軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家族でピクニックです

領民たちに声をかけながらの行進だったので思いのほか時間がかかり、高台についたのはお昼前だった。馬に揺られているだけだったのに割と体力を消耗したのか、すっかりお腹がすいている。

いい具合に木陰を見つけ、シートを広げる。近くに湧き水もあるのでそこで手を洗い、ついでに飲み水を汲んでから持ってきていた輪切りのレモンを浮かべると、即席のレモン水の完成だ。

夏の名残がまだある光景の中、私たちはお弁当を広げてくつろいだ。他愛ないおしゃべりをしながら、時折領内の風景に目をやる。以前見たときと変わらない、色素の少ない荒地。でも、ここで一生懸命生きている民たちがいる。

だから私たちも頑張らなくてはいけない。そう思いを新たにした誕生日だった。

昼食が終わると父はシートにごろりと横になった。継母が花を摘みにいくというので、私もそれについていった。夏から初秋にかけて咲くこの地方独特の花をいくつか摘んだあと、継母は持ってきていたリボンで軽く結び、ブーケを作った。

「そろそろ帰りましょうか。バーナードを起こしてちょうだい」

継母に促され、私は父の元に向かった。ここは6歳児らしくダイブしておこう。

「おとうさま! 起きて———!!!」

「うわぁ!」

父の出かかったお腹におもいきり突撃すると、いい感じにぽよんとした感触があった。私は心地よかったが父はそれどころではなかったようだ。笑いながら飛び起きた。

「いたずらする子はこうだぞ!」

「きゃはははははは、おとうさまやめて~~~!!」

脇腹をくすぐられ、私は大声で笑った。

「あなた、そろそろ」

「ん? そうだな」

父が継母の手元を見て何かに気づいたように立ち上がった。片付けをして再び馬上の人になる。継母は先ほど作ったブーケをまだ手にしていた。うちに持って帰って飾るのだろうか。

「アンジェリカ、ちょっと寄り道をしていこうか」

「え? はい」

頭上から降ってきた父の言葉に、特に何も考えず返事した。そのまま馬を進め道を下りながら屋敷の方を目指す。

家へと登る坂道の手前で、父は馬を別の道に進めた。

「さぁ、着いたよ」

「………」

父が馬を向けたとき、私もすでに察していた。ここは領の共同墓地だ。領民だけでなく歴代のダスティン男爵家一門の方々も眠っている。

そして、そこに属せなかった人も眠っている。

馬を降りた両親とともに、私も墓地の中に入った。敷地の一番奥、数段高いところにダスティン家一門の墓がある。

だが、私たちが今日向かったのはそこではなかった。

墓地の一番手前、大きな楠の木のたもとに小さな墓が並んでいた。ここは他領から流れ着いてきたような身寄りのない人々が眠る場所だ。この小さな領から出ていく人は多いが、入ってくる人は少ない。それもひとりで命を終えるとなると、かなり少なくなる。

数個しかない墓碑の中に、ひときわ新しいものがあった。刻まれている名前は「ハンナ・コーンウィル」。数ヶ月前に亡くなった私の実母だ。

コーンウィル家は代々アッシュバーン領に住んでいたが、実母が父の子どもを宿したことで勘当され、実家との縁は途切れてしまった。母の両親もすでに亡く、一人娘だった実母は身寄りのない状態だった。それを不憫に思った父が、実母の遺体を引き取ってここに埋葬したのだ。

今ならはっきり言える。私はこの人が好きではなかった。せっかんを受け、食事も抜かれながら、それでもなんとか生きてこられたのは他の人の助けがあったからだ。

けれど前世の記憶が戻り、実母が置かれた身の上を深く理解してから、正直どう思っていいのかわからないでいた。だからせっかく父がすぐ近くに実母を埋葬してくれたと知っても、足を運ぶ気になれなかった。

「アンジェリカ、誕生日の報告をしてはどうかな」

「おとうさま……」

父に促され、私は墓碑に顔を向けた。悲しいとも思わないし、今更辛いとも思わない。思うとすれば「哀れ」の一言だ。

貴族という位にしがみつき、それが得られず周囲に当たり散らして命を縮めた実母は、なんの苦労もなく貴族位を手に入れた私のことをどう思っているだろう。私になど拝まれたくないのではないかもしれない。

そのまま逡巡していると、そっと優しげな気配が降りてきた。

「おかあさま……」

継母が私の肩に手を置いた。手には先ほど作ったブーケがある。

「どうぞ、アンジェリカ。あなたがおかあさまのために用意したのよ。一緒に供えましょう」

ブーケを渡された私はまだ途方にくれていた。継母はこのために花を摘んでいたのだ。

鼻の奥がつきん、とうずく。

継母に手をそえられ、私はブーケを墓前に捧げた。一歩だけ実母に近くなる。けれど言葉は何も出てこない。

すると継母が私の背中に手をそえたまま、静かに語り始めた。

「ハンナ様、アンジェリカは6歳になりました。私たちは娘の6の年を祝うことができて、本当に幸せです。これもすべてあなたのおかげです。ありがとうございます。私たちはあなたが辛い思いをした分、この子に愛情を注ぎます。あなたが本当はそうしたかったように。私たちがあなたにしてしまった仕打ちを、許してもらえるとは思っていません。だからこそ生涯をかけて、この子のために生きていきます。どうか見守ってください」

ふわりと優しい香りがした気がした。風が運んできたのか、継母の持つ香りか、今捧げた花からか。その香りが私の鼻腔をくすぐって、そのまま脳裏に鮮やかな記憶を蘇らせた。

『——アンジェリカ、大好きよ』

それはまだお酒に溺れる前の実母の声。ふくよかな彼女の胸に抱きしめられたときの、陽だまりの匂いと柔らかな金の髪の感触。けたけたと笑うのは今より小さい自分の声。伸ばしたもみじのような手を、実母の白い手が強く握る。

(あぁ、そうだ。母は私のことを——)

私は思い出した。般若のように醜くなる前の実母のことを。村でも評判の美人で、出歩くたびに口笛が飛んでくるほどだった。それを鼻で笑ってかわす彼女は、子ども心に自慢だった。

あのとき実母の愛情は確かにここにあったのだ。この手が、この頬が、憶えている。完全に壊れてしまう前の淡い記憶。

それはとても短い時間だったかもしれない。今の今まで忘れてしまうほどに。

自分の奥深くに眠っていた優しい記憶を思い出せたからといって、実母から受けた仕打ちがなかったことになるわけではない。

けれど彼女が私を産む選択をしなければ、私がここにいることはなかった。

だとすれば私もどこかで、折り合いをつけるべきなのだろう。

「……どうか安らかにお眠りください、お母様」

墓碑を前に静かに首をたれた。心の中に渦巻く思いはまだある。けれど実母に今はただ、苦しむことなく心落ち着けて眠りについてほしいと、そう強く願った。