作品タイトル不明
裏お見合い大作戦が終わりません3
「それで、話というのは何かな?」
騎士見習いの少年が出してくれたお茶を前に、バレーリ団長が長い足を組んだ。ロイド副団長は会議に出席のため離席中とのこと。
「その、精霊石の加工に関することでお伺いしたいことと、ご提案申し上げたいことがありまして……」
「精霊石に関してはうちではなく精霊庁の預かりになると、以前説明しなかったかな?」
「伺っています。ですので、本来ならバレーリ団長にお伺いすべきことではないことも承知しています。しかしながら、私たちには精霊庁にツテがありませんで……」
今回の提案は、以前のポテト料理のときのように堂々と行えるものではない。なぜならおもいっきり管轄外の話だからだ。この話を持ち込む先は精霊庁や国であって、騎士団ではない。
だが、相談先として比較的お願いしやすい相手がバレーリ団長のほかに思いつかなかった。
「まぁいいだろう。そなたたちも関係者と言えなくもないからな。それに、私がうっかり口を滑らせて目くじら立てる者も今はいないから、大盤振る舞いで話ができそうだ」
うぅ、聞きたいけどなんか聞きたくない。いや、こちらから教えてくれと頼んだのだから後には引けないのだけど。隣の父もごくりと唾を飲んでいる。
権力に縋るということは、こういうリスクもある。それを天秤にかけて、その上でここまで来たのだ。怖くても後には引けなかった。
「それで? 精霊石の何が知りたいのだ?」
「加工技術について、今後研究が進められると思うのですが、具体的に何か決まったことはあるのでしょうか。たとえば、どこに研究機関を設けるか、など」
「私が知っている範囲で言えば、まだ何も整備されていないと言えるな。まずは王立学院の教授たちで研究組織を立ち上げる、その下準備中というところだ。そもそも研究するにしてもまずは法整備がいる。規律も何もないところで研究だけ進めようものなら、不測の事態が起きたときに対処しきれん」
「法整備は文官の仕事でしたよね」
「リュクス・ハイネルの野郎を筆頭にな。骨子を奴らが作って、それをマクスウェルの小僧のところにあげて、最終的には陛下が採択するという流れだ」
リュクス・ハイネルは文官の長である大臣で、マクスウェルは宰相のこと。この国の官僚トップ2をそう呼べるのは、軍部を束ねるこの人くらいだ。
「まぁハイネルの野郎は仕事だけは早いから、ここは時間はさほどかからんだろう。マクスウェルの小僧がいろいろイチャモンつけることを想定したとして、2ヶ月ほどか」
法整備が2ヶ月でカタがつくのは異例の速さと言っていい。
「セレスティア王国を揺るがしかねない大発見だからな。奴ら嬉し泣きに泣いて不眠不休で働いているらしいぞ。ざまぁみろだ」
それは嬉し泣きではないですよね、絶対違いますよね。ざまぁみろって……まぁ、騎士団は24時間体制での勤務ですから、その憂さ晴らしですか、そうですか。
「となると、実際に研究が始まるのはもう少し先、ということですね……。それでも、研究機関を設ける話は、並行して進んでいたりはしないんでしょうか」
「ふむ、アンジェリカ嬢は精霊石の研究に興味があるのかな?」
「え、えぇ、もちろんです! だって精霊石が加工できるとなればいろんな用途が期待できますよね。けれどその方法が一般に一気に流布すれば、危険も想定されると思うんです。となると、研究自体を国が管理する必要があるのかなと思いまして」
「確かにそなたの言う通りかもしれぬな。それで?」
「その……、精霊石の加工は精霊庁の管轄ということですが、現状の精霊庁では具合が悪いといいますか、神官様方は人目の多いところでいつも研磨作業をなさっていますよね。同じように加工も今の場所で行えば、そのやり方を盗み見て試そうとする者も出てきそうだなと」
「確かにありうるな。それで?」
「秘匿すべき技術の研究をするには、やはりしっかりした研究機関が必要だと思うんです。あるいは製品を生産化するにあたっての工場なども、今後は必要になってくるのではないでしょうか」
「確かに想定されることではあるな。それで?」
「研究機関や工場を設けるのであれば、王都の中心地は向きません。土地の手狭さもありますが、何より人目が多すぎます。かといって王都以外の場所に設けるとなると、貴族同士で覇権争いが生じる可能性もあります。我が領に王立農業研究所を設立頂いたときは、じゃがいもの食用化に成功した見返りという大義名分がありましたが、今回はそういった事情もありませんし」
「確かに、あのときはそういう状況下であったな。それで?」
「となると、研究機関に相応しい土地は王都内であるべきかと思われます。それも中心ではなく郊外がオススメかな、と考えまして」
「だから、リンド馬車が購入した土地を押し付けようという魂胆かな?」
最後「確かに」と「それで?」じゃなかった! っていうか見透かされてるし! 心臓が飛び跳ねる私に対し、バレーリ団長は余裕の笑みを浮かべていた。そうだよね、百戦錬磨のこの人、加えて今回の騒動の調査をすべて把握している団長に、小細工なんて通じるはずもなかった。この人、前世の私より年上だし、能力的にもスーパーな人だった。
しおれる私を見て、団長は豪快に笑った。
「自分で言うのもなんだが、騎士団トップの私にそこまでストレートに交渉ごとを持ち込んでくるのはアンジェリカ嬢、そなたくらいなものだ」
「……はい、大変失礼を申し上げました」
「いやいや、褒めているのだ。男爵殿は良い後継者を持たれたな」
父のことも労いつつ、団長は面白そうに顎に手をやった。
「そもそもなぜそこまでリンド馬車に肩入れする?」
問われて、シュミット先生とエリザベスさんの以前は伏せていた事情を打ち明けた。交渉は既に破綻ぎみだし、関連する騎士団の調査もほぼ終了しているから、今更隠しておく必要もない。
話を聞き終えた団長は上体を折り曲げ、身体を震わせた。よくよく見ればなぜか笑っている。
「……っく! はははははっ! そなたたちのことだから野心や二心などないとは思っていたが、そんな理由か!」
そんな理由ってなんだ。団長にとっては大したことない出来事でも、私たちにとっては大切な人たちの将来に関わる重大事件だ。団長ともあろう人がそこまで思い至れないのかと、いささかムッとした私は、失礼にならない程度に団長を睨め付けた。
「くく……っ。あぁ、そんなに睨まないでも。怒った顔もかわいいがな。アンジェリカ嬢」
「睨んでなどおりません! ただ真剣なだけです!」
うっかり溢れた口答えを今更引っ込めることもできない。こちらもヤケになって口を尖らせていると、団長はようやく上体を起こした。
「すまぬすまぬ。その2人の若者のことを笑ったわけではないから、そこは許せ。領主の立場にありながら、一領民の将来をそこまで思って、ここまで交渉にこようという、その気概に感動したのだ」
感動したという素振りを微塵も見せずに言われてもなんだか心に響かないが、まぁ良しとしよう。きっと褒めてはくれている。褒めては。