作品タイトル不明
謁見です1
マクスウェル宰相に案内され向かったのは王宮内のサロン。そこでしばし待機させられた後、王妃様付きの女官が彼女の来訪を告げた。
立ち上がった私たち——父と継母と私は首を垂れる。ささやかな衣擦れの音とともに複数の女性たちが現れた。足音から察するに護衛の騎士たちも一緒だ。
「セレスティア王国王妃陛下、ヴィオレッタ様のおなりです」
女官とおぼしき女性の声に続いて「面をあげよ」という凛とした声が響く。それを受けて、まずはマクスウェル宰相が口を開いた。
「ヴィオレッタ王妃陛下にはご機嫌麗しく……」
「宰相、なんだその挨拶は。めんどくさい」
「……礼節を尽くしているつもりですが」
「おまえらしくもないな。いつもは効率、時短、予算削減がモットーだろう。無駄な言葉の羅列はもっとも嫌うところだと思ったが」
微かな笑い声が響く。
「そなたに格式ばった挨拶をされるとどうにも背中がむず痒い。いつもどおりにしろ」
「……承知した」
おおよそ「承知」とは程遠いと思われるほど苦々しい声色に、私は頭を垂れたまま冷や汗をかいた。一般貴族からしても雲の上の人である宰相様相手に容赦無く切り込める女性など、王国広しといえどそうはいない。これは間違いなくさらに上、つまり王妃陛下の声だ。しかしこのやりとりと口調はなんだろうというのと、なんだかこの声、聞き覚えがあるような……?
「ダスティン男爵、カトレア夫人、それにアンジェリカ嬢、王妃陛下のお許しが出た。面をあげるように」
「はっ」
父の返事とともに私たちは顔を上げた。
そして王妃陛下のご尊顔を仰いだ瞬間、目を剥いた。
(こ、この人、ポテト食堂に来ていたあの女性騎士だ――!!!)
領地に帰る直前、ポテト食堂の土産物コーナーで売り子をしていたときに店を訪れた3人組の女性騎士。その中の一際背の高い黒髪の女性。
その人が今、目の前にいた。緋色の鮮やかなドレスを優雅に着こなし、長い黒髪を緩やかにアップにしている。化粧も美しく施している点はあのときとまったく違う印象だが、明らかに同一人物だ。
(な、な、なんで!? どういうこと!?!?)
父の口上の挨拶も耳に入らず、思わずマクスウェル宰相を振り仰げば、彼はさりげなく私から目を逸らした。
(ちょっ! なんで視線逸らすのよ、宰相様ってば!)
尚も追い縋る私の視線を、身に纏った冷気のヴェールで容赦無くシャットアウトし、平然と佇む宰相様。その横顔は「私は何も知らぬ聞かぬ言わぬ」と声高らかに語っているようだ。
宰相様が当てにならないと悟った私は、恐る恐る視線を元に戻した。戻しながらちらりとかすった視線の先に、またしても見覚えのある顔を見つける。ヴィオレッタ王妃を護衛する騎士たちの中にいたのは、あの日同行していたもうひとりの女性、それに店では一歩下がり無言で周囲を警戒していた騎士の姿も。
(まさか、これって……)
高速回転する頭の中で、先程宰相様と交わした言葉が蘇る。王妃陛下の耳に、いったい誰がポテト料理の話を入れたのか——。
私の問いに宰相はこう答えた。「王妃自身が情報を得たようだ。まぁ、想像はつかなくもないが、私から申すのは控えよう」と。
(王妃様自身が情報を得たって……)
頭の中が真っ白になる直前、「おや」と王妃様の視線が私に向いた。
「そなたは確か、孤児院のポテト食堂にいたお嬢さんではないか! なんと、ダスティン男爵家の娘だったのか。私は一度そなたに会っているのだが、憶えていないかな?」
「……もちろん憶えております。よもや王妃陛下にご来店いただけるとは思ってもおらず、その節は大変失礼申し上げました」
「失礼などとは。非常に気持ちのいい店だった。店は綺麗で料理もうまい、子どもたちも張り切って働いていた。それに、お嬢さんが勧めてくれたじゃがいもと野菜のクッキーも実にうまかった。息子があっという間に完食したほどだ」
「む、息子……」
周囲に聞こえない程度で呟く。そうだ、あの日王妃様はおっしゃった。野菜嫌いの息子がいる、と。そして彼は私と同じような年齢だと。
(……って! 息子ってカイルハート殿下だったの!?)
あまりの情報過多にめまいを起こしそうになった。
挨拶が終わった後、私たちは恐れ多くも王妃様と同じテーブルについた。今日の目的はポテト料理の試食とプレゼンだ。社交シーズン目前の王妃様はことのほかお忙しく、時間も限られている。
「騎士団の騎士たちと手合わせをしていたときに、たまたまポテト料理のことを耳にしたのだ。聞けば騎士団ではじゃがいもが食されているというではないか。じゃがいもは家畜の餌などに使われるもので、到底人間の口に入る食べ物ではないと思っていたから、まさか騎士団はそこまで予算を切り詰めなければならない状況に追い込まれたのかと、コストカット魔の宰相と、犬猿の仲のバレーリ団長を呼び出して確認したら、じゃがいもの食用化に成功したという話を聞かされてな。それならぜひ私も食べてみたいと申し出たのだが、私が騎士団寮に行くのは立場上難しく、かといって王宮の厨房に頼むにもノウハウがないときている。どうしたものかと思っていたらクローディアが……あぁ、彼女は私付きの筆頭騎士なんだが、城下にポテト料理を出す店があると教えてくれてな。それであの日、試食がてらお忍びでポテト食堂を訪ねたのだよ」
「左様でございますか」
うん、いろいろ突っ込みたいところはある説明だった。「騎士団との手合わせ」とか「コストカット魔の宰相」とか「お忍び」とかね。だけど誰も声をあげないものだから、7歳児はおとなしく聞いていましたよ。ちなみに返事をしたのは父です。
「さっそくだが男爵、まずはじゃがいもの食用化の流れについて教えてもらえるかな?」
「もちろんでございます。ただ、じつはこの食用化を思いついたのは娘のアンジェリカです。もしお許しいただけるのでしたら、娘から説明させていただきたいと思っております。我が家で彼女ほど、ポテト料理に関する知識や技術に秀でている者はおりません」
「なるほど。バレーリ団長もそのようなことを言っていたな。そこの堅物宰相も一目置く御令嬢と。アンジェリカ嬢、では頼めるかな?」
「は、はい、承知いたしました」
そして私ははりきって今までの流れを説明した。おままごとの最中に偶然じゃがいものアクを抜く方法を見つけた(ということになっている)こと、そこからキッチンメイドと一緒にじゃがいもの様々な料理を開発していったこと、それがアッシュバーン辺境伯家の目に留まり、かの地で早々に取り入れられたこと、その流れで騎士団にも紹介できたこと、現在はマクスウェル侯爵やハイネル公爵の領地にも広まりつつあること——ただし、宰相様に陳情して却下されたことだけは伏せることにした。王妃様は実に興味深そうに相槌を打ってくださった。
「あいわかった。かまどの灰と一緒に煮込むだけで、あの苦味がとれるということだな。特別な材料や技術がいるわけでもない、つまりは誰でも、どこでも食用化が可能だと」
「おっしゃるとおりでございます」
「ふむ。この方法なら隣国――トゥキルスでも実施可能だな」
王妃様は思案するように指を口元に当てた。私は咄嗟に声を上げた。