軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰還Ⅱ

「なら慣れよう。今日から練習するのはどうだ?」

「……れ……練習……ですか?」

竜は己の欲望には忠実だ。ここぞとばかりの機会は逃さない。

カインは、逃げ遅れたミレーユの身体に両手を伸ばした――――が。

「本当に命知らずですね。あまり羽目を外すと、竜の姿焼きですよ」

「――!!」

「ゼルギス様! お帰りになられていたのですね」

「はい。つい先刻戻りました」

すぐさま礼を取るミレーユに、ゼルギスも胸に手をあて腰を折る。

伸ばされた手が宙に浮いた状態で取り残されたカインは、「なぜいま!?」と、もちろん腹を立てたが、いまだからこそ邪魔したことは明白だった。

その証拠に、カインには一言のあいさつもなくミレーユに語り掛ける。

「留守中も、伝達魔術でナイルから軽くお話は伺っております。大変でしたね」

「いえ、……この度はゼルギス様のお留守中に勝手をしまして申し訳ございませんでした」

「こちらこそ真実をお伝えせず、ミレーユ様を謀るような真似をいたしました。ご容赦ください」

腰を曲げ、謝意を示すゼルギスに、ミレーユは慌てて両手を振った。

彼が謝罪する必要など一切ない。ましてや、ゼルギスは帰ってきたばかりで、まだ旅衣のままだ。

「戻られたばかりでお疲れでしょうに、お引き止めしてしまいました」

「いえいえ。カイン様がこちらにいらっしゃる限りは、私も同席いたします」

「おいっ!」

とっとと立ち去ってくれという願いもむなしく。ゼルギスはカインの非難の声を右から左へと流すと、当然のようにミレーユを長椅子へとエスコートした。

ミレーユの腰に手を回しているゼルギスに、確かな殺意が芽生える。

しかし、それ以上に腹立たしいのは――――。

(なぜ竜印が発動しない! さきほどは私が手を動かしただけで発動しそうになっただろう!)

❁❁❁

勧められるがままに長椅子に腰を下ろしたミレーユは、席には座らずカインの傍らに立つゼルギスの衣装に目を留めた。

「とても美しいお召し物ですね」

「ありがとうございます。こちらは竜王の臣下が羽織ることを許される《制御の衣》です」

漆黒の抑制の衣と違い、こちらは紫がかった紺色だ。襟元や袖には華やかな銀糸の刺繍。

よく見れば、その糸はキラキラと七色に光っていた。銀糸に魔石を溶かしてコーティングしているのだ。

(普通の糸よりも数段扱いが難しそうだわ)

これを精緻な文様に縫い上げるのはとても大変な作業だっただろう。

「竜王を継ぐ者は抑制の衣を羽織りますが、我々はこちらを。どちらも初代竜王陛下の時代から受け継がれているもので、代替のきかぬ品です」

「……そ、そうですか……」

その代替のきかぬ品を一度捨ててしまい、慌てて捜しに行ったことは黙っておこうと、ミレーユは心に決める。

捨ててしまった張本人はなんの感慨もないのか、どうでもよさそうな顔で、なぜかゼルギスを睨んでいた。

彼の不機嫌な様子から、なにやら重い雰囲気が漂う室内に、打って変わって元気な声が響く。

「姫さま~! 見てください、ココアです! ちょっと飲ませていただいたんですが、すっごく甘くておいしかったんです~~!」

ココアの味に興奮しているのか。

二人分のカップを銀のトレイに載せ、ルルが駆け寄ってくる。かなりの猛ダッシュだ。

「ルル、そんなに走っては危ないわ」

「――へぶし!」

案の定、ルルはミレーユたちの少し前で足を取られ、顔からの盛大なスライディングをきめた。

「ルル!?」

「うぇえ、ココアがぁ……」

自分の擦りむいた顔よりもココアが大事なのか、ルルは大理石に散らばった茶色の液体を見つめ、えぐえぐと泣き出した。

ルルは、以前にも同様の粗相をカインの前でやらかしていた。

前科があるため、すでにこうなることを予期していたカインは、すばやくルルの顔に治癒魔法を施した。

「大丈夫?」

すぐさま席を立ち、ミレーユが手を伸ばすと、ルルはいまだに「ここぁ」と泣いていた。

ケガはカインに治してもらっているので、純粋にココアを失ってしまったことが悲しいようだ。

「走ってはダメと、前に教えたでしょう」

優しく窘めると、ふと固まっているゼルギスに気づく。

彼はまるで電撃でも食らったかのように硬直しており、瞬きもせずこちらを見つめていた。

どうかしたのかと、ミレーユが瞳を凝らせば。

「――っ!!」

あろうことか。代替のきかぬ制御の衣に、茶色のシミがついていた。

どう見てもココアが飛び散った跡だ。

紫がかった紺色の衣のため、あまり目立たないが、銀と魔石の刺繍部分は一目見て分かるほどの被害を受けていた。

ミレーユの顔から血の気が引く。

「あ、あの、も、申し訳ありませんっ、すぐにシミ落としを!」

動揺のあまり言葉を詰まらせながらも、ゼルギスの衣装に手を伸ばす。

けれど、彼はスッとミレーユの横を素通りすると、ルルの前に立った。

その顔は完全に無表情。

柔らかな笑みを浮かべるゼルギスしか知らぬミレーユは、ルルの非礼に腹を立てているのだと焦る。

彼が怒りの一撃を放てば、齧歯族のルルなどひとたまりもない。

ミレーユはゼルギスを止めるため、慌ててその腕を取ろうとした。

が――――、

「結婚してください」

「――――ふぇ?」

ゼルギスはルルの両手を握るや否や。

大理石の床に片膝をつき、低く真摯な声で告げた。

「「――――!?」」

「ま、まぁ……」

カインと、ルルの後を追ってきたナイル。そしてミレーユがそれぞれの反応をする中、ゼルギスだけが熱のこもった声で愛を囁き続けた。

突如愛の告白をする見知らぬ男に、ルルは目を瞬く。

「ふぇ? ……どなた様ですか?」