軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

調香師を探します3

「それが、今年は貴族の子女だけの参加だそうよ」

シンシア様は一瞬だけ眉根を寄せた後、そう答えた。

「それは、孤児院やその他の平民からの参加希望がなかったということでしょうか」

「孤児院のクレメント院長の話によれば、お呼び自体がかからなかったそうなの」

「そんな……去年も孤児院からの参加はありませんでしたが、それはあくまで希望者がいなかっただけで。あ、でも、オープニングの聖歌隊は孤児院の子どもたちが務めましたよね」

「それもなくなって、今年は芸術院の学生たちが務めるそうよ。大会主催者の話では“孤児院の子どもの歌など誰が聞きたいものか”と」

「なんてこと……。それは実行委員長のエヴァンジェリン様のご意向なんでしょうか」

「彼女の言葉なのか、その側近たちの言葉なのかはわからないけれど、とにかく今年の発表会の舞台には平民は立てないし、観客として入ることも許されないそうよ。チケットは貴族にしか販売されていないみたいなの」

一応入手はしたけれど、とシンシア様はため息をついた。

私もまたただただ紅茶の入ったカップを見つめるしかなかった。エヴァンジェリンのことを心配はしていた。彼女の母親が私たちの交流を邪魔していることがわかってからは、マクスウェル侯爵家のエリオットを介して手紙のやりとりをしていたくらいだ。だが肝心のエリオットは今、各地を遊学中で王都にいない。私たちのつながりは完全に絶たれてしまっていた。

こうなるとわかっていたら、せめて父親であるハイネル公爵と連絡を取り続けるべきだったと思う。だが自分の研究にいい意味でも悪い意味でも一途な彼には、何度かすっぽかされた経験もあるので、研究所絡みの本当に大事な案件しか相談しないようにしていた。そんなことも今になっては言い訳だ。

「シンシア様、エヴァンジェリン様がどんなふうに過ごされているか、何かご存知ではありませんか」

「噂程度なら。王宮で王妃様が主催されるお茶会には決まって出席されていると聞いているわ」

「ヴィオレッタ王妃様のお茶会、ですか」

「えぇ。もちろん、母親のエルシア様もご一緒よ。ヴィオレッタ王妃様の次に高位な貴族女性は公爵夫人ですからね。ヴィオレッタ様は他国からのお輿入れでいらっしゃるから、エルシア様には気を遣っておいでという話だわ。それにカイルハート殿下も決まって出席されているそうよ」

「殿下もですか?」

「えぇ。皆10歳前後とはいえ、王家のお茶会は社交界の小さな縮図よ。もちろん他の高位貴族も招かれているけれど……最重視されているのがエヴァンジェリン嬢のようね。彼女は今、カイルハート殿下の婚約者候補筆頭よ」

「こんやくしゃこうほ……」

頭の中でピースがかちりとはまる音がした。そうだった、少女ゲームの世界でエヴァンジェリンは悪役令嬢。そしてヒーローであるカイルハート殿下の婚約者だった。

「ハイネル公爵家は末の男の子がすでに精霊と契約して次期当主に決まっているから、エヴァンジェリン嬢はなんの憂いもなく王家に嫁げる身よ」

そう、この国の当主筋の貴族たちが縛られる「精霊の契約」。次期当主は性別も年齢も能力も関係なく、その土地の精霊が決める慣例だ。10歳前後に契約が為されることが多いが、例外もある。エヴァンジェリンの弟はまだ5つくらいだったはずだ。

そんなに小さなうちから決まることもあるのねと思った言葉が、つい口に出てしまっていたようだ。継母がそんな私を見てふっと笑みを漏らした。

「あそこは地の精霊の御加護の家柄だからかもしれないわね」

「地の精霊の御加護だと、早く契約が為されるのですか?」

「精霊は気まぐれなものとよく言われるけれど、とくに地の精霊は選り好みが大きいって言われているのよ」

「へぇ、初めて知りました」

そういえばアッシュバーン家も地の精霊の加護がある土地だったと思い出す。シンシア様が苦笑しながら「そうね」と頷いた。

「我が家も地の精霊だから、かなり振り回された方ね。でもうちのように30歳すぎてから契約が為されるよりは、早くに決まる方が面倒ごとは少ないでしょうね」

アッシュバーン辺境伯家は長く伯爵翁様が当主の座についていた。彼には3人の息子がいるが、アッシュバーン領の精霊は相当に気まぐれだったようで、次男のアレクセイ様が当主に任命されたのは30歳を過ぎてからだ。もし少しでも運命が違っていたら、シンシア様が辺境伯夫人だった可能性もある。同じアッシュバーン家とはいえ、騎士団副団長夫人と当主夫人とではずいぶんな差だ。もっともシンシア様もパトリシア様も、そんなことで大きく変わるタイプの貴族女性ではないことは明白だ。

