軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王都店の開店です

太陽がぎらぎらとした熱を発する8月。王都孤児院の敷地の片隅で、一軒のお店が今日も元気に開店した。

「いらっしゃいませ! ポテト食堂王都店、今日のランチはニョッキのトマトソース掛けとさっぱりハンバーグです!」

「今大人気の、じゃがいもの冷製スープもついてます!」

「王都のおみやげにポテトクッキーはいかがですか?」

開店の11時に合わせ、子どもたちが道ゆく人々に声をかける。仕事中の者、観光できた者、ご近所さんや御隠居さんまで、子どもたちの呼び声とおいしそうな匂いにつられて足を止め、お店の看板を眺めていく。

「ポテト食堂王都店?」

「あんた知らないのかい? 孤児院の子どもたちがはじめた新しいお店だよ。じゃがいもを食べさせてくれるんだ」

「じゃがいもだって!? あの、家畜の餌の? 王都の孤児院はそんなものまで食わなきゃならないほど切羽詰まってるのかよ!?」

「あんたなんにも知らないんだねぇ。じゃがいもの食用化に成功して、今じゃじゃがいもは人様の口に入る食材になったんだよ」

「なんだって!?」

「嘘だと思うなら、ほれ、見てごらん、王立騎士団の騎士様たちが昼休憩に入っていくだろ? なんでも騎士団じゃ、今はじゃがいもを使ったポテト料理が主流なんだってさ。この店が出来た当初から、皆熱心に通ってるよ。まぁ騙されたと思って、あんたも食べてみなよ」

よそから来た商人に店を勧めてくれるのは、なんと近隣の屋台の人たち。食堂が出来たことで彼らにとっては商売敵!となりそうなものだったが、そこは持ちつ持たれつ。そもそも彼らが売っていたのは軽食や土産物で、よく売れるのは昼よりも朝やおやつどきだ。むしろ昼ごはんをしっかりとれる店が出来てくれたことで、教会やその周辺の広場、公園などで1日を過ごす客も増え、彼らの商売もまた上り調子なのだった。

その辺りも根回ししたのは、ハムレット商会の双子たちからの助言があったからだ。

店に吸い込まれていく男性客を見送った私は、彼を誘導してくれた屋台のおばさんにサムズアップした。向こうも同じ合図を返してくれる。

店では今ごろ、ランチ客を捌くので大忙しだろう。厨房にはダスティン領から連れてきたケイティとベテランのガンじいさん、それにバレーリ領、マクスウェル領からポテト料理を習いにきた料理人たちまでが、一心不乱に働いているはずだ。ちなみに近々ハイネル領からも料理人を受け入れることになっている。

ポテト料理店が開店して2週間、事前の宣伝も功を奏し、客足は途絶えなかった。子どもたちが主体で運営することもあり、開店時間は午前の11時から昼の3時まで。もちろん、仕込みなどもあるから実際は朝から大忙しだ。

じゃがいもにまだまだ偏見があるため、開店に先立ち、王立騎士団のバレーリ団長とロイド副団長を通じて、騎士のみなさんにお店に通ってもらうようお願いしておいた。王立騎士団の騎士たちは庶民の憧れの職業でもある。そんな彼らが足繁く通うお店の料理なら信用できると思われたようで、数日もしないうちに一般客も入ってくれるようになった。計画通りだ。

ポテト食堂では毎日2種類のランチを用意している。品数を制限することで仕入れのコストを抑えられるし、少ない人数でも厨房を回せるようになる。またランチとは別にパンやクッキーを店内で販売することにした。こちらはマフィンやパイなど、今後も展開を見せる予定だ。秋になればサツマイモも入るからレパートリーには困らない。いずれはカフェも展開できたらと思っている。

「本当に、こんなに人気になるなんて。売り上げも年に数回開いていたバザーよりずっといいんです。アンジェリカ様にはなんてお礼を申し上げたらいいか……」

涙ぐみながらお礼を言ってくれたのはクレメント院長。ちなみに孤児院の食事にもじゃがいもが取り入れられることになった。小麦よりもずっと穫れ高がよく、安価なじゃがいものおかげで、食費の節約はもちろん、成長期の子どもたちがおなかいっぱい食べられるようになり、皆に笑顔が広がっている。

