軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ローザ、過去の悪行

ローザはイーサンに引きずられるようにして、二人の密会の場から連れ出された。

「あの、グリフィス閣下、なぜあのような場所で盗み聞きを?」

前世の『推し』が盗み聞きをするなど衝撃だ。

「それはこちらのセリフだ、と言いたいところだが、後日改めて君とは話をした方がよさそうだ」

「言っておきますが、私は二人の邪魔をする気はありません」

イーサンが驚いたような顔をする。

「まあ、君は癇癪を起してあの場に飛び出して行かなかったわけだから、そうなのだろう。というか、なぜ君があの場所にいたのかは不思議だが……」

ローザはイーサンの言葉を軽く流し、再度疑問を口にする。

「もう一度お尋ねしますが、なぜ閣下はあの場所で?」

前世の記憶があるローザだから、あの密会現場を知っていた。そこになぜ、イーサンがいたのかが不思議だ。

「少し夜会場が息苦しくてね。偶然だ。……だが、いろいろと思うところはある。それより、こんな茂みの中で君と二人でいるこの状況は、誤解を生みかねない。君は未婚のご令嬢だろ。おかしな噂がたったら困るのではないか? 後日改めて連絡する」

そう言いおいて、イーサンは去っていった。ローザに彼を深追いする気はない。

そんなことよりも、ずっと気がかりなことがある。

「うちがモロー家に嫌がらせをしているって、どいうこと? それもエレンの被害妄想? でもお父様はお金大好きだし、きっといろんなところから恨みを買っているわよね?」

ローザはひとり庭園で月を見上げなら、どうしたものかと思案する。

家が没落しては困るのだ。

前世的な言い方をすれば、ローザは今太い実家に頼って生きている状態である。

まだ、十七歳ではあるが……。

前世で起業したいという淡い夢を持っていたことを思いだす。

あの頃は、資金力も時間もなくて、生きることに精いっぱいだった。

ローザは夜会の翌日、早速父の執務室に乗り込み真偽を確かめることにした。

「ローザ、どうした。お前がここに来るのは珍しいね。なにか買ってもらいたいものでもあるのかい? それとも縁づきたい殿方でも現れたのか?」

父のこんな言動を聞いていると、前世の記憶が戻る前のローザは狡猾な悪役といより、頭の中がお花畑なわがまま娘としか思えない。絶対そうに決まっている。

ローザは一つ咳払いをすると話を切り出した。

「お父様、うちはいろいろと商売をしておりますよね?」

「確かに大きな商会を持っているが、それがどうかしたのか。お前がそのようなことに興味を持つとは珍しいな」

そう言いつつも父は少し嬉しそうに目を輝かせる。

「いえ、そういうことではなく、商売敵にいやがらせとかしていません?」

「ははは、ローザは何を言い出すかと思えば。夜会で何か言われたのかい? うちは違法なことは何一つしていないよ」

笑いながらも、父の目がきらりと光る。

(うん、多分、何かしらはやっている)

父が言わずともローザにはつたわった。そこらへんは親子の絆を強く感じる。

「では、モロー家とのかかわりは? 何かモロー家に嫌がらせをしていませんか?」

すると、父が驚いた顔をする。

「いや、していないよ。そうえば、モロー嬢がお前の見舞いに来ていたね。泣きつかれたのか?」

「泣きつかれる?」

ローザは父の言葉にひっかかりを覚えた。

「ああ、モロー家は今傾きかけていてね。うちに借金がある」

「はい?」

意外なつながりに、ローザはびっくりした。

「まあ、あの家が借金をしているのは、うちだけではないがね。だが、うちもただで踏み倒されるわけにはいかない。それなりにペナルティーを与えた。とにかく落ち着いて座りなさい」

そう言うと父は、執事に茶の準備を言いつける。

ローザはソファに腰かけ父の話を聞くことになった。

「モロー家は小さな鉱山を持っていてね。そこへ行くにはうちの領地を横切るのが一番近いんだ。輸送費も馬鹿にならないから、今まではただで使ってもらっていた。だがあまりにも借金を返さないから、うちとしても黙って使わせるわけにはいかないくなった。だから通行料を徴収することにしたんだ」

まあ、それくらいのことはするだろうとローザは思った。

「その金額が法外なものとか?」

「おいおい、相手がいくら出せるかは把握してつもりだ。没落されて借金を回収できなくなったら、嫌だからね。まあ、別に痛くもかゆくもないけれど。だが、理由もなく債権放棄などできないよ」

