作品タイトル不明
ちょっと人生について考えてみました
その日、私は登城するミシェルと一緒に馬車に揺られていた。私は騎士団寮の厨房へ、ミシェルはいつもどおりカイルハート殿下にお仕えするためだ。
「そういえば、ミシェルはお城でいつもどんなことをしているの?」
「だいたいは殿下と一緒に行動しているよ。午前中は勉強の時間、午後は剣術の稽古や乗馬の稽古、マナーのレッスンや読書など、その日によって違うかな」
「ずっとそのスケジュール? 大変そうね……」
領地での自分の行動と比べながら思わず顔を顰めた。領地では午前中は畑仕事や家畜の世話などの手伝いをして、午後に数時間、勉強やマナー、ピアノのレッスンが行われるだけだ。その後は夕食の手伝いもあるので、だいたい夕方の4時頃には終わる。
一介の男爵令嬢と未来の国王やその側近を横並べにするのは無茶な話だが、それでも彼らの過密スケジュールは同じ貴族でもこうも違うのかと思わされた。
「慣れればどうってことないよ。むしろ王子殿下と同じ指導者に教えてもらえることはありがたいことだからね。それに、将来本格的に殿下にお仕えすることになるなら、これくらいできないと話にならないから」
「ミシェルは騎士を目指しているのではなかったの?」
「うん、そうだよ。私もできることなら祖父や父たちのような立派な騎士になりたいと思っている。ただ、私とギルフォード、どちらが精霊から当主に選ばれるかわからないからね。たぶんどちらかがアッシュバーン家を継いで、どちらかが殿下にお仕えする、ということになるんじゃないかな」
「王立騎士団には入らないの?」
「その可能性もないわけじゃないけど、王立の騎士団は世襲制ではないからね。ロイド伯父上は次期団長とも言われているけれど、だからといって私やナタリー姉上たちが跡を継げるわけじゃない。それに、今カイルハート殿下の傍にいるということは、将来的に側近として側仕えすべしという王宮からの希望でもあるから、無下にはできないよ」
もし精霊に選ばれたらアッシュバーン辺境伯領の騎士団を束ねる当主となるが、選ばれなければ騎士団には所属せず、一介の騎士か侍従のような身分でカイルハート殿下のために王宮に残る、ということか。
生まれたときからその人生を周囲に決められている状況。かわいそうだと思う人もいるかもしれないが、彼はそういうものと捉えているようだ。私も、男爵家を継ぐべき運命を背負っているから彼の生き方が理解できる。貴族とはそういう生き物だ。
しかしミシェルは私が押し黙ったことを、彼に同情していると勘違いしたようだった。
「心配しなくても、私は自分の生き方に満足しているよ。既に将来が決まっているというより、将来あるべき姿が明確になっているから、それを目標に日々努力できるのだと思っている。アンジェリカもそうだろう?」
「えぇ」
「それに私たちだけじゃない、ハムレット家の双子だって、商会の家に生まれて将来どちらかがそれを継ぐことが決まっている。でも彼らはとても楽しそうじゃないかい?」
「そうね。商売が大好き!って感じだものね」
「アンジェリカは自分の生き方に満足できない?」
「私は……」
流されるように視線を車窓に向ければ、王城の白亜の建物が見えていた。セレスティア王国の王宮はその建物も立地も優美で、近隣諸国にも名の知れた有名な観光名所だ。4精霊の加護を受ける王都はそれ自体が聖域のようなもので、長年戦禍にも見舞われずにきた。もちろんそれは精霊だけの力ではない。それを守る騎士たちの努力と勇気があってのものだ。
私が目指すのはその騎士たちが集う寮の厨房。目的はポテト料理の普及。それが私のなすべき仕事。
だけどこれはただの仕事だろうか。労働の対価として賃金をもらうだけの、単純なギブアンドテイクなのかと問われれば——。
私はミシェルに向き直り、大きくかぶりを振った。
「ううん、そんなことない。私は今の生き方が好きよ。だって、やりたいことがたくさんあって、それを叶えられるために行動するのは好きだもの」
もし平民として転生していても、じゃがいもの食用化にはそのうち気づけたかもしれない。でもそれを王国全土にまで広げるという夢は、本当に夢物語に終わっていただろう。私はなんの力もない小さな女の子で、せいぜいが自分たちが食べるものか、ご近所さんに伝えるくらいで終わっていたように思う。
今も小さな女の子であることには変わりはないけれど、こうしてたくさんの人に出会い、彼らの知恵や力を借りられる。それは私が貴族という身分を手に入れたからできたことだ。
だからこそ私はそれらを還元しなくてはならないと思っている。私の生活を支えてくれているのは領民たちだ。彼らが少しでもいい暮らしができるよう努力するのが私の義務……義務? ううん、義務という言い方も違う。それが私の望みなのだ。
そしてそれは私の夢でもあった。前世で行っていたNGOの仕事は、志し半ばで完遂させることなく終わってしまったけれど、形を変えて再び挑戦するチャンスを与えられている。
いろんな生き方があるだろう。貴族として生まれても、義務を義務と思わない者もいるし、平民として生きながらも人生を縛られる者だっている。生き方はひとつじゃないし、自由の形もひとつじゃない。
そんな星の数ほどある生き方の中で、自分が望む形の夢や希望を手に入れられるなら、それはとても幸せなことなのだと思う。
「ミシェルはなんというか、すごいね」
「私がかい? そんなことはないと思うけど、でもアンジェリカがそう思ってくれるなら嬉しいな」
彼は春になれば10歳になる。前世の私からしたら息子といってもいい年齢なのに、本当にしっかりしている。
「殿下は幸せものだと思うわ。ミシェルのような優秀な人が側近で」
「ずっと傍にいられるかどうかはわからないけどね。いつかギルフォードにとって代わられるかもしれないし。それに殿下と歳近の子どもたちも大勢いるから、そのうち殿下のお気に入りがほかにできるかもしれないね」
「そんなことないでしょう? まぁギルフォードのことはわからないけど。殿下も彼のこと、気に入ってたみたいだし。でもアッシュバーン兄弟よりも殿下が気に入る人材って、なかなかいないと思うわ」
「どうだろう。たとえばマクスウェル宰相の御子息はとても優秀な方だと聞くよ。ほかにもハイネル公爵家の御令嬢は血筋も尊いから、もう少しすれば王妃様のお茶会に呼ばれるかもしれない」
その名前には激しく覚えがあった。以前伯爵翁様も彼らのことを褒めていたし、そもそも妹激推しの乙女ゲームの攻略対象と悪役令嬢だ。ミシェルの口からも彼らの名前が出るということは、この世界がゲームを舞台にしていることの信憑性がますます増してくる。
「それにハムレット商会の双子だけど、あの優秀な双子が王立学院を目指さないわけはないから、無事入学すれば殿下ととても気が合いそうだと思わないかい?」
「たしかに、双子はありそうね……」
いたずら好きの殿下に、発想おばけのライトネルと発明が得意なキャロル。見事なくらいなんの違和感もない組み合わせだ。そこに脳筋食欲魔神のギルフォードが加われば……ちょっと想像したくない。
「でもミシェルは必要よ、なんというか……引率要員として」
「……それはアンジェリカにも課せられる役目だからね」
「いやぁ、私は……」
「やるよね?」
「できれば遠慮し……」
「やるよね??」
え、引率やること決定? 選択権ないとか横暴ではない??
「私ひとりに押し付けるのも横暴だよね?」
私の心の声が聞こえたのか、ミシェルが物騒な笑みを顔面に貼り付けて詰め寄ってきた。私は乾いた笑いを浮かべるよりほかなかった。