軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

忠告

ローザがほくほく顔で帰りの馬車へ乗り込むと、ヘレナが不思議そうな顔をした。

彼女は今日グリフィス邸にローザが行くというとついて来たのだ。

久しぶりの外出なので、ヒューも護衛として同じ馬車に乗っている。

「お嬢様、今回は何の密談ですか?」

ローザはヘレナに新入りの使用人について探っていることを告げてはいなかった。

クロイツァー家の使用人である彼女からしてみればいい気持ちはしないだろうと思ったからだ。

そのため、最近では店の方を任せていた。

「密談って程のこともないわ。それより、店の方はどうかしら? 明日にでも行ってみようと思うの」

「店の売り上げは順調ですし、お客様とのトラブルもございません。廉価なバスボムも増やしたせいか、購買層が広がりました」

ヘレナが書類を繰り、数字を確認しながら報告する。できた侍女だ。

「ねえ、あなた店長になる気はない?」

「私はお嬢様の侍女です」

きりりとヘレナが眉を吊り上げる。

「やっぱり、兼任では負担よね」

「そんなことはありません。何より、最近お屋敷では新しい使用人が増えて油断がなりません」

「ふうん……って? え、油断がならないって何? なんで?」

ローザがびっくりしたように質問する。

「この間、銀器が消えました」

「何ですって?」

母からその報告は聞いていない。

「幸い、食器棚をすべて調べたら、出てきました」

「そう、ならよかった。新しい使用人がしまう場所を間違えたのね」

「それが、手なんですよ」

「え?」

「屋敷で窃盗が行われる場合、物を別の場所にしまって、様子を見ることがあります。そしてしばらくしてから売り払うのです」

「何ですって!」

「今回は疑いの段階なので、奥様にご報告していないようです。その新入りのミスかもしれませんから。しかし、続くようなら危険です」

「まあ、なんてことでしょ!」

ローザは次にヒューに目を向ける。

「あなたの方は何かない?」

「護衛の方についてこれと言ってありませんが、門番が代わりました」

「ええ!」

(これ、本格的にやばくない? でも、やっぱり私はバスボムが作りた

い!)

ローザはそのまま家には帰らず、欲望の赴くままに店に向った。

それからのローザは、家で母を手伝い、時々店に顔を出す生活が続いた。これでは『泡ぶろ』布教作戦はちっとも進まない。

ローザは母と、使用人の教育を終えた後、一人部屋でお茶を飲む。

二階にあるローザの自室から、窓の外に見事な庭園と、その先に広がる王都の街が見える。

「相手の出方を待つっていうのは、性に合わないわね」

そう言ってパチンと扇子を鳴らす。

ちなみに部屋にはローザ一人で、ヘレナの姿はない。

彼女には店に行ってもらっているからだ。

そのため、茶もローザが自ら淹れている。

なぜ、自分の家にいながら使用人の動向見張らなければならないのか。この状況をなんとしても打開したい。

「これはもう、買い物に行って憂さを晴らすしかないわ!」

そう言ってローザがガタリと立ち上がった瞬間、部屋にノックの音が響いた。

返事をすると新入りのメイドが、手紙を持ってきた。

イーサンからだ。

手紙を読み終えたローザはさっそく外出の支度をはじめ、またしてもグリフィス邸へ向う。

しかし、家族は忙しく、ローザの動向に目を配るものはなく、イーサンのことで何やかやと言われることはなかった。

屋敷着くとすぐにいつもの執事にサロンに案内された。

中に入るとイーサンがすでにソファに腰かけていた。

それから執事がテキパキと茶を準備するとサロンから出ていった。

掃き出し窓の向こうには庭が広がり、温室がある。

ローザは挨拶もそこそこに話を切り出した。優雅に構えている場合ではないのだ。

これからのローザの贅沢で華麗な令嬢生活とクロイツァー家の存亡がかかっている。

「閣下がこうしてお呼び出しがあったと言うことは、何か進展があったと言うことですよね?」

「ああ、君からもらった経歴書の写しは立派なものだったが、いずれも訳ありの人物ばかりだ」

「何ですって!」

イーサンは一人ずつ名前をあげて教えてくれた。

いくら探っても素性がわからない者。優秀な官吏であったが、大きな借金を持ち、最近突然返済した者などきりがない。

ローザはいかりに震えた。

「なせ、アレックス殿下はそのような者たちを紹介したのでしょう?」

「アレックスを庇うわけではないが、彼が自ら厳選するわけではない。官吏が持ってきた資料に目を通し問題がないと分かればサインをするだけなんだ」

確かに、一国の王子がそんな些事にかかわってはいられないだろう。

「それともう一つあまりよくない知らせがあるんだ」

「何でしょう?」

ローザはごくりと唾を飲み込んだ。

「貴族が下級使用人の口利きをする口入れ屋が、オリバー商会に買収されたようだ」

「何ですって!」

「警戒すべきは上級使用人ではあるが、下級使用人や門番なども侮れない」

そこでローザに疑問が湧く。

「閣下はそういう情報をどこで手に入れるのですか? まさかマーピン・ロスからですか?」

「違う。情報元は明かせない。私にとっても情報は生命線なんだ。しかし、それで君が私の言うことを信じられないと言うのならば、それも致し方がない」

そこまで言われては追及できない。確かに王族や王宮官吏の情報などがマーピンの耳に入る訳はないと思う。

イーサンは独自の情報網を持ち、王宮の中で生き延びてきたのだ。

「本来ならば、うちは人を雇うとき、きちんと募集を出して調査をするんです。殿下に頼ったのは初めてだと父が言っていました。それに下級使用人も一人ずつ母が面接するのですが、今回は一気に人が辞めたので、ろくに面接する暇もなかったとのことです」

ローザの話にイーサンは頷いた。

「私にできるのは注意喚起とちょっとした調査くらいだ」

「いいえ、それだけで十分です。この借りは何かの形で必ずお返しします」

ローザが決意を込めて言うと、イーサンが爽やかな笑みを浮かべた。

「そう。では楽しみにしているよ」

「はい! お金で困ったら、いつでも相談してください」

そんなローザの返事を聞いてイーサンは苦笑する。

そして彼はローザの帰り際に一言付け加えた。

「クロイツァー嬢、アレックスには気を付けて」

真剣な表情で言うイーサンを見て、仲の良い甥と叔父の関係は終わったのだと悟った。