「精霊って、いろいろ助けてくれる存在ではありますが、なんだか大変ですね」

「そんな精霊と契約したのだから、アンジェリカちゃんも大したものよ」

精霊と契約するのは当主だけだ。ここにいる2人の夫人は該当しない。

「そういえば、カイルハート殿下はまだ契約されてはいらっしゃらないのですよね」

王家は4大精霊すべての加護を受ける唯一の存在だ。王都には地方の精霊たちの王である4大精霊が住んでいるとされている。彼らは王都を離れることはなく、冬眠もしない。王都からは4種類の精霊石すべてが産出される。

「そうね。でも国王夫妻のひとり息子だから、契約はまだでも実質約束されているようなものだわね。もちろん、この先王子や王女がお生まれになる可能性もあるとは思うけれど……」

「殿下のご契約が発表されたら、かなりの騒ぎになりそうですわよね」

継母がおっとり微笑むのに、シンシア様も続いて頷いた。

「本当に。今のヘンドリック陛下のときはヴィオレッタ様とのご婚約が早々に決まっていらしたから、たいした騒ぎにはならなかったけれど、今回はそうはいかないでしょうね。もちろん、エヴァンジェリン嬢が筆頭候補であることは代わりないでしょうけれど、他の高位貴族たちにもチャンスがないわけではないでしょうし」

「……あの、どういうことですか?」

継母とシンシア様の会話についていけず、私は会話に割って入った。

「あら、アンジェリカは知らなかったかしら。王家のお子様はね、精霊との契約が為されたあとに婚約者を立てる慣しがあるの。もちろん例外もあるけれど」

「今は国も安定しているから、カイルハート殿下が精霊との契約をなさったら、即座に婚約者が立てられると思うわ。皆、そこに乗り遅れまいと、殿下と娘たちが出会える数少ない機会でもある王妃様のお茶会の招待を受けようと躍起になっているのよ」

王家の婚約となれば簡単に決まるはずもなく、どうかすると当人たちの気持ちより家同士の関係が優先される。そういう意味でエヴァンジェリンは筆頭候補だ。血筋もさることながら、叔父が政治の中枢を担う文部大臣であることも大きい。

だが“もしも”の可能性を、他の貴族たちは夢見ている。自分の娘がカイルハート殿下に見染められたら……そんな奇跡を信じて彼の元に娘たちを送り込むのだ。

(カイル殿下、大丈夫かな……)

かつてアッシュバーン辺境伯家で出会った彼も、社交シーズンに疲れて私やギルフォードを呼び出すという無茶をした彼も、そんな権力渦巻く状況が好きそうには見えなかった。当時はミシェルが彼の傍にいて緩衝材になっていたが、そのミシェルも一足先に王立学院に入学してしまい、その後にカイル殿下の側近に選ばれたマクスウェル家のエリオットもまた、家の事情で彼の元を去った。

(今、彼の元には誰がいるんだろう)

ふと浮かんだのは、カイル殿下の傍に寄り添うエヴァンジェリンの姿だった。身分も、家柄も、容姿も、すべてが釣り合う2人。実際にゲームの中ではカイルハート殿下はすでに契約を済ませた王太子で、エヴァンジェリンは彼の正式な婚約者だった。妹はエヴァ 婆(ばあ) と憎々しげに語っていたが、現実のエヴァンジェリンも、妹から大量に送り付けられたイラストに違わず美しい少女だ。

学院に入学するまであと2年。その間に殿下は精霊との契約を為し、エヴァンジェリンと婚約する。

ゲームの中での出来事が現実になるその姿を想像して、つきん、と胸が鳴った。

ゲームのようにアンジェリカが邪魔しなければ、婚約の話はとんとん拍子に進み、なんの障害もなく成婚となるだろう。今だってしょっちゅう顔を合わせて交流している2人だ。

(私が心配することなんて何もないのかもしれない)

2人が私がいない間に仲を深めているのなら、それはそれでいいことだと思う。殿下の社交嫌いとエヴァンジェリンの家庭問題、弱みや悩みを共有して補い合いながら乗り越えていくなら、いい未来につながりそうだ。

(私には関係のない世界だわ)

すでに精霊と契約をした私はダスティン領を離れられない。私がすることは領地を発展させ、そしてお婿さんを迎えることだ。

「関係のない我が家は傍観者でいられますけれど、当事者たちは大変でしょうね」

「えぇ、本当に」

娘2人は殿下と年が離れているため候補にならず、甥っ子たちも男の子とあってシンシア様は蚊帳の外だ。もちろん下級貴族で娘が私ひとりの継母も然り。

(そう、関係ないことだ)

ぬるくなった紅茶に口をつけると、高級なはずの茶葉の苦味がざらりと舌をついた。