作品タイトル不明
家出娘の突撃です3
事務所の入り口で、完全に見せ物と化していた恋人たちを、再び応接室に押し込めて、まずはロイと頭を突き合わせた。
お子様である私が同席するためには、いろいろ言い訳が必要だ。シュミット先生はいいとして、興奮しているエリザベスさんや、彼女を守ろうと頑なになっている侍女に不審がられては元も子もない。
「お嬢様とスノウ様は、ケビン様と旦那様の代理人ということにいたしましょう。ここはケビン様と旦那様の事務所であり、第三者が私的な話し合いをするには、両名の許可が必要ということで通します」
「わかったわ。話はロイが聞き取ってちょうだい」
「承知いたしました」
軽く打ち合わせをした私とロイとスノウは、いよいよ応接室に入った。ロイが私たちの紹介をすると、エリザベスさんは慌てて立ち上がり、膝を折ってみせた。彼女は平民、私はお子様とはいえ貴族。スノウは立場的には平民に近いが、シュミット先生がお世話になっているウォーレス子爵と同じ苗字というところから、いろいろ推測をしたのだろう。箱入り娘と聞いていたが、一般的な常識はちゃんと持ち合わせている人のようだった。
「先ほどお伝えした通り、アンジェリカお嬢様とスノウ坊っちゃまには、両当主の代理人として同席していただきます。私もシュミット先生も男爵家の一使用人でしかありませんので」
「はい、承知いたしました」
シュミット先生と並んで腰掛けるエリザベスさんは、長らく離れ離れになっていた恋人と会えたおかげか、先ほどより落ち着いていた。
「それで、リンド嬢が抱えておられる問題については、先ほどお伺いしました。しかしながらなぜ、リンド嬢はこちらの事務所に?」
「どうぞエリザベスとお呼びください、ロイ様。ダスティン男爵家の皆様がこの冬タウンハウスを借り上げていらっしゃることは、家業の関係で存じでおりました。しかし、私の身分でいきなりそちらにいるであろうゲイリーを訪ねるわけにもいかず……でも、ゲイリーとまったく連絡がとれなくて焦ってしまって、こちらの事務所であればまだ敷居が低いかと思い、お訪ねした所存です。でも、皆様のお仕事の邪魔をしてしまい、本当に申し訳なく思っています」
しゅん、と萎えたように俯くエリザベスさんからは、先ほどの主演女優ばりの勢いは消えていた。
「エリザベス? 私が書いた手紙の返事は見てなかったんですか?」
「手紙なんて届いてないわ。少なくともこの3ヶ月の間は。私が書く手紙もエミール兄さんが勝手に処分しているようだとマイアが言ったので、彼女にこっそり外出先から出してもらっていたの」
エリザベスさんの視線の先には、立ったまま様子を伺う侍女の姿があった。彼女がマイアさんらしい。
「そんな、私は何度も返事を出したのに……」
マイアさんの推測通り、どうやら手紙のやりとりはしばらく前から制限されていたようだ。シュミット先生からの手紙はここしばらくエリザベスさんには届いていない。ちなみにシュミット先生はしょっちゅう手紙を書いている。なんなら毎日書いている。それ日記じゃん!って思えるほど書いている。郵便担当の領民が「先生、今日はまだ出さないんですかい?」とわざわざ聞きに来るほど書いている。我が領では赤子でも知っている有名な話だ。
お互いの情報や思いは、彼女のご実家の工作で完全にすれ違い、不安を募らせたエリザベスさんに追い討ちをかけたのが、彼女のお見合いが決まった話だった。
「父は私とゲイリーの結婚を、条件付きではありますが認めてくれていました。それを長兄のエミールが、父が怪我で引退状態になったのをいいことに、勝手にひっくり返そうとしているんです。リンド馬車が今以上に発展するためには、画期的な新技術の導入が必要だといって、取引先のご子息との結婚を迫ってきていて。お見合いに出席すれば、結婚までなし崩しに決まってしまいます。私はゲイリーと一緒にいたいと思っているのに……!」
「エリザベス! 私も、あなたのことを愛しています!」
「あぁ、ゲイリー! 嬉しいわ! でもこうなってしまったらもう、2人で王都から逃げ出すしか……」
「事情はわかりました。一旦落ち着きましょう」
ロイがこめかみに手を当て、盛り上がりそうになる恋人たちを諌めた。そしてちらりと私を見る。うん、スーパーコンピューター並みのロイだけど、この手のことは苦手だよね。かといって私も色恋関係は得意じゃないんだよ。え、前世アラサー女子なのにって? アフリカの不毛の大地の発展に情熱を注いでいた経緯から察してほしい。
「ねぇ、エリザベスさんのお見合いっていつなの?」
