軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

竜王のくだす罰 Ⅰ

コツコツと、底の固いブーツの足音が狭い回廊に響く。

黒の光沢を放つ革靴は美しく磨きあげられ、煌めく星の連なりを描くように、アメジストが縫い付けられていた。黒ずみ、ところどころ欠けた石の床とはなんとも不釣り合いな履物。

円柱に隠れるように世間話に花を咲かせていた使用人たちが、その立派な足元に驚き視線をあげる。

そこには目もくらむような美丈夫が二人、脇目も振らず歩き去っていく姿があった。

「……いまの、白昼夢?」

一人が零した言葉は、その場にいた全員の心の声だった。

「先触れもなく突然の訪問失礼する」

蠟燭を節約しているせいで薄暗い広間に、朗々とした声が響く。

玉座に集まっていた臣下たちが何事かと振り向けば、そこにはいま彼らの話題に上がっていた人物がいた。

「火急の用件だ。グリレス王との拝謁を望む」

金銀糸の刺繍が施された漆黒のマントをひるがえし、淀みのない足取りで奥へと進むのは、ドレイク王国の若き竜王。後ろに従えているのはゼルギス一人だが、その存在感は百万の兵でも叶わぬ威力と煌びやかさがあった。

突然の神の種族の訪問に、その場がざわめく。

「こ、これは! このような僻地に足をお運びいただくとは、恐悦至極に存じます」

玉座に腰掛けるグリレス王も思わず腰を上げ、身を乗り出す。

その傍らには、エミリアがいた。

いまのいままで父親になにか訴えていたのか、沈痛な面持ちで、目の縁には涙が滲んでいた。

「この度のことはすでにお聞き及びでしょう。まずはそちらから説明を願えますか?」

単刀直入に告げたのは、ゼルギスだった。

グリレス王が、ゴクリと息を呑む。

「そ、その、よもやミレーユに婚約の話が舞い込むなど夢にも思わず。てっきり、エミリアを見初めたものとばかり……」

「ならば、なぜ最初の時点で使者に確認しなかったのです。そもそも妹君はすでにスネーク国に嫁いだ身でしょう。まさか、こちらがそれを知らずにいたとでも?」

最初からエミリアの既婚を認識していたことを告げられ、グリレス王の顔が青ざめていく。言葉を詰まらせる父の代わりに発したのはエミリアだった。

「お待ちください! 確かにわたくしはすでにスネーク国の王太子妃ですが。それを解消してでもカイン様の元へ嫁ぐ決心で参ったのです。愛に応えなければと必死でしたから!」

あくまで好意ゆえだと、哀調を帯びた瞳を向ける。これに、ゼルギスは心外だとばかりに声を低めた。

「お言葉ですが。我々は、すでに番をもった者に対し婚姻を持ち掛けるなどという、粗暴な振る舞いは致しません」

「ッ――」

略奪愛を尊ぶような下賤者と一緒にするなと暗に言われ、エミリアは口を歪める。

「ですが!」

エミリアはなおも訴えようとするが、カインは短く「話を蛇行させては困る」と制した。

「こちらの説明不足の非は私にもある。それを踏まえて、ミレーユからも再度結婚の承諾を貰った。この件に関しては、とくに問題視していない」

感情の見えない顔で淡々と告げる若き竜王に、その場にいたグリレス側の臣下たちが安堵の色を浮かべる。

しかしそんな中、唯一難色を示したのはエミリアだった。

「姉は結婚を承諾したのですか⁉ そもそも、最初にカイン様とのことをお話ししていれば、こんなことにはならなかったのに。これは姉が画策した罠だったのです。わたくしは騙されただけですわ!」

この主張には、カインもゼルギスも呆気にとられた。

「君を騙す意図などあるわけがないだろう。ミレーユは私のことを、結婚を約束した相手だと認識できていなかったんだぞ」

「あら、結婚を約束した相手を忘れるような愚鈍な女がいるとは思えませんわ」

「私がミレーユと約束をしたのは十年前。そのとき名乗ったのは幼名だ。髪の色も瞳の色も違う。私を竜王の血筋だと知っていれば話は早かっただろうが、残念ながらミレーユにその知識はなかった。逆に言えば――」

そこで言葉を切り、カインはグリレス王と臣下たちを一瞥した。

「ミレーユが竜族の知識を持っていれば、今回のような食い違いは起こらなかったはずだ。彼女の侍女にも確認したが、ミレーユは十年前『七色を持つ子供と結婚の約束をした』と、貴殿たちに伝えたそうだな。しかし、それに対してなんと返した?」

