軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初恋の君 Ⅱ

「ミレーユ?」

「争い事は、どうやったらなくなるのかなって、思って……」

ヴルムがキョトンとして「争い?」と呟く。

ミレーユは、近隣国である有鱗族と鳥綱族のことを話すが、途中で自分の話ばかりでヴルムの悩みをまったく解決できてない事に気づき、慌てて口を閉ざした。

「ごめんなさい! ヴルムの悩みの方が先だったのに。私ばかりをお話して」

「そんなこと気にしなくていいよ。ミレーユの声やさしくて好きだし!」

「え…っ」

第一王女としての役割を果たせるような器量も能力もない姫だと軽んじられることは多々あったが、なにかを好きだと褒められたのは初めてだ。気恥ずかしさに、ミレーユは頬だけでなく目じりまで赤くなる。

「ねえ、もっとお話ししてよ」

促され、ミレーユはポツリポツリと続きを話す。ヴルムにとっては面白くもなんともない話だろうに、ときおり相槌を打ちながら耳を傾けてくれる。

(不思議な男の子……)

初めて会ったはずなのに、この不思議な少年と話していると心が落ち着いて、ふわりと気が安らぐ。

それから他愛のないの話も交えながら、二人は長く話した。

どれほどの時間が流れたのか。ふと空を見上げれば、青空だった色はいまや琥珀色に染まりはじめていた。

そろそろヴルムを帰さなければならない。城の者に頼んで送っていくと伝えると、ヴルムは飛ぶからいいよと首を横に振る。

「飛ぶ?」

ヴルムの祖先がどの動物だったかは分からないが、例え鳥を祖先にもつ種族でも飛ぶことはできない。

数少ない上位種族の中には、元始の姿になれる者も存在すると聞いたことがあるが、それも昔話のような神話に近い。

飛ぶとはどうするのだろうと、また空に目をやると、大きな樹木が視界に入る。

思わず、「あ…」と声が零れた。

樹木の樹冠部分、細い枝の先にチュシャの実が二つなっていたのだ。

ヴルムもミレーユの視線の先を追い、チュシャの実に気づいたようで「欲しいの?」と問われた。

「いえ、あれはとても高い木にあるから無理だわ」

先端になっている実の回りには、足場になるような太い幹はない。

「簡単だよ」

そういってスッと消えたかと思えば、次の瞬間にはチュシャの実を手のひらに持ち立っていた。

「はい」

「…え? え?」

ほんの一瞬の出来事に、ミレーユは目を白黒させる。

いまなにが起こったのかまったく理解できなかった。

だが笑顔で二つのチュシャの実を手渡され、ミレーユは反射的に両手で受け取ってしまう。

「えっと…ありがとう、ヴルム」

お礼を言うと、ヴルムの笑顔がいっそう深くなる。

「ルルに持って帰ってあげたかったの。一ついただいてもいいかしら?」

「ルル?」

「私の乳母の娘なんだけど、妹のようなとても大事な子なの。いつか私の侍女になるんだって言ってくれるのよ」

まだ小さい子だから、栄養価の高いチュシャの実をもらえて嬉しいと伝えながら、もう一つはヴルムに返す。

「じゃあ、こっちはミレーユの分だよ」

「ダメよ、ヴルムが取ってくれたのだもの。これはヴルムが食べて。あ、待って割ってあげるね」

チュシャの実は硬い殻で覆われている。齧歯族なら簡単に割ることができるが、ヴルムには難しいかもしれないと、代わりに割ってやる。

「あ……」

割った殻から顔出した実は、二つあった。

「すごい、双子の実だわ!」

初めて見た双子の実に、ミレーユの声が弾む。

「二つの実は、吉報でもあるの。きっと素敵な幸運がヴルムに降り注ぐわ!」

ルルにするように、ヴルムの唇間近にチュシャの実を持っていく。優しいヴルムは、すべての実を自分にくれると言い出しそうだったので、先手必勝で食べさせてあげたかったのだ。

一瞬、驚いたように瞳を瞬いたヴルムだったが、素直に口を開けてくれた。

「――うん。いままで食べた中で一番おいしいよ!」

「よかった! 私も大好きなの!」

「じゃあ、僕からもミレーユに幸運を贈るね」

そういって、殻の中のもう一つの実を手に取り、ミレーユの唇に軽く押し当てる。

「これはヴルムのチュシャの実よ?」

「二つ入ってたってことは、分け合いなさいってお告げだよ」

おどけるように言うヴルムに、ミレーユはクスっと笑って唇を開けた。

口に含んだチュシャの実を食むと、ポリっと音がする。もぐもぐと咀嚼すると、それを眺めていたヴルムが満足そうにニコッと笑う。

少年らしい、まだ丸みの残る頬はほんのりと赤みを帯び、七色の瞳が夕暮れの色を浴びてキラキラと輝いている。

(まぶしいなぁ…)