私は空気を読まない子どものように、唐突にそう聞いてみた。ただの添え物だと思っていた令嬢が突然口を挟んできたことに、案の定少し怪訝な顔をされたが、素直に「2週間後の土曜日です」と教えてくれた。
「じゃあまだ少しは時間があるのね。ねぇ、ロイ。その間にお父様に言ってなんとかしてもらったら? お父様にエリザベスさんのお兄さん……エミールさんって言ったかしら。彼を説得してもらったらいいのよ。お父様は貴族だもの。いくらリンド馬車の跡取りとはいえ、平民のエミールさんは逆らえないんじゃないかしら」
「……そうですね」
ロイの棒読みな相槌に、「もっとちゃんと演技して!」とこっそり睨み返す。私たちが最優先すべきことは、とにかくエリザベスさんに穏便にお帰りいただいて、家出をなかったことにすることだ。まず時限爆弾を回収して、そのあとに次の手を考えるべき。そう堂々と提案したかったが、ここで私の正体(?)は明かせないし、エリザベスさんは何やら素直で感情過多な性格のようなので、普通に説得しても問題の先送りと取られて従ってもらえない気がした。まぁ、先送りであることには変わりがないんだけども。
ひとまず一旦お父様の権力に縋ろう、お父様ごめん!と心の中で謝りながら、私は無邪気ににこにこし続けた。突如現れた10歳児に(いや、元からいるんだけども)、ロイが砂を噛んだような表情を見せたのも一瞬のこと、最終的に彼が話をまとめた。
「お嬢様の言う通り、旦那様に助けを求めるのはいい手段でしょう。私から提案してみます。ひとまずエリザベス嬢はいったんご自宅にお戻りください」
「でも……!」
「あなたと我が家が結託していることがご実家にバレてしまえば、この先こちらの提案の一切に耳を貸してくれなくなるでしょう。それは完全に悪手です。シュミット先生もおわかりになりますね? 2人で逃亡とおっしゃっていましたが、運良くどこかに落ち着けたとして、どうやって生活していくのですか? 医者の世界は存外狭いもの。あなたがどこかで開業などすれば、あっという間に追手に見つかってしまいますよ。それに、ウォーレス子爵家から借りた奨学金の返済もまだ途中ですよね。あの奨学金は完済するまで、ウォーレス領の派遣医師として働く条件が盛り込まれているはずです。それを反故にして逃げ出すのであれば、貴族との契約に違反したとして重罪に処せられます」
「……!」
ロイが突きつけた現実に、シュミット先生ははっと目を見開き、そして俯いた。握りしめた拳が震えている。ロイだって意地悪で言っているわけではない。現実を再確認させるために、わざとはっきり言葉にしているだけだ。
「……エリザベス、すみません」
「ゲイリー!」
「私に、力がないばかりに……っ」
「いいえ、いいえ! そうじゃないわ! 私だって努力が全然足りなかったんだわ! 私が兄に逆らえないばかりに、家を飛び出して、みなさんにご迷惑をおかけして。私が、私がもっと頑張れば……」
涙ぐむエリザベスさんの肩を、シュミット先生が抱き寄せる。
シュミット先生の研究が医学界で認められ、2人が晴れて夫婦となり、ダスティン領で仲睦まじく暮らしてくれることを、私たちはみんな願っていた。
その未来が、今壊されようとしている。
「ねぇ、エリザベスさん」
このまま子どもに徹しようと思ったが、おせっかいな気持ちがむくむくと湧いてきて、つい口を出してしまった。
「今、自分の努力が足りなかったって言ったわよね」
「え? あ、はい。だってゲイリーは父に認められようと、研究に精を出していました。でも私ときたら、ただただ彼から連絡を待つばかりで、何もしてきませんでした」
「そう。だったら、今から努力をしようと思える? シュミット先生と結婚するために」
「それは……もちろんです! 私にできることならなんだって!」
「そう、それが聞けてよかったわ」
「え?」
狐に摘まれたようなエリザベスさんと、呆けた視線を私に向けるシュミット先生に微笑みかけた私は、ぱん、と手を打った。
「大丈夫、なんとかするわ! その……おとうさまが、ね!」
エリザベスさんは素直な感性を持ったかわいらしい女性だ。箱入り娘すぎてやや世間知らずなところと猪突猛進癖があるものの、推しが弱いシュミット先生とはいいコンビだと思う。シュミット先生も彼女にベタ惚れだから、彼女が側にいてくれればバリバリと仕事に邁進できるだろう。人材確保という意味だけでなく、この2人を応援してあげたいと心から思った。
若い2人の未来を潰えさせてはならない。打った手に力を込め握りしめた。