軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪意はないが

あわや火事か、と騒ぎになりかけた大通りは、その原因が無力化されて、野次馬に残っていた観客達からホッとした空気を感じた。

フレドさんが関わってたからつい前に出てしまったけど、何とかできると確信していたわけじゃなかった。フレドさんの避難誘導に従わずに周囲に残っていた人達に被害が出なかったのは本当に幸運だと思う。

一息ついた私は縛り上げられた小柄な体を見下ろした。もう抵抗は諦めたらしく、鼻と口を覆う塗料の匂いに観念したのか獣耳をペタッと伏せて半泣きでぐずぐずしていた。こうして大人しくなるとただの子供にしか見えず、良心がちょっと傷んでしまう。

でもよかった……一応根拠はあったけど、予想通りで。

「また琥珀のやつが騒ぎを起こしたって?!」

冒険者ギルドの中から慌てて飛び出して来たのは持ち手が槍のように長いハンマーを持った大柄な女性だった。目線の配り方、体重移動のさせ方から「かなりの実力者では」とひと目見て推測できるくらいの力量を感じる。

案の定、後から来た事務員らしき男性に「ギルドマスター」と呼ばれていた。

「あ、呼びに行ったのは俺です! けど俺の仲間が騒ぎを収めてくれたみたいで」

「ん……おお?! ……琥珀のやつが既にのされてる……だと……?!」

私と、私に縛り上げられて大人しく地面に転がっている子供を見て女性が心底驚いた、というような声をあげた。

その口ぶりから、この「琥珀」という子がこういったトラブルをわりと頻繁に起こしてるんだろうな、と推測できて内心、言葉すら出ない。

フレドさんが声をかけた職員と、その職員に呼ばれてギルドマスターが出動した事を見るに、「いつもそのレベルの人が事態の収拾に出るほど、この子が強い」のだろうけど。

「お嬢さん達も冒険者かい?」

「はい。……ここには旅行で来てたんですけど、……な……仲間が巻き添えを受けそうになってて咄嗟に揉め事に介入してしまいました」

「いやぁ、ありがとう。一般人に怪我人でも出てたら大変なことになってたから、こちらこそ礼を言う」

パーティーを組んだ仲間だ、と口にして改めて言うのがまだ慣れない。私のそんな葛藤は、気付かれずに話は進むが。

「面倒が重なってほんと悪いんだが、上で話聞かせてもらってもいいかな?」

「はい、……ですが、友人をもう1人向こうで待たせてるので、彼女を呼んできても良いですか?」

「それはもちろん」

私のこの言葉を聞いて、すぐにフレドさんが軽く頷くと広場の方に戻った。多分アンナを連れてきてくれるんだろう。私もフレドさんも全然戻らない、ときっと心配させてしまってるから。

「じゃあ、ちょっと全員に事情を聞きたいんだけど。あんた達も、少し上に顔貸してもらうよ」

巻き込まれた私たちと、渦中のパーティーメンバーの4人はギルドマスターだという女性の後ろをついて中に入った。……猫の子を摘むように首の後ろをひょい、と掴んで持ち運ばれる琥珀という子供の背中を見ながら。

ぶらぶら荷物のように扱われるその姿には、縄で捉えたのは私とはいえ、何とも表現し難いもの悲しさを感じてしまった。

「さて、改めて……アタシはここのデルールの街のギルマスをやってるエレンだ、よろしく」

「……旅行でこの街に来ていた、冒険者のリアナと申します」

「ランクは?」

「一応、銀級で活動させてもらっています」

「へぇ……その歳にしては優秀だけど、琥珀を圧倒できるんだから、実力に合ってないような気がするね……」

やっぱり、私に銀級って分不相応に見えるよね……と半ば納得しかけていたところに斜め後ろからフレドさんが「違うよ! 向こうはもっと上だと思ってるよ!」と小声で否定された。

そんな事あるのだろうか?

