作品タイトル不明
王都からのお手紙です
9月も半ばを過ぎて、ようやく領地に戻ることができた。
ダスティン領ではこれから秋の収穫が一斉にはじまり、冬支度のために猫の手も借りたい忙しさが連日続く。私のような子どもの手も十分当てにされている。
例年忙しい時期だが今年は特にすごかった。サツマイモの大豊作に始まり、あらゆる秋野菜や麦までもがかつてないほどの獲れ高をみせたのだ。
今年は父とロイの采配のもと、計画的な農業が行われた。土壌改良を施した土地とそうでない土地を明確にわけ、さらに地の精霊石の使い方も、例年は各家に任せていたものを、今年は領主主導で取りまとめた。育てる作物や量、連作対策なども行った結果のこれである。
実りがよければ皆笑顔になる。加えて山の実りも豊かで、狩りの成果も上々だった。今年の冬はいつも以上の燻製肉にありつけそうということで、領民たちもいっそう冬支度に身が入る。
我が家も冬支度を行いつつ、今年の社交シーズンの計画を練っているところだった。社交のために王都へと出かける両親に、私も当然ながら同行することになっている。実はポテト料理店に関する新たな計画がスタートしており、その準備のためにどうしても王都に出向かねばならなかった。私たち一家のほかに、今回はクレバー夫人とサリーも同行する。クレバー夫人はルビィの後継として付き添うことになり、サリーに関してはケイティに会わせてやるのが目的だ。
王都を離れるにあたって、ケイティはポテト料理店に残ることを選んだ。今の仕事にやりがいを感じていて、もう少しひとりで頑張ってみたいという前向きな意見だった。サリーへの手紙をことづかったので、家に戻り次第真っ先にそれを彼女に渡した。娘が私と一緒に戻ってくると思っていたサリーは初めこそショックを受けていたが、ケイティがいない間にクレバー夫人と親しくなり、子どもが巣立つ寂しさなどを共有できたらしい。社交シーズンに合わせて王都のケイティを訪ねる計画だ。
そしてクレバー夫人の子どもたちの巣立ちも12月と決定していた。ケビン伯父の貸してくれた一軒家を改装しつつ準備を進めている。一軒家には2階もあって寝泊まりできるから、当面はそこをエリックとリンダの住まいとすることにした。本当は開店準備を手伝ってあげたかったが、社交シーズンと重なってしまうこともあってそうもいかない。代わりに王都を訪ねたサリーがその帰りにウォーレス領に立ち寄って、兄妹をしばらく手伝うことになった。
そんなふうに、我が家と我が家を取り巻く人々はめまぐるしく動き続けていた。
「それにしても、すごいサツマイモの量ね」
畑で収穫を終えたばかりのサツマイモをキッチンに運び、マリサとともにアク抜きの準備をしながら歓声をあげた。
「本当に! 今年は栗の実拾いも率先してやりましたからね。栗とサツマイモでおいしいおやつがたくさんできますよ」
「マリサのスイートポテトパイが早く食べたいわ!」
「まかせてくださいな! 10個でも20個でもお届けしますよ!」
そんな他愛無い日常会話を繰り広げていると、突然「お嬢様!」と私を呼ぶ声がした。
「お嬢様! こちらでしたか」
「どうしたのロイ、そんなに慌てて」
有能執事のロイが顔色を変え声を荒げるのはとても珍しい。驚きながら問い返す。
「急ぎ書斎にいらしてください、旦那様がお待ちです!」
「おとうさまが? だって、さっき畑で会ったわよ? ほら、このサツマイモをわけてくれたの」
「サツマイモなぞどうでもいいんです! 緊急事態です、急いでください!」
「え? あの、ちょっと……っ!」
そしてロイは私を抱えるようにしてキッチンから攫うと、書斎に駆け込んだ。
「旦那様、お嬢様をお連れしました」
書斎に戻る頃には幾分落ち着いて私を解放してくれたロイが、扉をあけて中へと私を促す。そこにいたのは当然ながら両親。だが二人の表情は心なし硬い。というより狼狽えている。
「その、なんだ、アンジェリカ、まぁ座りなさい」
「はい」
狼狽えるどころか若干汗まで滲んでいる父の言いつけに従い、私は席に着いた。
「じつは、マクスウェル宰相から手紙が届いたんだ。私が畑で作業したあと、ちょっと領地の見回りに出ていた間に届いて、ロイが受け取ってくれたのだが……」
「マクスウェル宰相からですか?」
かの奥方の、病からくる食欲不振に対応するために、マクスウェル侯爵家でポテト料理を振舞ったのは半年前の3月のこと。あれから奥方は順調に回復していると聞いている。孤児院のポテト料理店が開店したのと同時に、マクスウェル家の料理人を何人か入れ替わりで店に受け入れてもいた。
「お店のことで、何か問題がありましたか?」
「いや、そういうわけではないだろう。そのあたりのことは書かれていない。その、この手紙はマクスウェル侯爵でなく、マクスウェル宰相の名前で届いているのだ。いわば公的文書だ」
「は?」
「これによるとだな、ポテト料理に関してさるお方が大変興味を持たれており、ご自身やそのご実家にも有益な情報となりうるのではと考えておられるらしい。ひいてはそのお方の前でポテト料理のなんたるかを披露し、教えてもらいたいとの仰せだ」
「ポテト料理を教えてほしいということですか? それはかまいませんが……なぜ宰相様がわざわざそれを?」
王国の宰相職というのは想像を絶する忙しさだと聞いている。さるお方とやらが高貴な方とはいえ、自分が興味あるから宰相に仲立ちを頼む、というのはどうもおかしい。興味があるなら直接店に問い合わせてくれたらいいし、何より宰相名で手紙を寄越すのが謎だ。
私の疑問に、両親は顔を見合わせたあと、厳かに告げた。
「その、だな。さるお方というのが……王妃陛下のようなのだ」
「は?」
「ヴィオレッタ王妃がポテト料理に興味を持たれた上に、有用となればご実家である隣国トゥキルスにも広めたい、とお考えだそうだ」
「おうひ、へいか……?」
両親との間に落ちる、しばしの無言。彼らの額にうっすらと浮かんだ汗。恭しく両手が添えられた手紙。
そこにある、宰相印と見覚えのあるサインは、侯爵家の家紋でなく公の存在であることを示すもの。
王国一忙しいとされる宰相様をしてそのペンを取らせ、指示を出させることができる存在など、確実に「それより上」であるはずで——。
頭の中でようやくつながった答えに目を剥きながら、私は息切れする金魚のように口を開け閉めした。
「ええええええええええぇぇぇぇぇ——————!!!!」
そして7歳児の絶叫が小さなダスティン家にこだました。