軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

学校を作りましょう1

1月も終わりを迎える頃、私はようやくその人に会うことができた。

「あなたがアンジェリカね。はじめまして、エリン・ウォーレスよ」

継母に連れられ訪れたのは、ウォーレス子爵がこの冬滞在しているホテルの一室だった。

「はじめまして、ウォーレス子爵。お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」

「あら、ずいぶんと他人行儀ね。私のことはエリンと呼んでもらって構わないわ。カトレアの娘は私にとっても身内だもの」

継母と同じ栗色の髪をひとつにまとめた小柄な女性こそ、ウォーレス子爵その人だった。子爵家の当主であり、現役の医師でもある。彼女の領地はうちのすぐ隣。そしてウォーレス領は檜の生産と医師を多く輩出していることで有名だ。エリン様の父親――継母にとって伯父にあたる人――も医者だったし、彼女のご主人も医者だ。

「エリン、久しぶりね。すぐ隣の領なのになかなか会えなくて寂しいわ」

「カトレアも元気そうでよかったわ。去年のシーズンにも会えなかったから……2年ぶりかしら」

いとこ同士、旧交を温める継母とエリン様を見ると、やはり血のつながりがあるのだと納得する。顔立ちはやや違うものの、纏う空気感がとても似ていた。

「エリン様、ご無沙汰しております。今日は娘のわがままにお付き合いいただいてありがとうございます」

「バーナード様も。ここのところずいぶんお忙しいみたいね。ダスティン家の名前を聞かない日がないくらいだもの」

エリン様は子爵だからうちよりも高位になるが、継母を通じた縁戚関係ということで、父とも気安い間柄のようだった。

「おかげさまで、いくつか事業が成功したのと、研究所ができたおかげで以前よりはまともな暮らしができるようになりました。そうそう、研究所に附属した診療所に医師を派遣してくださり、本当に助かっています」

「気にしないでちょうだいな。うちも彼らの派遣料をもらっているのだから助かっているのよ。お互い様だわ」

ウォーレス領は多くの医師を輩出しているが、自領で育てた医療助手や、勉学を支援した医師の派遣業務も行うなど、この時代には珍しいシステムを運営していた。

この世界で医者を名乗るには王立医術院を卒業する必要がある。医術院は王立学院を18歳で卒業した後に通うことが許される特殊学院だ。

対してこの世界には前世でいうところの看護師という職業がなかった。ここに目をつけたその昔の当主が、領内に医療補助の人員を養成する学校を作った。10歳頃から通える学校だそうで、補助員を目指す人間を育てるほか、優秀な子どもをピックアップして王立学院の平民枠に送り込み、医師を育てる活動もしている。王立学院を優秀な成績で卒業できれば医術院の学費は免除されるため、この制度を利用した医者が数多くウォーレス領から生まれた。自領に医療制度が行き渡ると、今度は他領に医師や医療補助員を派遣する事業も展開しはじめた。

このシステムを初めて耳にしたとき、私はいたく感動したものだ。子どもに教育を与え、不足しがちな医師を育て、その医師を輩出することで儲け、その資金を領内の養成校運営に回す。綺麗な循環システムで隙がない。

「私が特別なことをしているわけではないわ。何代か前の当主が賢かったのね。私は子爵家とともにそのシステムを引き継いだだけよ」

謙遜しつつお茶を飲むエリン様だが、彼女自身も医学会では名の知れた存在なのだと聞いている。それは彼女の専門分野が精神科、というところからもわかる。

この世界で重宝される医者は内科と外科だ。むしろそれ以外はいないと言っても過言ではない。そんな中、精神科という分野を生涯をかけて作り上げようとしているのがエリン・ウォーレス医師なのだそうだ。このセレスティア王国で唯一の精神科医ということになる。

彼女の存在を知ったのは、うちでメイド長をしていたルビィに、ダスティン領からの追放処分が下されたときだ。両親はルビィをエリン様に預ける選択をした。エリン様に相談を持ちかけた際、彼女の方から提案があったと聞いている。

この世界にも精神科があったのかと驚いたものだが、ある、というよりエリン様ひとりが研究していると言った方が正しいと、あとから知った。そんな貴重な人材が継母のいとこで隣の領主だったというのは、私たちにとってラッキーだった。

そんなパイオニアのようなエリン様だが、医学会では異端扱いされているようで、敵もいないわけではない。ただし彼女の人柄から味方もずいぶんいるそうで、彼女の出席する学会はファンで溢れるらしい。なんというか、すごい話だ。

話は逸れたが、私は今日彼女に面会を申し込んだ理由について、早々に切り出すことにした。

「今日はウォーレス領で展開されている医療補助員を育てる学校について教えていただきたくて、面会を申し込ませていただきました。といいますのも、うちでも学校を作りたいと思っているからなんです」

「まぁ、学校ですって?」

おもしろそうに目をぱちぱちさせるエリン様に、私は構想を打ち明けた。