父がローザに嘘をいう必要はない。それにモロー家とはそれほど強いつながりはないのだろう。

「なぜ、モロー家は借金をするようになったのですか?」

一応聞いていみる。

「ああ、鉱山の管理がずさんだったんだ。領地経営も失敗しているし。モロー男爵家は代替わりしたはいいが、先代と違って怠惰でね」

漫画では夫人がなくなった寂しさから男爵は酒浸りになるが、現実世界では少し違うようだ。

(それとも漫画は側面を切り取っただけ? いえ、違うわ。ヒロイン目線で描かれていたのよ)

「ちなみに、うちは高利貸しでも?」

ローザの言葉に父が、珍しく苦笑する。

「おいおい、高利貸しは儲かるが、恨まれるから手を出していないよ。たいていのまっとうな貴族はやらない。うちの商会がおさめた商品の代金が、未払いのままなんだ。それなのに娘は、図々しくお前の見舞いには来るし、夜会にも参加しているのだろう? まったく、親子そろって面の皮が厚いというか。だいたい借金があるのはうちだけではないんだよ。貴族は誰もあの家には金を貸さないんじゃないかな。そうとうひどい取り立ても受けているという噂だ」

ローザは熱い紅茶を飲み、フィナンシェを手に取る。

モロー家の特にエレンからすれば嫌がらせに思えるが、クロイツァー家からすれば、借金返さない相手が悪いというところだろう。ローザがどうこうできるような問題ではない。

父の執務室を去り、自室に向かう途中で突如ローザの中で過去の記憶がよみがえる。

漫画の序盤で、夜会に着てきたドレスを悪役令嬢ローザに馬鹿にされるという場面があった。

その場面が、過去のローザの姿とオーバーラップし始める。

そういえば……。

「あら、そのドレス流行おくれね。私のドレスをさしあげましょうか?」

そんなことを王宮の夜会で、公衆の面前で、言った覚えがある。

単純にローザのクローゼットには、袖を通さないドレスが余っていたからだ。

だが完全に上から目線で、感じが悪い。

ナチュラルにマウンティングしているボス猿だ。言われた方からしてみれば、たまったものではない。

貧乏なヒロインが、精一杯のおしゃれをして夜会に臨んだのに。

その後、ヒロインは深く傷つき一人ひっそりと涙したのだ。見かねたアレックスがローザに最新流行のドレスを贈った。

「うわあああ! どうしよう!」

思い出したはいいが、後の祭り。ローザは廊下の真ん中で叫ぶ。

頭を掻きむしりたい衝動にかられた。まるで呼吸するように、周りの若い令嬢たちにマウンティングをかけてきた過去がよみがえる。

もうすでに自分は脇役悪役令嬢としての務めをきっちり果たしている。

なるほど、ローザがエレンをいじめているという話も、あながち彼女の被害妄想というわけではないようだ。

そう取られても仕方のない行動をローザはすでにとっている。もはや手遅れ。

ヒロイン視点から見れば、ローザもクロイツァー家も悪役だ。

弱小貴族のエレンにしてみれば、ローザ、ひいてはクロイツァー一門に嫌われたら社交界に居場所がなくなると感じているのだろう。

「私ったら、天性の悪役じゃない」

ローザは過去の悪行を思い出したせいで、がっくりと崩れ落ちた。

(もう好感度とか無理ゲー。むしろ取り巻きに見捨てられていない私、幸せ)

廊下で呆然とするローザを、それまで空気のように佇んでいたヘレナが部屋まで引きずっていく。

「お嬢様、廊下の真ん中で叫ぶのは、少々お行儀が悪いかと」

「ヘレナ、どうしよう。私、超悪役でモブなのよ?」

ローザがヘレナに縋りつくと、彼女は呆れたような顔をする。

「なんですか、それ? 貴族の間ではやっているゲームかなにかですか?」

「ゲームじゃないから、困っているんじゃない。私、悪女なの。それなのに、どうしようもなくわが身がかわいいのよ!」

「ならば、善行でも施したらいかがでしょう。神様もきっとお目こぼししてくださいますよ」

ローザはヘレナの瞳に憐れみの色を見た。

今日もローザとヘレナの間でかみ合わない会話が続く。