軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

はじめましての宰相様です

季節は早くも3月半ばを迎えていた。

王都の社交シーズンは1月から3月まで。12月頃から続々と王都に集ってきた貴族たちも、そろそろ王都を後にする頃だ。

例年なら3月の頭には王都を引き払う我が家だが、今年は騎士団との契約があるため月末まで滞在する。

あちこちでクロージングのパーティやイベントなどが繰り広げられており、王都は3月いっぱい賑やかだ。

そんな王都の門をくぐり抜け、馬車に揺られること小1時間。私と父とマリサはマクスウェル侯爵家にやってきた。

「アンジェリカ嬢、よくきたな」

「エリオット様。ご無沙汰しています。エヴァンジェリン様のお茶会以来ですね」

玄関で私たちを出迎えてくれたのは、マクスウェル少年ことエリオット。彼の母親への強い思いが実を結び、私たちはここに来ることができた。ちなみに継母は自宅でお留守番だ。今回の訪問は非公式だし、病身の奥方がおいでの屋敷にぞろぞろ伺うのも失礼だろうと、訪問の数を最小限に絞った結果だ。

「よくいらした、ダスティン男爵、それに御令嬢」

私たちの幼い再会の背後から、落ち着いた硬質な声が聞こえてきた。

(この人が、ミーシャ・マクスウェル宰相……)

すらりとした細身の男性は、縁のない眼鏡の奥の神秘的なアイスブルーの瞳で私と父をまっすぐ射抜いた。髪の色は黒、エリオットと同じだが、質感がまるで違う。こちらは真っ直ぐなストレートで、肩の辺りで切り揃えられていた。

王家の懐刀とはよく言ったものだ。この瞳に睨まれると言葉を発することすら臆してしまいそうだった。

「はじめておめにかかります、マクスウェル宰相。バーナード・ダスティンと申します。こちらは娘のアンジェリカです」

「はじめまして、宰相様」

私は笑顔を引っ込め、爪の先髪の先まで神経を尖らせて最上級のお辞儀をした。

「今回は御令嬢に息子が無理を言ったようで、申し訳ない。また我が家の申し出を快く引き受けてくださり、感謝申し上げる」

「とんでもないことでございます。我が領で開発した知識がお力になるのでしたら、いくらでも御用命いただきたいものです」

「手紙でも伝えたと思うが、あまり大袈裟な話にはしたくないのだ。これは私的な内容ゆえ」

「心得ております。今回はアッシュバーン辺境伯家、ハイネル公爵家の皆様からのご推薦で、恐れ多くもマクスウェル侯爵に我が領の特産について話を聞いていただける機会と捉えております」

うちの父は頭のいい人だ。領地が貧乏なのと人がいいせいであまりパッとしない印象なだけで、高位貴族との付き合い方も心得ている。これに乗じて我が領に便宜を図ってもらおうとか、相手の弱みを握ろうとか、そんなことはこれっぽちも考えないし、相手の掌の上で踊らされるような馬鹿もしない。それは長年アッシュバーン辺境伯家の庇護下にある貴族として過ごしてきた、また過ごさざるを得なかった代々のダスティン家当主の血がなせることなのかもしれない。でもその身綺麗なところが、伯爵翁様やアッシュバーン辺境伯爵の信頼を勝ち得ることにつながってきたのだ。

だから今回の目的が、病床にあるマクスウェル侯爵夫人に料理を振る舞うことであったとしても、恩着せがましいことはしない。あくまで我が家は、食用化に成功したじゃがいもの調理方法について、侯爵に紹介をするだけだ。

父が再び頭を下げたことで、侯爵の視線が自然と私に向いた。

「ふむ。こちらが例の御令嬢か。バレーリ団長がたいそう持ち上げていた……」

「きょ、恐悦至極に存じます……」

私も父に倣って今一度頭を下げた。そう、今回の訪問にはあのバレーリ騎士団団長も推薦状をつけてくださったのだ。

ポテト料理は私もある程度は精通しているが、いかんせん身体の小ささもあり、直接腕を振るうことはできない。そして貴族の継母が厨房に立つのも体面が悪い。となれば連れていけるのはマリサだけだ。だがマリサは平民で、ここは侯爵家。騎士団寮の厨房に立つのとはわけが違う。