「なんだこれ!? これがじゃがいもかよっ! うまいじゃねぇか!! こんなの今まで食ったことねぇや。故郷の嫁さんや子どもにも食わしてやりてぇ!」

「おまえさん、地方から来たのかい。このポテト食堂は料理の仕方も教えてくれるそうだぞ。ポテト料理を覚えて、地方に店を出すのを斡旋してくれるんだとさ。見事習得した者にはほれ、そこのダスティン男爵印の看板がもらえるんだと」

「ダスティン男爵? 聞いたことないが……でも、お貴族様だろ? 俺たち平民が貴族様の家の印を使えるのかい?」

「あぁ、特別にお許しが出るらしい。だからほら、ここは孤児院だけど、印があるんだよ。ポテト食堂はダスティン印が一番!って宣伝してるぜ」

「じゃがいもの料理か……全然知られてねぇから、田舎で開いたら流行りそうだな。俺も子どもが生まれて、いつまでも行商やるのもどうかと思ってたんだ。地元で嫁さんと店をやるのもありだな」

「おうよ! 兄さんならやれると思うぜ! それに、こういうのは流行りがあるからな。先手をとれば一儲けできるかもしれねぇぞ」

先程の男性だろうか、店内から声が流れてくる。夏場ということもあり、入り口も窓も全開だ。お相手をしてくれているのは開店当初から通ってきてくれている近所の御隠居さん。ガンじいさんの古い友人だとか。少々サクラめいているのはこの際勘弁してもらおう。

ダスティン印のポテト食堂。フランチャイズの名前はそれに決まった。すでに数件の申し込みもあって対応中だ。こんな無名の男爵家とはいえ、貴族は貴族。平民たちから見ればその威を借りられるというのもまた、この世界にとっては新しい風潮のようで、あっという間に噂になった。

先程の男性のように、皆が自分の故郷にこの食堂を持ち帰ってくれたらと思う。

そう夢を見ていた8月の終わり。

「領地で大規模なフィールドワークをしていてね、参加が遅れてしまって申し訳ない。いやぁポテト料理を教えてもらえるの、楽しみにしていたよ!」

「……アンジェリカ様、申し訳ありません」

ポテト食堂王都店を訪れたのは、地質学者の顔を合わせもつハイネル公爵と、その長女、エヴァンジェリンだった。

「あ、あの……どうしてハイネル公爵が?」

頬を引き攣らせながらそう尋ねる。ちょっと答えが想像できなくもないけど、一応聞いてみる。ほら、何事も確認は大事だから。

「ん? だって約束だっただろう? このお店に出資したら、ポテト料理を教えてくれるって」

「もちろんそうです。じゃがいもの食用化の方法から調理法まで、あますことなくお伝えします。現に、バレーリ領とマクスウェル領からも料理人を派遣いただきましたし。ところで、ハイネル領からはどなたがお越しいただけたのでしょう?」

「決まってるじゃないか!? 私だよ!」

小柄な体で大きく胸を張るその人は、どこから見てもハイネル家当主の公爵そのもので。隣でいつもの完璧な淑女像を保っているエヴァンジェリンの唇の端が、心なし震えていた。

「あの、公爵。調理法は厨房でないと伝授できませんが……」

「もちろんだよ。さぁ、厨房はどこだい? ちゃんとエプロンも持ってきたからね」

意気揚々と腕まくりする公爵の隣で、ついに体面を保てなくなったエヴァンジェリンが項垂れるように呟いた。

「父が、どうしても自分でポテト料理を習得したいのだと申しまして……本当に申し訳ありません」

その謝罪は何に対してか。破天荒な行いをする父公爵についてか、下位貴族の私や平民の孤児院関係者が、恐れ多くも公爵の応対をしないといけないことについての気遣いか——おそらく全部だろう。私は彼女の謝罪に言下の意味を汲み取った。

(大変なのはこちらもだけど、一番は彼女だろうな……)

美しいプラチナブロンドを緩やかに巻毛にして、小さな黒い帽子を被り佇む少女。大衆食堂であるこの場にはなんと不釣り合いなことか。彼女の母親が見たら目を剥くに違いない。

私たちは目を合わせ、静かに嘆息しあったのだった。