軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

守られていたのは…

「ルルを巻き込みたくなかったの……。私は、この国の方々からすれば罪人も同じよ。罪を問われるようなことになれば、一緒にいるだけでルルも同罪を受けるかもしれない。そんなところへ貴女を連れてはいけないわ」

ルルの両手を握り、消え入りそうな声で訴えるミレーユに、ルルはポツリと呟いた。

「ルルは、姫さまといっしょにいたいです……」

「場合によっては、罪人として首を切られてしまうかもしれないの。お父様は、もしものことがあればすぐに私を切り捨てるわ。その時に後悔しても遅いのよ。だから…」

その前に国に帰って欲しい――――。そう告げるつもりだった唇が、ルルの真っ直ぐに自分を見つめる黒々とした瞳に止まる。

「たとえ首をチョン切られても、大好きな人といっしょに過ごした時間まで悲しいものだったなんて、ルルは思いません! どうせ齧歯族の寿命なんて最初から短いじゃないですか。それなら、ルルは姫さまといっしょにいられる時間を選びます!」

口調も言葉もたどたどしいものではなく、ずっと昔から胸に秘めていたものを静かに解き放つかのような強さがにじみ出ていた。

「命が明日終わっても、数時間後だったとしても。ルルにとっては姫さまといっしょにいられる時間の方が大事です! 誰がなんと言おうと、ずっと価値のあるものなんですッ!」

「ルル…」

自分が守ってあげたいと思った。

守ってあげなければと誓った。

「ルルの人生は、ルルが決めます。ルルは、姫さまといっしょにいるって決めたんです!」

でも、本当は分っていた――――守られていたのは自分の方。

いつだって自分を慕い、想ってくれるルルがいてくれたから、心穏やかに日々を過ごすことができた。

王女の身分上、喜怒哀楽を思うままに表現することが許されないミレーユの代わりに怒って笑ってくれるルル。ルルのくるくると変わる喜怒哀楽を見ているだけで、それが許されない身を癒してくれた。

「だから、ルルは……姫さま?」

瞳から、ポロリと涙が零れた。

頬を伝うような静かな滴ではなく、まるで真珠の玉が滑り落ちるかのように、ポロポロと。

ミレーユの涙を産まれて初めて見たルルが、ヒャッと間の抜けた声を漏らす。

「ひ、姫さまっ、え? え? 泣かないでくださいっっ」

今度はルルがオロオロと慌て出す。両手をミレーユに頬に当て、涙を止めたいとばかりに目を塞ごうとする不器用な仕草がやけに懐かしく感じ、涙が止まらなかった。

「ありがとう……、ルル。私も、ルルがいなくてさみしかったわ」

ギュッと、一回り小さな体を抱きしめてほほ笑むと、ルルもパッと花が咲くような笑顔でミレーユの首筋に顔を埋める。

「寒くなかった? 怪我はない?」

「大丈夫ですよ、皆やさしい人ばかりだったので! 荷馬車の人も、ご飯くれましたし!」

肩越しに問えば、元気な答えが返ってきた。その言葉に、ミレーユは首をかしげた。

「ご飯をくれた?」

「はい、お水とかご飯をルルの近くに置いてくれました!」

声をかけられたりはしなかったが、寝て起きると近くにご飯が置いてあったそうだ。あと、布団もかけてくれましたと言うルルに、ミレーユは苦笑いする。

どうやら、まったく隠れ潜めてはいなかったようだ。

「その方に、お礼は伝えたの?」

「途中でぴょんって降りちゃったので、直接は言ってないんです」

ルルが、しょぼんと頭を下げる。

きちんとお礼を言ってから降りるべきだったと後悔しているようだが、ではルルはどこで降りたのか。

「どうやってお城まで来たの?」

「降りたところがお祭りしてたんです! すっごく大きなお祭りで、いっぱい出店が出てました!」

キラキラとした瞳で語るが、たぶんそれは祭りではなく、ドレイク王国では日常の風景だ。栄え方が自国とは比べものにならないためか、ルルは大きな祭りだと思ったのだろう。

「お肉がおいしそうだなぁって、見てたら、そこの女将さんが串刺しをくれたんです。ルル、お金を持ってなかったので買えませんって言ったら、子供がそんなこと気にしちゃダメって。ルル、結婚もできる立派なレディなので、子供じゃありません! って言ったんですけど……」

笑って、頭を撫でられたと語るルルの瞳はしょんぼりしていた。自国でもあまりルルの振る舞いは大人ではないが、竜族の中ではより子供に見えるのだろう。そもそも体格からして違いすぎる。

お肉をごちそうになり、身の上話まで聞いてくれたという女将さんは、城に行きたいというルルに、その辺を歩いていた竜士を掴まえると、連れていってほしいと頼んでくれたそうだ。

竜士は軽く了承すると、ルルを城まで連れてきてくれたという。

「それで、この部屋まで案内してもらいました!」

「……ちょっと待って。そんな簡単に入れるものなの?」

そんなトントン拍子に入城が許可されるなど、ど田舎の小国でもありえない。

ルルの身分を証明できるものなどなに一つない状態で、なぜミレーユの侍女だと納得してくれたのか。

ミレーユからすれば、ルルが大きな怪我も苦労もなく城まで来られたことは大変ありがたい話だが、それにしても事がスムーズ過ぎて逆に不安すら覚える。

(敵になるような種族がいないと、ここまでおおらかな国になるのかしら?)

