作品タイトル不明
調香師を探します1
王都に来て真っ先に向かったのは、香りビジネスの新店舗だった。そこでハムレット商会の副会長、サウル・ハムレット氏と初めて会った。
「はじめまして、アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンと申します。いつもライトネルさんとキャロルさんにはお世話になっております」
「これはこれは、ダスティン男爵令嬢、いつも我が商会をご贔屓にいただきましてありがとうございます」
「どうぞアンジェリカとお呼びください。こちらは私のいとこのスノウ・ウォーレスです。お話の邪魔はさせないようにいたしますので、同席をお許しください」
「もちろんです。アンジェリカお嬢様、スノウお坊っちゃま。もうお店の中をご覧になりましたかな」
「いいえ、まだなんです。ケイティに任せっきりで」
私は後ろに控えていたケイティを振り返った。領地にいる間、新店舗についてケイティに任せていたから、彼女はサウル副会長とすでに面識がある。
「まだ改装工事中のようで、足場が悪いのですが」
「大丈夫です。これでも領地では野山を駆けていますから。足腰には自信があります」
そんな笑い話をしつつ、入り口の天幕を避けて中に足を踏み入れた。
店自体はそれほど広くはない。お客さんが10人も入ればいっぱいになってしまうほどの面積だ。圧巻なのは天井まで作りつけた棚。木の温かみを敢えてそのまま残したデザインは、まさに理想通りの造りだった。すでに壁紙は貼り終えてあって、生成りの色に、ところどころエメラルドグリーンのラインがアクセントになっている優美なデザインだ。建築家であるリーさんにお店のコンセプトを説明したときに「敢えてナチュラルに、自然な優雅さを」とお願いした結果だ。
「とてもいいわ。奥にも部屋があるんですよね」
「はい。もともと事務所にしていたところです。そちらをサロンにするご予定だとか」
「えぇ。そうなんです」
ハムレット商会の本店がライトネルの考案でショーウィンドウやマネキンを陳列したディスプレイにして顧客層を広げたように、こちらも表の店舗は陳列棚を見せる形にしようと決めていた。だが高位の貴族の中には買い物をしている姿を人に見られたくないという人もいる。そのため奥の部屋をサロンとして整えることにした。
「サロンの家具は改装が済み次第、ケビン・ウォーレス工房から運ばれることになっています。店舗側のショーウィンドウもです。それから、作り付けの棚には乾燥花を瓶詰めにして並べるつもりなんですが、ガラス瓶はデザインを含めて、バレーリ領の工房に発注済みです」
「ほほぅ、人気のケビン・ウォーレス工房の特注となると、さぞかしよい物に仕上がりそうですな。それにガラス工芸品においては王家御用達のバレーリ領にもツテがあるとは。さすがお嬢様です」
「ケビン・ウォーレスは私の伯父で、ここにいるスノウの父親なんです。バレーリ公爵家とは以前、ほんの少しだけご縁がありまして」
「それはそれは。一流のビジネスを担う者にとって、人脈は立派な才能のひとつですからな」
スノウの話にもバレーリ騎士団長を匂わせる話題にも特段驚く様子を見せないのは、すでにつかんでいる情報だからだろう。下位貴族の娘と応対するだけなのにそれだけ調べ上げてきているあたり、さすがのハムレット商会副会長と言わざるを得ない。キャロルと同じ明るい茶色の髪を綺麗に撫でつけた彼は、穏和な表情の中にもきらりと光る目線を持ち合わせていた。
「店舗に関しては予定通りということで良さそうです」
「となりますと、問題はほかにあるということでしょうかな」
「おっしゃる通りです。未だ、腕のいい調香師が見つかっていないくて……」
「甥と姪から聞いております。私も決して顔が狭い方ではないので、ご協力できるかと思ったのですが、これといった人材を思い付けず、心苦しい限りです」
「サウル副会長のお力を持ってしても見つからないということは……やはり相当難しいのですね」
「もともと調香師自体の数が少ないですからね。加えて新ビジネスの中核を担うだけの実力を持った人材となると……」
このまま見つからなければ、ひとまずマリウムに頼み込んで、当座の商品になり得そうなものを揃えてもらうことになる。だが、あれだけ可能性を秘めた乾燥花だ。間に合わせで店に出したくない。
「来月にはサンプルが届くと思いますので、それまで諦めずに探してみようと思います。サウル副会長も、引き続きご協力いただけますと助かります」
「もちろんでございます。我々はビジネスパートナーですからね。アンジェリカお嬢様のおかげでポテト料理の可能性にいち早く気づけましたし、新たな展開も持てました。それに、マリウムのこともありがたいと思っているのですよ」
「マリウムですか? 副会長は彼をご存知で?」
「えぇ。私は腕のある技術者を支援するのを趣味にしていましてね。彼のことも目にかけていたんです。ホワイトリリーの社長と大喧嘩をして辞めてしまって以降、王都の名だたる化粧品会社で彼を雇う者はいませんでした。それが今ではお嬢様の元で伸び伸びやっているのでしょう。すっかり便りがありませんからな」
マリウムが開発した化粧水はハムレット商会で取り扱ってもらっているから、副会長が化粧水について知っているのも、それがマリウムの手によるものだということも知っていて当然だった。
「そういえばライトネルさんとキャロルさんが、叔父様が支援している人だといってマリウムを紹介してくれたのでした。サウル副会長のことだったのですね」
だとすればこの人は我が領地の温泉開発に、一役どころか二役も三役もかってくださっていることになる。あの化粧水が売れなければ、絵に描いた餅のまま終わっていた事業だ。
「そうとわかっていればマリウムを連れてきたのでした」
「いえいえ、便りがないのが元気な証拠というのはあやつのためにある言葉ですよ。没頭すると他を忘れてしまいますから。それが天才というものです。我々凡人は、その才を埋もれさせないよう、できる手助けをして、その才にあやかることで生きていけるのです」
「本当に、おっしゃるとおりだと思います」
私自身、何かの才能があるわけではない。中身がアラサーで、前世が日本人で、NGO職員としての知識があったからなんとかやっていけているだけだ。
「マリウムのような天才の調香師が見つかるといいのですけど」
まだ王都に来たばかり。望みを捨ててはいけない。