ヴルムは自分とは違い、特別で美しい生き物だと思った。

彼は、実妹のエミリアと同じ。いやそれ以上の、特別という枠では収まりきらないほどの存在なのだ。

思わず見とれていると、ヴルムが照れたような表情を浮かべ言う。

「これって、結婚式みたいだね」

「結婚式?」

ヴルムの言葉にミレーユはキョトンと瞳を丸くし、首を傾げた。

「僕の国では、婚儀の際にお互いの魔力を一つにして、二つに分けるんだ。それを口から取り込むことで、唯一の番とするんだよ」

初めて聞く異国の儀式に、ミレーユはほぉ…と感嘆の吐息を漏らす。

ミレーユの知っている婚礼の式は、神への宣誓文を述べるだけのものだ。魔力を一つにして分け合うなど聞いたこともなかったが、ヴルムが口にすると特別なとても素敵な式に思えた。

「ヴルムの花嫁になる女性は、とても幸福だと思うわ」

「本当!? じゃあ、ミレーユが僕の唯一の番になってくれる?」

「え?」

それは可愛らしいプロポーズだった。

「でも、私は……」

第一王女であるミレーユは、父が希望する相手と結婚しなければならない。そこに自分の意思や好意は関係なく、相手を選ぶことなどできるはずがないと理解している。

分かっている。けれど――――。

ヴルムは、きっとこれからたくさんの女性と出会う。いまですらこれだけ美しい少年だ。年を重ねれば誰もが見惚れる美男子に成長し、彼に恋をするだろう。

(私のことなんて、きっとすぐに忘れてしまうわ……)

これは、幼い少年の戯れのような誓い。本気で断る方が、年上のレディとして大人げない。

そう思えたからこそ、コクンと深く頷いた。

「うれしいわ。ありがとう、ヴルム」

「本当に!? 約束だよ!」

そう言って、ヴルムはミレーユの額に口づけた。

「――!?」

瞬間、ヴルムが口づけた額ではなく、胸が熱くなったような気がした。それは胸の奥で何かが灯ったような不思議な熱だった。

「僕、早く大人になるからまっててね! ミレーユのこと、すぐにむかえにいくから!」

後光がさすほどに眩しくほほ笑んだ少年は、ふっと消えた。

瞬きの間にも満たない時間で、消えてしまったのだ。

「ヴルム……?」

呟いても、もうその姿はなく――。

ミレーユの瞳に残ったのは、琥珀色に染まる空だけ。

先程まで確かにあったはずのぬくもりを失ったかのように、ミレーユは寂しくて泣きそうになる。

それは夢うつつのような時間だった。

城に帰ってすぐに父に七色の少年のことを話したが、父も臣下も笑って夢でも見たのだろうと取り合ってはくれなかった。

失笑されたことで、だんだんミレーユもヴルムのことは夢か、森の妖精が見せてくれた幻だったのかもと考えるようになり、いまに至る――――。

(あれは夢。優しい夢……)

けれど、夢だと分かっていてもなお待っていたのかもしれない。

迎えに行くと言ってくれた少年のことを。

ずっと、ずっと。たぶん、これからも――――。

妹と違い誰からも求められず、第一王女としての責務を果たさず、のうのうと未だ自国に居座り続けていると中傷されても、心を痛めずにいられたのもヴルムの思い出があったから。

「私も図太いわね」

自分でも愚かしくて笑ってしまう。クスリと声をもらし、ふと名で思い出す。

「そう言えば、お名前……」

今日出会った、ヴルムのような特別な人。

この世界の最高種、竜族の王。

「あの方、カイン様とおっしゃるのね」

父に命じられてここまで来たが、まさかドレイク王の名前すら聞いていなかったことに、今しがた気づいてしまった。先程ナイルが王の名を呼ばなければ、ずっと知らずにいたかもしれない。

気が動転していたとはいえ、この情報の無さはさすがにひどいと自分でも分かる。自国で得られる情報は、なにがなんでも得ておくべきだった。自分の要領の悪さと愚かさに、はぁ、またため息が零れた。

「困ったわ。いまさら誰に聞くこともできないし……」

よもやドレイク王国の者に、無知を晒して根掘り葉掘り聞くわけにもいかない。

「いえ、でも今夜にでも国に返される可能性だってあるし」

呟いてもその前兆は未だなく、静かな時が流れるだけ――――。

「……あら?」

高価なティーカップと美しい菓子類で占領され気づかなかったが、テーブルの端の方には見覚えのある地味な塊の皿があった。

「チュシャの実……こちらでも採れるのかしら?」

シナモンの香り漂うケーキや、木苺ジャムを包んだクッキーは鮮やかで、自国ではなかなか食べられない高価で美味しそうなものではあったが、ミレーユはそれらに手をつける気にはなれなかった。だが、見慣れたチュシャの実には手を伸ばしてしまう。

慣れた仕草で殻を割ると。

「あ、双子の実……」

双子の実は、本当に珍しい吉報の実。

初めて見たのは、ヴルムと出会った日。

二度目は、ルルと最後にしたお茶の時間。

三度目が、いま。

けれど、ここにはヴルムもルルもいない――――。

「もう一緒に食べてくれる人はいないわね……」

そんなことを今さら実感して、無性に寂しくなる。

気づくと頬から流れる滴が、琥珀色の絨毯を濡らしていた。