小国の姫程度の知識では、どうやらこの国の普通は理解の範疇外らしい。

「ルル、ここの国好きですぅ。気候もあったかいし、ご飯もおいしかったんですよ~」

両頬に手を当て、お肉の味をうっとりと語る。よほど美味だったのか、食欲を刺激されたようで、ルルのお腹がきゅるると鳴った。

「お腹空きました……」

頬に当てていた手をお腹に移動させて訴えるルルに、ミレーユはクスリと笑った。

「せっかくだから、お茶をいただきましょうか」

「ルルも食べていいんですか?」

テーブルに広がる色とりどりのお菓子は見たこともないものばかりで、興味はあるようだが、本来侍女の身分でミレーユと同じ席に着いてはいけないことは理解している。

誰もいない自国のミレーユの部屋ならば、こっそり二人でお茶を飲んだりすることもあるが、ここは他国だ。不安そうな顔をするルルに、ミレーユは笑顔で返した。

「ナイルさんが勧めて下さったから大丈夫よ」

ナイルが偽りや心ない巧言を口にするとは思えない。なにより、一段と気合の入っている軽食や焼き菓子は、なにがなんでも食してもらうという強い現れのようにも見える。

「宝石みたいにキレイで、食べるのがもったいないくらいですね!」

テーブルをわくわくと眺めるルルを見ていると、失われていた食欲が湧いてくる。確かに、ナイルが言った通りで、単純な自分に笑ってしまう。

(ルルが来たのは予定外だったけれど、竜族の方は皆さんあまり細かいことは気にされないようだし、お咎めを受けるさいも、最悪ルルだけはお許しいただけるかもしれないわ)

咎を受けるときは、自分だけにしていただくようお願いしようと思いつつも、なぜだかカインは冷酷無慈悲に裁くようなことはしない気がした。

(初めてお会いした、まったく知らない方なのに、なぜそう思えるのかしら?)

先程も洗練さの欠片も無い趣味を口にして、怒りを買ったばかり。

きっとどんくさい女だと思われただろう。蔑みの瞳には慣れているが、相手がカインとなると途端に落ち込んでしまう。

「そういえば、お礼はお伝えできたんですか?」

「え?」

椅子に座り、気を紛らすようにお茶を一口飲んだ手が止まる。

「お礼ですよ。姫さま、戦争を止めて下さった先王様にお礼を言いたかったんですよね?」

「あ……、まだだったわ」

伝え忘れていたのを思い出すと同時に、先王にも皇太后にも、仮式のときですら拝顔を許されていないことに気づく。

できれば、先王に直接感謝の言葉を申し上げたかったが、自分が偽の花嫁であることを考えれば、この先も会えるとは思えない。

(さきほどカイン様に、先王様にお伝えいただけるようお願いすればよかったわ)

今日のお茶会も本来なら叶わなかったものを、無理に開いてくれたようなもの。きっとこれから先会える機会もそうはないだろうことを思うと、愚鈍な自分が嫌になる。

(もし次にお会いできるチャンスがあったら、その時はきちんとお伝えしなきゃ!)

あるかも分からぬ話だが、そう思うしかない。

「ルルもいっぱいお礼を言わなきゃいけない人ができたけど、どうしよう……荷馬車の人と、女将さんと、竜士さんと」

ルルの数える姿に、ミレーユは唯一持ち込むことができた荷物を探る。

バッグの中には、針と、刺繍糸。そして数枚の布が入っている。あまりに荷物がないのも不自然かと、せめてもと持ってきたものだった。

「うーん、クッションカバーくらいなら作れるかしら? 荷馬車を引いていた方と、竜士さんには青や緑を主流にした草木をイメージしたものを、女将さんにはお花の刺繍をしましょう。できあがったら、ナイルさんにお渡しできるか確認してみるわ」

ルルの恩人は、ミレーユの恩人でもある。感謝を少しでも形にしたいミレーユがそう告げれば、ルルが嬉しそうにテーブルの下で足をバタつかせた。

「ルルもいっぱい頑張りますね!」

「いえ……、ルルは見守ってくれると嬉しいわ」

針を持った途端、自分の指を勢いよく刺すルルを見たくないミレーユが、頬を引きつらせて応援だけで十分だからと告げると、一瞬落ち込む顔を見せたルルだったがすぐに復活し、

「姫さまの刺繍、いつもキレイだから楽しみです!」

満面の笑みで言う。

「刺繍……そうよ、刺繍と言えばよかったのよね」

一応、数少ない特技の中に刺繍も入っていた。グリレス国でも、ミレーユの刺繍は評判がよく、懇意にしている商会では秘密で買い取りをしてくれるほどだ。

趣味というよりは、どちらかというと勤労の一種だったため念頭にもなかった。

(なぜあのとき趣味は刺繍だと言えなかったのかしら)

自分の愚かさについ頭を抱えながら、呟く。

「やっぱり、ルルが来てくれてよかったわ……」

自分一人ではまったくダメだと痛感し瞳を伏せるミレーユに、ルルは意味が分からず「へ?」と間の抜けた声をもらした。