作品タイトル不明
隣国で知る意外な事情です2
その後の夕食の席で、今回の滞在についての打ち合わせが改めて行われた。ちなみにリカルド様は帰国後の挨拶回りで不在だ。
音頭をとったのは伯爵翁様だった。
「今回の私の役どころはアンジェリカ嬢の護衛だからの。ひとりでの行動は避け、常に私と一緒にいること。できればマリウム殿にも同じことをお願いしたいのだが」
「あら、あたしのことは気にしなくて結構よ。自分の身くらい自分で守れますしね」
平民の出ではあるものの優雅にカトラリーを使いこなすマリウムに対し、伯爵翁様は目をすがめた。
「……そうだな。マリウム殿は見かけによらず身のこなしが優れておりそうだ。時に、ドレスの中に仕込んでいる武器の手入れはきちんとされておるのかの。いざというとき錆び付いていては役に立たぬぞ」
伯爵翁様の言葉に、私はぎょっとしてマリウムを見た。え、ドレスの下?
けれどマリウムは冷静に口元をナプキンでぬぐいつつ、美しい流し目を伯爵翁様に向けた。
「ご心配には及ばないわ。いざというときがくればお見せします」
「そうか。ときに、アッシュバーン産のよい磨き粉があってな。必要とあらばいつでもお渡ししよう」
「憶えておくわ」
目を白黒させる私の前で何やら含んだ会話が交わされる。私だけが蚊帳の外かと思いきや、ギルフォードもぽかんとしていた。すぐにマリウムに問い質したかったが、高位の伯爵翁様がおいでの席であれこれ突つくのも憚られた。
マリウムとの会話を切り上げた伯爵翁様は、こちらに向き直った。
「今回の滞在の主役はアンジェリカ嬢とマリウム殿だ。なるべく2人の予定を優先させよう。だがもし時間を貰えるのであれば、この老体の望みも叶えてもらえると嬉しい」
「もちろんです、伯爵翁様。どこか見学されたい場所はございますか」
「まずは市井の様子を見て回りたい。それから……これはリカルド様に依頼申し上げることになろうと思うが、トゥキルス軍の視察をさせていただきたいと考えておる」
「軍隊、ですか」
「左様。私には見ておく義務があると思っている」
トゥキルスは女王を冠にいただく軍隊を持っている。元々の勇猛果敢な国民性も相まって近隣では最強と謳われる存在だ。
そんなトゥキルス国軍と戦を繰り広げ、五分の和解に持ち込んだのが、誰であろうこのアッシュバーン前辺境伯であったことを忘れていたわけではない。そもそもなぜまったく関係のない彼が今回の旅に同行を申し出てくれたのか——その意味を、わからないはずがなかった。
「恐れながら伯爵翁様。それは……危険なのではありませんか」
20年前、私は生まれていなかった。だが大人たちはその記憶を持っている。そしてそれはトゥキルスでも同じこと。伯爵翁様は既に隠居の身だが、彼の存在を知るトゥキルス国民は多いはずだ。まして軍隊となれば、彼と刃を交えた者だってまだ在籍しているかもしれない。
トゥキルスの軍隊が彼を見てどう反応するのか——。軍事に疎い私にはそれが読めなかった。
私が抱いた不安を理解したかのように、伯爵翁様は静かにナイフを置いた。
「戦争が和解した後、マクシミリアン王弟殿下がトゥキルスのアナスタシア様の元に婿入りされた際、王弟殿下の護衛をしたのは王立騎士団だ。私とも昵懇にしていた前団長が一緒にトゥキルスに赴いた。私は自宅で謹慎を言い渡されておったからの」
「え、おじい様が謹慎ですか!?」
ギルフォードにとっても初耳だったようで、空色の瞳を丸くした。
「左様。和平の証として婿入りされる王弟殿下の元に、多くのトゥキルス人をこの手にかけた私が付き従うわけにはいかぬからの。その役目は騎士団長に譲ったのだ。代わりに私はこの祝い事に水をささぬよう、屋敷に篭った」
「どうしてですか! おじい様は国のために戦ったのに」
「戦争が終われば騎士は用無しだ。そういうものじゃよ。おまえにはあまり話したことはなかったがな」
祖父の重い言葉に、さすがのギルフォードもおし黙った。
「そんなわけでな、私は平和になったセレスティア王国は見ていても、トゥキルス国は見たことがないのだ。だからこそ今回の機会を逃したくなかった……いや、今回の機会が精霊の采配ではないかと思えたのだ」
精霊の采配とは、我が国でよく使われる言い回しだ。前世で言うところの神の采配と同じような意味。
「この国の者たちがどういう思いを持って今を生きておるのか——私は知らねばならぬ。それが、かつて多くを奪った私が、老い先短い今、そなたたちに残してやれる財産になるのではないかと思っておるのだ」
「伯爵翁様……」
元はといえばマリウムの暴走から始まったトゥキルス行きだった。そこに私がうっかり巻き込まれてしまい、断れない状況の中、助け舟を出してくれたのがこの方だ。こちらは領地の発展のために新たな資源を見つけるという即物的な事情からの旅なのに、伯爵翁様はさらに大きな使命感を持ってやってこられた。
(なんか、申し訳ないというか……別に私が悪いわけじゃないから反省するのも違うんだけど)
ただ伯爵翁様には本当にお世話になった。ポテト料理が広まったのも、彼の助けがあればこそだ。
せめて彼が明るい気持ちでこの国を去れるよう、精一杯の手助けをしたいと思った。