「なんじゃそんなもん!! 琥珀なんか、『金級』だぞ! 金級!!」

「馬鹿野郎! 今回の騒ぎでアンタは降格だよ!!」

「ええ?! なんでなのじゃ!! 琥珀は琥珀のお金を取り戻すためにやっただけで、悪い事はしてないのじゃ~!!」

応接室のような部屋で私とフレドさん、揉めていたパーティーの代表1人に、ギルドマスター……と彼女が椅子の横に転がした琥珀氏。そこに副ギルドマスターだと名乗った男性を加えて、さすがに手狭に感じる人数の中で大声が響く。

アンナや、くだんのパーティーの他のメンバーの方は別室で待機してもらっていて良かったと思ってしまう。あちらには怪我人もいるし。

ギルドマスターがゲンコツを琥珀氏の頭に落として無理やり黙らせた後。

自分がした事と、介入する前に聞いた会話。私とフレドさんはそれを、ギルド側になるべく主観を入れずにありのまま伝えた。琥珀氏と揉めていたパーティーの代表者さんの言葉も、やや琥珀氏への恨み言が混じってはいたものの、真実を逸脱してはいなかった。

この依頼で組んだ数日、琥珀氏からどんなに迷惑をかけられたか聞きながら私は内心で呆れてしまう。……この子はとんでもないトラブルメーカーのようだ。

「なんだぁ……琥珀、つまりお前は。最初に聞いた、うまくいった時の最高報酬を当てにして。連携なんて考えずに好き勝手暴れたせいで、それがふいになっちまったのを理解もしてないって事かい……?!」

つまり、そういう訳なのである。パーティーの代表者……ウラグさんという男性が臨時メンバーに加えた琥珀氏がどんな「活躍」をしたか余す事なく語ったのだが。

中でも一番酷いと思ったのが、仲間をろくに確認せずに、さっきのような大規模な攻撃魔術(正確には魔術ではないが)を遠慮なく放っていたという点だと感じる。

彼はわざと自分達を狙って放っていたと断言していたが……うーん、故意かどうかは今私が判断できることではないが。「友軍誤射が、わりと頻繁にあった」この事実だけでも琥珀氏が十二分に悪いと思える内容だった。

素材の買取が半値を切るほど、価値を落とした倒し方も良い事ではないが。例えばこれが怪我人が出ないのを第一に動いてたなら「慎重だ」という美徳になる。

買取価格を上げるために、綺麗に倒そうと……そればかりに注意を向けた結果勝てるはずの魔物に殺される冒険者は実際いつの時代も0にならないし。

しかし身振り手振りを加えて情熱的に語るウラグさんに、「ああ余程お腹に溜めていたんだなぁ」と私は見ていて思った。

「ふん……! 避けられなかったよわよわなお前らが悪いのじゃ!! 琥珀はお前らが頼んできた通りに、魔物を倒しただけじゃもーん!!」

話を聞く必要もあるだろうと、私が顔にかけた塗料を落としたのだが。ふてくされるように唇をとがらせてプイと顔を背ける様子に「もう少し黙らせてた方がよかったかな」と考えてしまいそうになる。

さっきまで「臭いのじゃ……」と哀れっぽい声で半泣きになっていたのに、塗料が落ちた途端に元気に憎まれ口を叩いてるのだもの。

「他所から来た君たちはびっくりしただろうが。こいつは『とても強いがバカ』と有名でな。いつもこうして揉め事を起こすんだ」

「はぁ……」

ふてくされたのか無言でウゴウゴと暴れる琥珀氏を椅子に座った状態で見下ろす。話を聞いていくとどうやら今回、琥珀氏が「報酬の計算ができなかった」のがこの騒動の原因らしい。

彼らはちゃんと(予定より少なくなった)報酬を誠実に分けていた。しかし報酬の頭割、が理解できず手を出して怪我を負わせたのだから非はどちらにあるかは明らかだろう。

「話を聞いたら予想よりさらに酷いね。一般人に向けて攻撃するなんて……こりゃ降格で済まない、会員資格停止だな」

「え、えぇ……?! じゃあ琥珀は……どうやってご飯を食べるお金を稼げば……」

「忠告を聞かずに違反を重ねたアンタが悪いんだろうが」

呆然とするその顔に、なんだか胸が痛んでしまう。いやでも……私は無傷だけど怪我をした人もいるわけだし……。

「……ああ、同情はしない方が良いよ。こいつ、この成りだけど立派に成人してるんだ」

「この子が?」

「正確な年は知らないけど。この街に来て3年は経ってるし、前のとこでも冒険者やってたらしいから」

人間に当てはめた見た目では12、3歳に見えるが……。

なら、確かに15歳は超えているのだろう。生活のために登録する子供もいるとは聞くが、おつかいとは違って魔物討伐は基本成人していない子供は受けられない。少なくとも一般冒険者になって3年は経ってるなら、15歳以下という事は考えられない。

