軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

弱者の覚醒Ⅱ

「術を込めることはできたのですが……。やはり、私の力ではどんなに高価な宝石を使っても、術式範囲は変わらぬようです」

不甲斐ないとばかりにうつむきがちに答えれば、オパールを見つめていたロベルトが感心したように言った。

「石への付与が、微量な魔力でこと足りるようになったんだな。――よく努力した」

「っ!」

昔と変わらぬほほ笑みで過去の努力を誉めてくれる兄に、ミレーユは泣きそうになる。それでも必死に堪え、「ありがとうございます」と頭を下げた。

「邪魔を――」

「カイン様、ご兄妹の語らいに横入りするなど意地の悪い行いですよ」

「有り余るお力で魔力切れなど味わったことのないカイン竜王陛下では、あの賛辞は出てきませんものねぇ」

「…………」

ナイルとドリスに阻まれ、結局間に入ることができなかった。

仕方なく、カインは宝石に目を向けた。

ミレーユが術を込めたものならば、いくつか自室に飾りたいと思いながら目を走らせると、ふと気づく。

「なんだ、魔石は準備しなかったのか?」

「はい。ミレーユ様のお力を試されるには、魔石は該当しないと除外いたしました」

答えるドリスに、カインは少し考え込むと、控えていた女官に指示を出した。

「いい機会だ。まだ術を付与していない魔石をここに」

「! そんな貴重な品を見せていただいてもよろしいのですか?」

魔石は、虹石よりも貴重なものだ。

ミレーユが恐縮している間にも、指示を受けた女官が戻り、目の前に置かれる。

「え……?」

初代竜王の残した遺産とは、いったいどのような形状をしているのだろうか。

たじろぎながらも、恐る恐る深紅のビロードに鎮座する石を覗き込めば、それは虹石と瓜二つだった。

「これが、魔石……? 虹石と同じ形ですね」

ミレーユの呟きに、カインが答える。

「魔石は、もともと虹石に初代竜王が術を施したものだ。見た目にとくに変化はないが、初代竜王の力が宿っている」

言いながら、トレイから魔石を取り上げると、ミレーユの目の前に差し出した。

「正直、他の男が術を込めたものなど、ミレーユには触ってほしくないが……」

自分から提案しておいて、そんなことをいうカインに、ミレーユは笑いながら手を伸ばした。

空に弧を描く虹よりも深く、鮮やかな煌めきを放つ魔石。

カインの手から受け取ろうと、そっと白い指を石に重ねた瞬間、

「――――ッ!」

突如、頭の中になにかが流れ込んできた。

最初に脳裏を駆け巡ったのは、赤い炎を纏った巨石。

闇の中を恐ろしいほどの速さで走るそれが、すぐにはなにかは理解できない。

それでも、それが酷く恐ろしいものだということは直感的に分かった。

戦慄で身体が固まると、今度は別の何かが頭に流れる。

それは、激しく降りしきる雪が視界を白く染める山道を、ただひたすら歩く少女の姿だった。

藁で編み上げられた靴のようなものを履き、一歩一歩踏みしめるも、雪が深くなかなか前に進まない。

凍えるような寒さ。吐く息は白く、それさえも吹雪の中に散っていく。

疲労か、それとも確認のためか。少女が立ち止まり、顔をあげた。

そこには、吹雪で視界は遮られてもなお、壮大さに震えるような大きな山がそびえ立っていた。

『力を、望むか』

不意に、重低音が耳を打つ。

夜の帳がかかったようなくぐもった声は、この世のものとは思えぬ膨大な魔力が込められていた。

けれど、恐怖はなく。あるのは――――。

「ミレーユ? どうかしたのか?!」

「――!!」

(いま頭の中に流れ込んできたのは、なに?)

意識がどこか遠くに飛んで行ってしまったような感覚だった。

「カイン様、いまのは……」

「いまの、とは?」

彼には見えなかったのか。

あの光景が。

あの山が。

(白昼夢? いえ、そんなぼんやりとしたものではなかったわ)

呼吸すら聞こえるほどに生々しく、鮮明だった。

思い出そうとすると、心臓はドクドクといつもより強く鼓動を打ち。

血潮に流れ込むように、言語化できない何かが身体の回路を駆け巡った。

(――――熱い……)

手のひらを見つめ、そっと握り締める。

まるで魔力の根源に触れたかのように、身体が熱かった。

その熱は、何かを溶かした。

ミレーユのうちにあった、なにかを。

それは、けっして不快なものではなく。

まるで縛られていた楔が解かれたような――――。

時間にすればほんの一瞬。

その一瞬で、自分の持つ術が頭の中で顕在化し、繋がった。

(そう……私の魔術は、そういうふうに術を込めるものなのね……)

「大丈夫か?」

不安そうに揺れる、紅蓮の瞳と目が合う。

どんな宝石よりも輝く瞳は、ミレーユに静穏を与えてくれた。

「……大丈夫です。ご心配をおかけしました」

ミレーユはほほ笑み返すと、魔石を手に取った。

けれど、さきほど感じた不思議な感覚は起こらず、冷たい石の感触だけが手に残る。

よく見れば、虹石と同じ雫を模った形は、まるで涙に似ていた。

「……もう一度、虹石に術を込めなおします」

ハッキリとした宣言に、カインは驚いたようだった。

ミレーユが強い意志を露わにするのは珍しい。

カインはすぐさま虹石を手に取ると、ミレーユに渡した。

「ありがとうございます……」

礼を言って受け取ると、そっと虹石を両手に包み込む。

同じ石に術を二度も施すのははじめてだったが、失敗の恐れは頭になかった。

(すべて魔石が教えてくれた)

導いてくれた通りに力を込めれば、虹石は必ず応えてくれる。

ミレーユは願うように術を込めた。

(静かに。朝露が零れるように、一滴の魔力を。雫を垂らすかのように……)

――――パキッ。

それは雛が卵から孵るような、誕生の音だった。

「これで、術の範囲が広がりました」

見た目は何一つ変わらぬ虹石を手に、真っすぐに見上げてカインに告げる。

「いまの、魔力は……?」

彼はなぜか戸惑ったように呟いた。

しかし、それ以上を口にすることはなく。

「カイン様、術の範囲を見てみたいのですが、どこか広い空き地はないでしょうか?」

普段、あまり頼みごとをしないミレーユからの所望に、カインはすぐさま適合する地を口にした。