そこで私たちはマリサの身分や人柄の保証をしてもらおうと、ロイド副団長に頼んだ。ロイド副団長は宰相様とも同級生で既知の間柄、長年の信頼もある。そのお願いをしに面会を打診し、厨房の手伝いがてら執務室を訪れると、そこには当然バレーリ団長がおり、話の流れで「なら俺が書いてやろう」となったのだ。

「あの陰険メガネに恩が売れるんだ、こんな楽しいことがあるか!」と嬉々としてペンを取る彼を止めることは誰にもできなかった。そして彼はあろうことか、マリサのことだけでなく私のことも持ち上げ、ぜひ同行させるべきだと強く進言してくれた。

顔を引き攣らせつつ一旦は止めようかと思ったが、ここで団長が推薦してくれなければ私が宰相様に会える機会などめぐってこない。ダスティン領で開発されたポテト料理の旗振りを6歳の子どもがしていることは公にはしづらく、したがって我が家を代表して誰かがマクスウェル家に行くとしたらそれは父になる。

私が行く必要が絶対あるかといえばそうでもないが、エリオットの母親の容体が心配だった。それに、妹から聞かされた乙女ゲームの内容をあれこれ精査している中で、ふと引っかかることがあったのだ。

それは「宰相の息子」として出てくるエリオットのエピソード。眼鏡キャラの彼はカイルハート殿下の側近として、学院では殿下の側に侍っていた。

お茶会の席でエリオットは、自分が側近候補から外れてミシェルが選ばれた経緯について話してくれた。ゲームの中ではさらに時間が進み、ミシェルが死亡したこともあって、彼やギルフォードが殿下の側にいることになったのだろう。

そんな彼の性格は「冷徹」の一言。寡黙キャラで、現役宰相として忙しい父に代わり家の管理も任されていた。学院では生徒会にも身を置き、学院の秩序維持に一役も二役もかっていた多忙な仕事人間。いつも眉間に皺を寄せ、カイルハート殿下はじめ他の生徒たちにも容赦無く苦言を呈する。他人に笑顔など見せたことのない彼が、ヒロインの純粋な気持ちと励ましに支えられ、いつしか彼女に恋するというものだ。

あの常識知らずのエリオットと恋……と思うと背中の辺りがむず痒くなるのだが、それは置いておいて。

今のエリオットはなかなかに頭でっかちだが、冷徹なイメージからは程遠い。

ゲームの中で彼の性格を裏付けるエピソードが、家族不和だった。仕事ばかりで家のことは顧みず、出来のいい息子に押し付けるばかりの父。歳の離れた妹がいるが、ゲームの中では没交渉な上にお互いを憎み合っている、そんな設定だった気がする。

そしてどれだけ思い返してみても彼の母親のエピソードが出てこなかった。家庭の要となるのはいつだって母親のはずだが、まったく思い出せない。

(思い出せないってことは……)

もしかするとゲームの中ではすでにいなかったということなのかもしれない。なぜならこの世界の医療水準はあまり高くない。現にスノウとフローラの母親はお産のときに亡くなっているし、ルシアンの母親も彼女が若い頃に亡くなった。うちの父はまだ40代だが、その両親もすでにないし、騎士爵に叙せられた母方の祖父母も私が生まれたあたりで相次いで亡くなったと聞いている。身体を壊して寝たきりに近い状態にあるという侯爵夫人がこのまま亡くなったとしても不思議ではない。

(死亡フラグ立ちすぎじゃないの)

医療に関してもどうにかテコ入れしたいが、残念ながらそっち方面の知識がない。そのうち医者一族という継母の実家筋のエリン様とお話してみてもいいかもしれない。

(とにかく、立ちそうなフラグはへし折りたいわよね)

親しい人が不幸になるのは見たくないし、何より私の明るい婿取り計画を邪魔されるのは困る。身の丈に合わない高位貴族とどうこうなる未来は、潰せるうちに潰したい。

そんないろいろな思惑が重なり、私はどうしても今回の計画に首を突っ込みたかった。ゆえにバレーリ団長の滑る筆を止めなかったのだけど。

(ただ、今回ばかりは相手が悪かったかも……)

相手を見つめるだけで竦ませる敏腕宰相様を前に、納得してもらえる結果を出せるのか。

冷たい汗が背中を流れ落ちるのを、ただただぎこちない笑顔でやり過ごすしかなかった。