作品タイトル不明
新年を迎えました
年が明け、1月1日になりました。明けましておめでとうございます。
昨夜の王宮での開幕パーティも無事終了、両親は今年もめでたく両陛下に拝謁できたそうだ。それから警備の指揮をとっていたバレーリ団長とロイド副団長にも運良く会えたらしく、騎士団でのポテト料理披露の日程について、近々予定をすり合わせることになった。
そんな中、1月1日のしょっぱなから、私はマリサとともにアッシュバーン家の厨房を借りている。
「まだじゃがいもやサツマイモが残っていてよかったですね、お嬢様」
「うん。これでじゃがいものクッキーが焼けるわ。あとスコーンも」
こちらの世界では前世でいうところのお正月的な風習はない。31日から1日にかけて王宮でパーティがあるのみだ。だからとても平穏な平日の1日になる。パーティに出席した大人たちは帰宅が午前様だったので今朝はゆっくり。けれどパーティに関係のない子どもたちは朝から元気に過ごしている。
学院は昨日からお休みで、ナタリー&エメリアも家にいる。ただし騎士科の2人は今日も鍛錬!とのことで朝から剣を片手に模擬戦を繰り広げていた。騎士に憧れるミシェルやギルフォードが黙って見ているはずもなく、2人も参戦。ギルフォードが「アンジェリカも来るだろ!」と朝食の席の途中であるにも拘わらず今にも引きずっていこうとするのに必死で抵抗しながら「私はクッキーを焼くから! みんな訓練でお腹すくでしょう!?」と咄嗟に口から出た言葉を反故にするわけにもいかず、マリサを誘って厨房に出向くことになった。
ちなみに使用人棟で寝起きしているマリサは「何もしないのは申し訳ない」と、到着した翌日から出入りして下ごしらえの手伝いや賄い飯作りに参加させてもらっていたそうで、スタッフとも既に顔見知り。さらにはダスティン領ではとっくに底をついていたじゃがいもがまだ手に入ると知って、アク抜きまで済ませてくれていたという。さすがはうちの自慢のキッチンメイドだ。
そんなわけで約束というより咄嗟の出任せを真実にすべく、久々にじゃがいもクッキーを焼くことにした。ついでにシンシア様に召し上がっていただくスコーンも作りましょうとなり、今材料を分けてもらったところだ。
アッシュバーン家には専任の料理スタッフが2人に、下働きのスタッフが1人いる。全員男性だ。料理長はピーターさんといって、恰幅のいい中年男性だ。黒い口髭がトレードマークで、白いコック服をパリッと着こなしている。初めて見るポテト料理に興味津々で、すでにアク抜きが終わって潰したじゃがいもをひと掬い口に入れると「ほぉ」とため息をついた。
「エグみがまったくないな……これがじゃがいもの本来の味なのか」
「少し土臭さがあるような気もするけど、料理次第ではいかようにもできますね」
もう1人の若手の料理スタッフとあれこれ料理の相談を始める。そこにゴミ捨てから戻ってきたまだ10代の見習い少年も加わって、初めてのじゃがいもを吟味し始めた。その横でマリサはいつもの慣れた手つきでクッキー生地とスコーン生地をまとめていく。スコーンはシンシア様の話を思い出して、卵入りとなしを作ってみるつもりだ。料理スタッフの3人は、そろそろ起きてくる朝寝坊の大人たちのためのブランチ準備があるため、「あとで絶対試食させて!」と真顔で私たちに頼み込んで仕事に戻っていった。
「どうせならほかの野菜も入れて、野菜クッキーにしましょうか」
半年前、アッシュバーン家で開かれたギルフォードの誕生会を思い出してそう提案する。カイルハート殿下の突然の登場に周囲が右往左往する中、至ってマイペースな殿下は苦手な野菜をお皿に残したまま、私の野菜クッキーの話を熱心に聞き入ってくれた。彼に野菜クッキーをいつか披露すると約束したけれど、それは果たせないままだ。
その話を殿下は覚えていてくれたらしかった。誕生日プレゼントを託したミシェルが、昨日お土産話を持ち帰ってくれた。私が王都に来ていることを伝えると殿下はひどく驚いたらしい。
「“ぜひ王宮に遊びにきてほしい。クッキーも食べたい”と、殿下が仰せだったよ」
ミシェルからその言葉を聞いて胸がざわりとした。けれどすぐに気を取り直して「そうですね、機会があれば」と笑顔で返した。その機会が訪れることはたぶんない。
王宮は特別な場所だ。一介の男爵令嬢がおいそれとお邪魔できる近さではない。ミシェルはアッシュバーン辺境伯の子息という立派な身分があり、かつ殿下の側近候補という肩書きがあるから伺候を許されている。私はミシェルと友達になったけど、その関係を盾にして押し入れるかといったら、そんなことはない。そして殿下が仮に、もし仮に私に会いたいと言ってくれたとしても、そこには煩雑な手続きが必要になる。子ども同士が顔見知りだからといって「はいどうぞ」と簡単に案内される場所ではないのだ。
だからこの野菜クッキーが彼の口に入ることもない。アッシュバーン領でのあの出来事は、いろんな偶然が重なった結果の特別だったと、今ではちゃんとわかっている。
あの約束を果たす日はこない。嘘をついたと言われてしまうと辛いところだが、私たちの間には、想像する以上に大きな壁がある。
だから今回プレゼントした“星見”を殿下がとても気に入って、侍従に火と風の精霊石をたくさん用意してとせがんでいたという土産話だけで、私は満足だ。
クッキーに練り込むホウレンソウやニンジンのペーストを作りながら、この特別なつながりは綺麗な思い出にしてしまおうと作業に没頭した。
数時間後、クッキーとスコーンが焼き上がり、ピーターさんたちと試食会を開いた。はじめてじゃがいもを口にする彼らは一様に驚きを隠せない。
「驚いたな、普通のクッキーと変わりない」
「むしろもっちり感が増して、これはこれでいい味ですよ」
私はポテト料理を推すべく、アッシュバーン領の邸宅では毎日のように食されるようになったことを彼らにアピールした。できることなら王都でもこの料理を広めてもらいたい。
「旦那様と奥様が歓迎したら、うちでも考えてみるかな。そのときはいろいろ教えてくれよ」
もしひと冬をここで暮らすことになるなら、時間はたっぷりある。それにアッシュバーン家にただ居候しているのもしのびないから、ポテト料理を伝授することはやぶさかではない。マリサが騎士団寮に行くことになっても継母と私がいるから問題もない。幸いシンシア様は私たちが厨房に立つことについてとやかくはおっしゃらないだろう。騎士団寮の前に王都での足掛かりができ、幸先いいスタートとなった。
満を持してクッキーとスコーンはお屋敷のみなさんに披露された。スコーンに至っては「私が一番最初に習いたかったのに」とシンシア様がしょんぼりされるほどの出来で、そのまま3時のおやつになった。ナタリー&エメリアはこれから騎士団に紹介される食材だと聞いて、一足早くその未知の味を知ったことをうれしがっていた。食欲脳筋魔神のギルフォードは秒で皿を空にした上、夕食にはマッシュポテトをと注文までつけ、パトリシア様に呆れられていた。