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作品タイトル不明

香りの新店舗オープンです1

長い時間をかけて準備してきた私たちの新しいお店。トゥキルス産のサボテンの乾燥花を使った香りのサービスを提供する「メモリア」が、聖霊祭目前の1月半ばにプレオープンした。

メモリアはトゥキルスの言葉で「思い出」。人生の節目に香りを添えて、新たな思い出を作ってほしいという思いをこめた。トゥキルスの言葉を使ったのは、このビジネスがかの国と深い関わりがあることを内外に知らしめるためだ。

プレオープンは2日間限定。その間にサービスの紹介と新規顧客の受付をして、2月に入ってから本格的にオープンする見通しだ。2日間限定のサービスとして用意したシャティ・クロウの小説をイメージしたサシェの売れ行きと、新規顧客の予約状況をもって、トゥキルスのリカルド様にこのビジネス案の是非を判断いただくことになっている。

香りのサービスは2つのラインを準備した。ひとつは既存品。調合する花の種類の数や希少性によって値段が変わる。お手軽な価格から少々値の張るものまでさまざま。別料金でトゥキルス産の精油を購入してもらうと、既存品の香りにプラスアルファでき、差別化が図れる。

そしてもうひとつが、調香師ラファエロによるオーダーメイドの香りだ。顧客のイメージ要望に合わせて、ラファエロが世界でひとつの香りをブレンドする。レシピは顧客情報として店舗が管理し、その顧客だけは何度でも購入することが可能。たとえばプロポーズのときに添えた香りを、結婚記念日ごとに再オーダーするといった使い方ができる。形もサシェから美しいガラス瓶や小箱まで、自由に選べる。

そして、これらすべてにシャティ・クロウことガイさんの名付けが入る。手始めに用意した”恋月夜“と”永遠の祈り“のサシェがどれだけ売れるか——今後を占う大事な幕開けだ。

そんなプレオープンの店頭に降り立ったのは、仄かに輝くシルバーグレイの騎士スタイルをまとった男装の麗人、アニエスだった。マリウムの美容指導でお肌もツヤツヤ、少し濃いめの陰影をつけたメイクのおかげもあって、惚れ惚れする美男子ぶりだ。

ロッテさんがデザインし、ガイさんが布を選定、それをもって継母とクレバー夫人が超特急で縫い上げてくれた騎士服の衣装。あまりの完璧な仕上がりに、初日に立ち会ったガイさんが直立不動になった。

「あぁ、私の女神が騎士に……! 私は夢を見ているのか……」

「ちょっとアンタ、そのデカイ図体で狭い店の中で石像になられちゃ邪魔よ、邪魔! 誰かコレ、奥に片付けて」

「マリウムったら! ガイさんをモノ扱いしないの!」

「だって邪魔なんだもの、奥に片付けられないなら外に出しちゃいなさいよ。そうだわ、アニエスもどうせなら外に立ってもらった方がいいんじゃない? いい客寄せになるわ」

何気に失礼な物言いのマリウムの意見だったが、確かに一理ある。私はアニエスの様子を伺った。

「私なら大丈夫です。お店の外観も素敵に仕上がってますし、ちょっと入り口でポーズでもとってみましょうか」

アニエスの意見にマリウムが同意した。

「いいんじゃない? その上で商品を購入したら、アニエスの握手がもらえるって宣伝すれば?」

「そうね。話題性を持たせる方が予約もとれそうだし。それでやってみましょう。あ、ガイさん、アニエスが外に移動しますよー」

「は、はい! それなら私も外へ行きます!」

アニエスの動くところガイさんあり。まぁ、今日はガイさんのお仕事はないから大丈夫かな。お店の中は事務所から臨時で入ってくれたスタッフが回してくれるし。

いろいろためになる意見をくれるマリウムの隣には、ゆるやかなシルクのシャツにゆったりめの半ズボンを合わせたラファエロの姿があった。シルクの光沢が褐色の肌に似合っている。なぜこの真冬に半ズボンかというと、彼が長ズボンを拒否したからだ。

「なんか足がチクチクして嫌だ! 背中も気持ち悪い!」

はじめ彼に与えていた衣装は、既存品のシャツとズボンだった。彼は一応店頭には出るが、接客はしない。マリウムの元、接客トレーニングにも挑戦したが、元が自由人の彼、今はまだ難しいだろうという結論に達した。ただ新規顧客の予約を受け付ける際、パフォーマンス程度に花の調合をしてもらう必要があったため、多少は綺麗な格好をさせようと、ケイティに頼んで無難な衣服を買いにいってもらったのだが。

ラファエロは試着するなり顔をしかめ、癇癪を起こしながら衣服を脱ぎ散らかしてしまった。そして元から着ていた孤児院支給の、だぼっとした薄手のTシャツと腰巻きのような衣服に着替えた。

着る衣服にもこだわりが多いのだと、孤児院のクレメント院長から教えてもらったのはその直後のこと。彼が来ていた服に継ぎが当たっていたり擦り切れていたりした理由がよくわかった。その服以外を着たがらないためだったようだ。

とはいえ、あまりにくたびれた格好でお客様の前に立たせるわけにはいかない。どうしたものかと悩んでいると、マリウムが「仕方ないわね、あたしが準備してあげるわ」と、持ち前の裁縫の腕を生かして一式作ってくれたのが、今の衣装というわけ。

「チクチクするとか気持ち悪いっていうのは、布の質感とか縫い目が肌に触れる感じが嫌そうに見えたから」

マリウムがそう言ってガイさんのところに乗り込み、布から吟味して用意してくれたのがシルクの素材と、あまり厚手ではない上質な綿素材の布だった。ラファエロ的にも満足だったようで、借りてきた猫感はあるものの、なんとか着てくれている。

そんな波乱含みのスタートではあったものの——お店は結果的に大成功だった。

アニエスが店の表に立ったとたん、通りすがりの女性たちがざわめき始めた。その隣でスタッフが新店舗オープンのビラを配っていく。

「いらっしゃいませ! 香りのお店“メモリア”、本日明日の2日間、プレオープンです! 今なら大人気作家シャティ・クロウの小説、”恋月夜”と”永遠の祈り”の新作サシェをご用意しています!」

若いスタッフの呼び声が終わったタイミングで、アニエスが切なげに宙を見上げたかと思うと、恋月夜の有名なバルコニーのシーンの台詞を朗々と述べ始めた。その瞬間、立ち止まっていた女性客から悲鳴のような声があがる。台詞を終えて女性客に流し目を送ったアニエスは、名残惜しそうに一旦店へと戻っていった。振り向きざま、女性客に軽くウインクする。

そこへすかさずスタッフが「今なら商品ご購入特典で、恋月夜の騎士様との握手がつきますよ」と悪魔の囁きを告げると——。

「「「買います!!!」」」

「「「私も!!!」」」

数名の女性客が店の入り口を潜った。