……どうやら彼らは琥珀という子の事をピグミーネコのような、体の小さい種類の獣人だと思っているようだった。

「でもすごいなぁリアナちゃん。暴れてる琥珀なんてギルマスも手こずるのに、あっという間に負かしちゃって。でも琥珀の出した炎消してたのも炎系の魔術だったよね。あれどうやったの?」

「ああ、それはアタシも知りたいな。それに琥珀の馬鹿力でも千切れない縄なんて初めて見た……良かったらどこで手に入れたのか教えてくれない?」

向こうは何でもないと思うような話題を振られて、言葉に詰まってしまう。

おそらくだが、この子は獣人ではないのだ。 皇(スメラギ) にいるという、物の怪の子供ではないだろうかと思う。金目に、獣人にしては強力な魔法(正確には魔法ではなかったが)、結果論だが属性魔法で相殺できなかった事や聖別した縄で容易に捕縛ができた事も判断の根拠になる。

「魔術」とは違う「陽」「陰」が大きく関わる技術体系で、おそらくこの子は魔力どころか存在自体が「陰」に属する。……魔力ではなくて、いや神学と分離していない頃の定義でいうところの 魔力(イテルア) や 魔法(マギーア) とするなら間違ってはいないのだが……。

思わずめんどくさい事を考えそうになった自分にストップをかけた。いやいやこれは、今話すような話じゃないでしょ。

そう。この子が使ったさっきの炎に見えた「キツネビ」って攻撃は「陰」に属し、同じく「陰」にあたる水……その属性の魔術では相殺できなかったのだという話なのだが。私達が「魔法」として見知っている技術体系とは色々考え方が異なるのである。確かに似たように考えられる部分も多いけど。

例えば浄化の力を持つ魔術は彼らの技術体系では「陽」に属し、炎自体もそう。だからあれで正しく相殺できたし、効果があった。聖別した縄でこんなに簡単に無力化できたのはこの琥珀と言う子が多分「陰」の気を持つ物の怪の一種だから。

「……たまたま、この子の種族が苦手な匂いがする塗料を持っていたので。縄については……えっと……」

ただこれを正しく説明するには、 皇(スメラギ) の魔法とは違う技術体系の話からしなければならなくなってしまう。

そもそもこの子が自分の種族をどう認識しているかも、プライベートな話になってしまう。 皇(スメラギ) はここから遠い。どうして子供が一人で冒険者として暮らしてるか、事情もあるだろう。

「いや! ほら……冒険者なんで、あまり公開したくない技術とかあるんですよ~」

うーんどうしようか……と悩んでいると、ごく自然にそう言ってフレドさんが割って入った。

今まで聞かれた事しか答えずニコニコした彼の介入に、私に対して前のめりになっていたウラグさんとギルドマスターのエレンさんはそこで我に返ったようだった。副ギルドマスターの男性も、同意するようにわざとらしい咳払いをする。

「俺たちは巻き込まれただけですし。もう話せることは全部話したと思うんですけど、まだ協力しなきゃならない事残ってます? 大丈夫そうですか?」

「いや……それは、ないんだけど……」

「じゃあ、俺たちは観光に戻っていいですか? いやぁ、見にいきたい所たくさんあるんですよ~」

楽しそうな顔でそんな事を話すフレドさんに、部屋の中の全員が毒気を抜かれたような表情を浮かべた。

「そうだな……巻き込まれただけの部外者さんに、長時間お付き合いさせて迷惑かけてしまって申し訳ない」

「いえいえ、お仕事お疲れ様です。じゃあ、俺たちはこれで失礼しますね」

ニコニコしたまま、しかし有無を言わせない圧を感じる笑顔で話を終わらせたフレドさんは席を立った。確かに、さっき巻き込まれただけの私が伝える事はもう全部話し終わった……とは思う。

「ごめんね。なんか言いづらそうにしてたから、つい割って入っちゃった」

「いえ、私も……あの、迷ってたので助かりました」

「なら良かった。着いて早々トラブルに巻き込まれちゃって大変だったね~」

別室で待ってたアンナは私達の顔を見ると「お疲れ様です」と労わってくれて。これから宿に向かえばちょうどいい時間になるので、さっき食べそこなった果物たちは諦めた。マジックバッグに入れておいたので、冷やし直してお風呂上りに食べる事にする。

夜が楽しみだ……と気持ちを切り替えようと思ったが、さっき見た琥珀という子の呆然とした顔をどうしても度々思い出してしまった。