軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

花嫁の不安Ⅲ

そのときのミレーユの心中を察したのか、ロベルトが渋面を作る。

「アイツらも、それくらいの気概がないと克服は難しいか……」

さすがに無理だと言うことは分かっているのか、しばしの沈黙の後、ロベルトは諦めたように肩を落とした。

「仕方ない。カイン様とのご挨拶も終わったことだし、今日のところは一旦国に戻る。なにか魔力負けの対策を取らねば、うちの国民が来訪したところで、こちらにご迷惑がかかるだけだからな」

「カイン様とお会いになられたのですか?」

「ああ。さきほどご挨拶させていただいた」

「そう……でしたか」

ならば自分も同席したかった。思わずそんな甘えたことが口から零れそうになった。

「どうかしたのか?」

なにやら消沈している妹を不思議に思ったのか、ロベルトに尋ねられる。

「あ、いえ……」

「なんだ、ハッキリ言え」

こんなことを兄に打ち明けることは気恥ずかしく躊躇ったが、再度兄から促され、ミレーユはここ一週間ほどカインと会えていないことを伝えた。

なにか深刻な話かと危ぶんでいたロベルトは、ミレーユの悩みを聞くと軽く笑った。

「別段そこまで気に病むことでもないだろう。婚儀をあげれば、正式な妻となるんだ。会えないのもいまだけの話じゃないか」

兄の言うとおりだ。

だと言うのに、なぜだか心が晴れない。

(これは、世に言うマリッジブルーというものなのかしら?)

「まぁ、お前の場合、本当に大変なのは婚姻の儀からだろうが……」

そんな不安を覗かせた兄の小声は、思い悩むミレーユの耳には届かなかった。

それからまた数日が過ぎたころ、ミレーユの滅入っていた気分を晴らすかの如く、城下から花火が打ち上がった。

夜空に広がる花火は美しく、なにかお祭りでもあるのだろうかと、ルルと一緒に楽しんだのだが、打ち上げがあまりに連日連夜に渡るので、だんだん恐ろしくなってきた。主に、費用という項目で。

「あれほど毎夜花火を打ち上げたら、すごくお金がかかると思うの。だって一発ではなく、たくさん打ち上げるのよ。うちの国なら、数発で大打撃だわ。いったいどんなお祭りが開催されているのかしら?」

両頬に手を置き、費用総額に怯えるミレーユに、ルルはお茶を飲み干しながら言った。

「セナさんに聞いたんですけど、あの花火って祝砲らしいですよ」

「祝砲?」

「竜王さまと、姫さまの結婚のお祝いに、婚礼祭が終わるまで毎夜あがるものだって教えてくれました」

「毎夜?」

あれを毎夜? 数百発とあがる花火が毎夜?

(こ、婚礼祭って、確か半年は続くと伺ったけど、それまでずっと!?)

ふと、現実逃避で忘れかけていた架橋の話を思い出す。この国の費用のかけ方が、貧国で育ったミレーユには理解できず、聞いただけで失神しそうだ。

長椅子に倒れそうになるミレーユに気づかず、ルルが続ける。

「あ、でも、竜王さまの前の竜王さまのときの婚礼祭では、花火をやめるお話もあったそうなんですけど」

「! そうなの?」

「はい、竜王さまのお母さまが止められたそうです」

止めることもできるのだと知り、ミレーユの傾いでいた身体が垂直にもどる。

「よかった。絶対的にしなければならない決まりではないのね!」

「でも、止めた理由は『やかましい』から、だったみたいですけど」

なんだか邪険にも聞こえる理由に、思わず目が点になる。

「た、確かに、毎夜の花火は音が気になるかもしれないわね。でも、それは建前で、きっと皇太后様は財政を懸念されて、そのような理由を口にされたのではないかしら」

「いいえ。本当にうるさいことが理由みたいです。やるなら音のしない花火を作れって。それで、花火職人がきゅうきょ音のしない花火を作って、婚礼祭の一年間、ずっとそれが打ち上がっていたそうですよ!」

大至急、静寂花火という花火が作られたそうだが、なんかいまいち盛り上がりに欠けると、今回のミレーユたちの祝砲としては使用されていないという。

「怖い……」

思わず本音が零れてしまった。

婚礼祭が終わるまで毎夜花火を打ち上げても財政難に陥ることのない国力も、花火自体をやめることなく、音のない花火をつくってまで打ち上げようとする根性も、母国とあまりに違いすぎる。

両国の違いについてはいままで何度も思い知らされてきたことなのに、いつだって純粋な恐怖を覚えてしまうのは、自身の度量が足りないのか。それとも竜族が規格外すぎるのか、判断がつかない。

「婚礼の儀まで一か月を切りましたし、そろそろ他国の方々もお祝いに来られるそうで、ますます城下がにぎやかになるみたいです!」

「まぁ、そうなの? 教えてくれてありがとう、ルル」

こうやってルルが周りの女官たちから聞いた話を伝えてくれるため助かっているが、ミレーユ自身には誰も教えてくれない。

(でも、どうして私には教えてくださらないのかしら?)

婚儀の細かいスケジュールを尋ねても、大抵のことは濁されてしまう。当日にきちんとお伝えしますから、と。

(当日でないと、教えたことをすぐに忘れてしまうと思われている? それとも、なにか別の理由が?)

ミレーユは少しずつ湧き上がるわだかまりを押し流したくて、大輪のネリネが描かれているカップを手に取り、砂糖が落とされた紅茶を一口飲む。

と同時に、ナイルを筆頭に女官たちが部屋に現れた。

現在、ミレーユに仕えてくれる女官は、ナイルとセナを除けば五人の計七人。

その七人全員がなにやら不穏な雰囲気を醸しており、ナイルに至ってはいままで見たことのないほど険しい顔でかなり立腹している。

ミレーユの体調不良を心配し、一切の手仕事と本を取り上げたあの日の朝餐とは怒りのボルテージが違うように見受けられた。

「ど、どうかされましたか?」

恐る恐る問えば、ナイルは怒りを一瞬にして閉じ込め、笑顔で「ミレーユ様、これはお断りいただいても差し支えございませんが」と、前置きして言った。

話の内容を聞けば、現在幾つかの種族が竜王へ言祝ぎを述べるために参上したものの、あいにくカインは公務で外出中。ならば花嫁との拝謁を、と強く願っているそうだ。

「お約束もしておりませんし、蹴散らしてもよかったのですが。祝い事の前に死者を出すのもいかがなものかと思い、お伺いを立てに参りました」

ナイルの物騒な発言からも、各国の突然の要望に憤っていることは十分に伝わってくる。

だが、ミレーユも弱国とはいえ王女として育った身だ。他種族へのあいさつを無下に拒否するような無礼はできない。

「来賓の方々へのごあいさつでしたら、私でよければ対応させていただきます」

「来賓ではございません。こちらが招いたわけではなく、勝手に集まってきた者どもですから。ミレーユ様が相手にする必要は欠片もございません」

にべもなかった。

これが自分一人の話で済むのであれば、ミレーユもナイルの意向を受け入れたが、さすがに他国が関わるとなると話は別。カインが不在ならなおさらだ。

「私も他国の皆様方にお会いしたいです。すでに慶祝の品をいただいたお国もございますし、ぜひお礼を申し上げたいので」

体のいい理由を伝えれば、ナイルはしぶしぶながらもなんとか折れてくれた。