうなさったんですか? 急に馬車が止まるからびっくりしました」

「たまたま用事で外出して、今から屯所に戻るところ。仕事中じゃなければこのままどこかにデートにでも行きたいとこだけど」

「まあ! ふふふ、ちゃんと仕事に戻ってくださいませ。じゃないとまたユリダリス様に怒られますよ?」

「はいはい、戻りますよ。じゃあ、また夜に」

「はい」

とっさに本を隠したけど、旦那様、気付いてないよね?

その夜、旦那様が外出の件を聞いてきたけど「バーベナ様に借りていた本を返しに行った」と答えておきました。ロータスにもそう言って馬車を出してもらったし、つじつまは合ってるはず。

それから旦那様の様子がちょっとおかしかったけど直接何か言ってくることもなかったので、私は『決行の日』を待ちました。

その日は一日中快晴でした。これならお月様も綺麗に見えるでしょう。

私は旦那様が帰ってくる前にこっそり書斎に忍び込み、例のページにしおりを挟んだ本を机の目に付きやすいところに置き、窓のカーテンを閉めました。

準備はバッチリ。後は旦那様が帰ってくるのを待つだけです。

「おかえりなさいませ!」

「ただいま……」

「サーシス様? どうかされました?」

「いや、別に……」

「?」

いつもと変わりない時間に旦那様は帰ってきましたが……なんか元気ない? どことなく上の空のような。

心なしかふらつく足取りで書斎へ着替えに行く旦那様の後をこっそりついて行きました。

体調悪いなら、今日はなしにした方がいいかなぁ?

決行をするかしないか、躊躇いつつ部屋の中の様子を窺っていると、

「どうしたものか」

ため息混じりの大きな独り言が聞こえてきました。一体何をどうするんでしょう?

まあそれは置いといて。

閉め切らなかった扉からそっと中の様子を覗くと、

「しかしなんで僕の机にこんな本が?」

とか言いながら例の本を手に取っているのが見えました。

口元に拳を当て、思案気に本を見ている様子はいつもと変わりない……。

体調が悪いわけではなさそうですね。では決行しますよ!

私は軽くノックをして、部屋に顔を出しました。

「サーシス様〜」

「何?」

「お着替え終わりました?」

「うん」

「あ、その本、見ました?」

見たのは確認したけどね!

「ああ、しおりのところだけ」

「うふふふふ〜。サーシス様、ほらほら」

「?」

旦那様の手をとり窓のところに引っ張っていき、カーテンを開きました。

それでもまだ怪訝な顔をしてる旦那様の綺麗な顔を見上げて。

「サーシス様、〝月が綺麗ですね〟」

直接は照れるけど、これなら言いやすい(違う)。

ニコッと微笑んでみれば、

「あ〜もう!」

と言って旦那様がその場に頭を抱えてうずくまってしまいました。

ええ!? どうしました!? お気に召さなかった?

「サーシス様!? どうしました?」

慌てて膝をついて旦那様の顔を覗き込んだら、そのまま抱きしめられてしまいました。

「へ? セロシア様と浮気してるかもって疑ってたって?」

「まあ……うん……」

「そんなわけないでしょう! もう、サーシス様ったら」

「ごめんって!」

その後、サーシス様が元気なかったわけを教えてくれたんですが……まさかの『浮気疑惑』。

そんなめんどくさいこと……げふげふ、誰も幸せにならないことを、私がするわけないでしょう!

流行りに乗っかろうとしたら、浮気を疑われました。ひどいなぁ。