軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

縁談という名の商談

リーンゴーン、と神殿の鐘――通称幸福の鐘――が鳴り響いています。

ここはフルール王国の王都ロージア。

王都を一望する小高い丘の上に建つ王宮内、最も神聖なる場所、国教会の神殿で結婚式が執り行われようとしていました。

私は今、その神殿の入り口に立ち、参列の皆様の視線を一身に浴びています。

というのも、本日の花嫁さんだからです。

神殿の祭壇上には神官様。祭壇を挟んで美貌の花婿様が立っています。フルール王国騎士団の正装束を身に纏ったその立ち姿は、もう本当に無駄にキラキラと輝いています。これが神の祝福とゆーものでしょうか? というか、この方が本当に私の旦那様になるのでしょうか?? どう贔屓目に見ても平々凡々な私。花嫁よりも美しい花婿って、切ない事実だわぁ……。

いやいや、現実逃避をしている場合ではないのです。

実際、本当に結婚式は始まっているんですから!

私、ヴィオラ・マンジェリカ・ユーフォルビアと、サーシス・ティネンシス・フィサリス様の結婚式。

父であるユーフォルビア伯爵にエスコートされ、真紅の 毛氈(もうせん) の上をゆっくりとフィサリス公爵様の元へと向かいます。

甘い微笑みを浮かべた公爵様が、こちらに向かって手を差し伸べました。お父様から私の手を引き取るのです。

各々思惑のあるこの婚姻。

ま、なるようにしかなりませんか。

諦観と開き直り。

それを微笑みの仮面の下に隠して、私は公爵様の手を取りました。

そもそもこの婚姻は純然たる政略結婚です。何の疑問の余地もありません。

私、ヴィオラ・マンジェリカ・ユーフォルビアは名門だけど貧乏伯爵家の娘でした。ええ、もうそりゃ貧乏ったらありゃしないです。もともと貪欲に出世を望むような性格の一族でないこともあったのですが、それでも今までは清貧をモットーにつつましやかに暮らせていました。贅沢もしなければ浪費もしない。社交界でも最低限のお付き合いくらいしかしてませんね。それでも家族5人――父・母・私・弟・妹――仲良く幸せに暮らしていました。

ところが3年前。領地が歴史的大飢饉に見舞われてしまい、領民を救うためにお父様は多額の借金をすることになりました。

この借金がすべての原因なのです!

今まで以上につつましやかに、むしろ貧乏上等なくらいの生活になりました。

働けど働けど……です。じっと手を見ちゃいました。

それでも家族みんなで力を合わせて頑張りましたよ! 私もメイドや庭師、ある時はシェフ、と一人何役もこなしました! 以前から貴族然と暮らすことよりも使用人たちと一緒になって働くことが好きだったので、ちっとも苦になりませんでしたしね。

そんなところに降って湧いてきたのがフィサリス公爵家当主様と私の縁談でした。

それはちょうど1年前。

「フィサリス公爵サーシス様と私が結婚ですか?」

突然お父様の書斎に呼ばれたかと思うとこの突拍子もない話が伝えられたのです。

私のサファイアブルーの瞳は、真ん丸になって眼孔から零れ落ちてしまうかと思いました。それくらいの衝撃でした。

でも動揺しているのは私だけではありません。

「そうなんだよ。しかも向こうはこちらの台所事情もすっかりご存知で、借金を肩代わりするからその代わりにヴィオラと婚姻したいと言ってきたんだ」

困惑顔のお父様です。

確かにいきなりですからね。青天の霹靂とはまさにこのことです。

しかしふと疑問が湧きました。

「私、公爵様と面識あったかしら?」

コテン、と首を傾げて考えますが全くさっぱり接点を思い出せません。

「そうだよねー。ないよね? ヴィオラが社交界デビューしてすぐさま貧乏生活が始まったから、そんなに夜会なんて出てないし?」

お父様も私と同じく小首を傾げています。

「でしょう? それに美辞麗句とは縁のない私ですよ? 社交界の噂どころか口の端にも上ったことのない私ですよ? なのになぜ? 公爵様なら引く手あまたでしょうに」

私とお父様はまるで鏡のように同時に腕組みし、うーんうーんと心当たりを考えますが、やっぱり思い当たりません。

公爵様は若さあふれる24歳。普段は騎士として王宮で勤務されています。それもこの若さで特務師団長をされているエリートさんなのです。見目も麗しく、引き締まったしなやかな体に騎士団の制服は眼福もので、卒倒するお嬢さんがひきも切らないとか。あ、私はお会いしたことがないのですべて伝聞推定です、というか噂です。

そんな 公爵様(ちょうゆうりょうぶっけん) が、なぜ借金まみれの貧乏没落貴族の平凡地味令嬢(自分で言っててへこむわぁ)に婚姻を申し込んでくるのでしょうか。さっぱり訳が分かりません。

「まあ、こちらとしては断る理由もないし、むしろ喜んでお受けしないといけないのだが、ヴィオラはどうだね? お前が嫌ならお断りするよ」

優しいお父様はそう言って私の意見を尊重してくれますが、ここで断るわけにはいかないでしょう。名門公爵家からの縁談を、斜陽伯爵家ごときがお断りするなんて言語道断です。それに、どうせこれをお断りしたところで借金まみれの地味娘に他に良縁などくるわけがありませんし、私自身『独身でいいかも☆』なんて思っていたくらいですから。これで家が救われるのなら、私の一人や二人、喜んで差し出そうじゃあ~りませんか!

「いいえ、お父様。我が家のためになるのでしたら私喜んでお受けしますわ」

にっこりと微笑んで力強く肯いてみせました。