軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

登城Ⅳ

「私はすぐさま受け取った金貨を持ち、ミレーユ王女殿下のもとを再度訪れました。もちろん、このときはまだその出自も知らず、腕の立つお針子に出会えた奇跡に感謝しておりました。まさか、齧歯族の姫だったとは思いもせず……」

ミレーユはあまりにも市井に馴染んでおり、とても王女には見えなかった。

話し方や礼儀作法から育ちの良さが垣間見えても、服装がすべてを隠している。貴族のお忍びスタイルなどと表現するにしても清貧すぎた。

「そのお立場から、再度の依頼は無理かと諦めましたが、逆に喜んで受けてくださり、本当に助かりました」

当時を熱く語るダダンに、ミレーユも同調する。

「私の方こそ感謝しております。ダダンさんからいただいた報酬金で孤児院の屋根を修理することができましたし、冬支度に困ることも少なくなりました。母国の商家では、あのような高額の謝礼は逆立ちしても用意できませんもの」

感謝を込めてほほ笑むミレーユに、カインの心は複雑だった。

(孤児院の屋根の修理? 冬支度? それは君がどうにかすることではないだろう……)

そう言いたかった。

返す返すも悔やまれるのは、ミレーユのことをきちんと話さず、竜王の儀式に入ってしまった己の咎。

どこのだれかきちんと説明していれば、自分が儀式に入っている間も、ゼルギスとナイルが国の総力をあげてミレーユの身を守っていただろう。金銭的な心配などさせることはなかったはずだ。

後悔に打ちひしがれるカインの無言には気づかず、ダダンは言葉を重ねた。

「我が商会が北の大陸で一、二と呼ばれるようになったのもミレーユ王女殿下の功績があってこそ。どうか、さきほどのわたくしの安易な発言を、その広い御心でお許しいただきたく存じます」

「…………」

我欲の竜に、広い御心などない。

とくに、花嫁のこととなると針の先で突いたほどもないと豪語できる。

(ミレーユの情報を得るつもりが、結果として己の不甲斐なさを痛感しただけか……)

そんなカインの焦燥感が伝わったのか。

ダダンは少々言いづらそうにミレーユを一瞥すると、意を決したように口を開いた。

「しかしながら……、これだけはお伝えさせていただきたい。ミレーユ王女殿下が嫁がれるとならば、早急にグリレス国王を挿げ替えることをお勧めいたします」

「え……」

思ってもいなかったダダンからの忠告に、ミレーユは戸惑いの声をあげた。

「このさいハッキリ言わせていただきますが、あの国はミレーユ王女殿下の努力によって保たれていたに過ぎません。いまのグリレス王お一人のご器量では、とても民衆はついていかぬでしょう。齧歯族の平民に魔力の高い者はおりませんが、烏合の衆も束になってかかれば、王家に甚大な被害をもたらしましょう。――そうなる前に、次の王をたてるべきです」

ダダンはミレーユの母国での処遇については黙秘を主張したが、その実、想起として語った言葉にはありありと彼女の苦労が表れていた。

ミレーユの意に反することは口にしたくない。

けれど、彼にもグリレス王に思うところがあるのだろう。

直接的な表現を避け、間接的に述べた彼の意図は、カインにも十分に察せられた。

「彼の意見は一理あるな」

「カイン様……」

「齧歯族の年齢からみても王座の譲渡は妥当だろう? 私も竜族の年齢からすれば若すぎる継承だったが、生前退位は後の混乱を最小限に止めることができる」

本心を覆い隠し、慈愛に満ちたほほ笑みで、ここぞとばかりにグリレス王の退位を進めた。下手な小細工をせずとも、竜王の力があれば、王位の剥奪など一瞬だ。命を奪うことすら容易い。

けれど、カインがそれを行えば、ミレーユは一生引きずるだろう。

王位を剥奪するにも、それなりの理由が必要だ。

ならば、この流れに乗っからない手はない。

「確かに、父はすでに齧歯族の平均寿命を超えた年です。ちょうど兄にも連絡を取りたいと思っていたところではありますが……」

これに、カインは首を傾げた。

「兄……? それは系譜から外れた婚外子のことか?」

「いいえ、母を同じくする直系です」

「……君の兄上は、名をなんというんだ?」

「? ロベルト、と」

不思議そうに問うカインに、ミレーユの不安が募る。

そして、次に発せられたカインの言葉に、なぜ彼がこうも訝るのか理解した。

「……ロベルト。その名は、系譜から削除されていた名だな」

「――――え?」

カインが確認したグリレス王家の系譜では、彼の名は二重線によって消されていた。

そう何気なく口にすると、ミレーユの細い身体が震え出す。

「お兄様の名が……? そんなっ……まさか、逝去されて……?」

ミレーユとて、おかしいと思わなかったわけではない。

ロベルトは今年で二十歳になる。齧歯族の年齢なら、本来妻を娶り、子供がいてもおかしくない年だ。

だというのに、国を出て以来一度も帰国せず、手紙もこない。

だが、それはただ父が王位を譲ることを拒んでいただけだと――――。

「そんな……」

絶望にミレーユの唇が震える。カインは慌てて言い繕った。

「いや、系譜から消えているだけで、亡くなったと決まったわけではない! すぐに所在を調べさせる!」

ミレーユの兄が王族に相応しくない行いをしたというならば話は別だが、本来、死去でもしない限り系譜から削除されるなどあり得ない。

それでもカインはあり得ない方の確率の方が高いと踏んだ。

グリレス王の矮小な性格は、この目で見て知っている。

ミレーユの兄が母親に似ているのならば、害意をもって除籍したと考える方が自然だった。