寝ぼけて夢でもみたのだろう――――そう、嘲り笑った。

「責任転嫁をするつもりはないが、竜族の情報は二年に一度行われる世界会議でも開示されている。もちろん、竜王の血族の子供が七色をもって生まれることも」

カインの追撃に、全員が逃れるように視線を泳がせた。

「確かにそれは伺っておりましたが、あれはミレーユの妄想だとばかり……。あの子は昔から魔術にしても言動にしても、我々と違う面が多くて困っていたのです」

あくまで非はミレーユにあるとばかりの言い草だった。

どう転んでも、最初から今回の責任をミレーユに押し付ける算段だったことがみてとれる。

(不快さが胃にくるな……)

グリレス国に赴くにあたり、ミレーユは、一度はカインにゆだねた折衝役をやめさせようとした。

きっと、こうなることを危惧していたのだろう。

「――――そろそろ本題に入ろう」

これ以上の押し問答は不要だ。

できることならさっさと条件を突き付けて帰りたかったが、どうしても許せぬことがカインにはあった。その真意を聞くまでは、疲労感などどうでもいい。

「十年前、ミレーユに求婚したさい、自国のルールで約束を取り付けたことに満足し、貴国に申し出なかった責任は私にある。だが、私が今年の祈年祭でミレーユと無事再会を果たしていれば、話は早かったはずだ」

「まったくもってその通りです! ミレーユがみっともなく体調不良など起こさねば、このような行き違いは起きませんでした!」

流れる汗をぬぐいながら、やけにミレーユの過失を強調するグリレス王に、カインは冷ややかな視線を送る。

「その体調不良、どうやら故意に起こされたもののようだが」

「は?」

予期せぬ言葉に、グリレス王の表情が曇る。

「エミリア、君は祈年祭が始まる前に、ミレーユに菓子を渡したそうだな。聞けば、この祝祭は断食で臨むものと決まっているとか。なぜそんな日にわざわざ菓子を食べるよう促した?」

カインの瞳が、深紅から灼熱へと変わる。

エミリアは自分の瞳の色とは明らかに違う濃度を持った男の視線を受け止めきれず、落ち着きなく身体を動かした。明らかに目には動揺が滲んでいた。

「な、なんのことでしょう……。姉が勝手に言ったことでしょう。わたくしは存じませんわ」

「竜族の医師は、すべてを見透かす力がある。ミレーユを診た医師が言っていた。ミレーユの身体には、ドクウツギの毒の名残があったと」

「――!?」

その名に反応を示したのは、エミリアよりも臣下たちだった。

喉元を押さえ顔をしかめる者、恐怖に血の気を失う者。

悲鳴じみた低い声や息を呑む音だけで、ドクウツギが彼らにとってどれだけ猛毒か伝わってくる。

「ドクウツギは、致死性の強い有毒植物。齧歯族のか弱い身体なら、本来なら口にしただけで嘔吐と痙攣をおこし、体内に取り込めばやがて死に至る。そんなものを、なぜミレーユに食べさせた? 殺す気だったのか?」

「ち、違います! それほど危ないものだとは知らなかっただけ……――あ」

口元を押さえた時には遅かった。

彼女の殺意への否定は、服毒させたことの肯定だ。

なんと言われようが認めるつもりはなかったというのに、あまりに殺傷力のつよい猛毒だったと明かされたことで動転し、ポロリと自白してしまった。

「知らなかった? この大陸では有名な猛毒らしいが。現にミレーユはご母堂より教えられ、君もミレーユから教わったはずだろう」

「あ、姉はいつも大げさにいう方でしたから、毒も微量だとばかり……。そうです! じっさい姉は少し体調を崩しただけではないですか! 次の日にはケロリとしておりましたもの!」

「ミレーユの身体がすぐに回復したのは、竜印があったからだ」

竜印は、外的攻撃ならば完全に防げるが、体の中から取り込まれた毒にはしばし時間を要する。

これが普通の齧歯族の身体だったなら、口にした瞬間に嘔吐し、ものの数分で冷たい躯になっていただろう。

「……姉の伝え方が悪かったから勘違いしただけです。わたくしはそのような猛毒だとは理解しておりませんでしたもの。あの人は、いつも物事を大げさに言うから、わたくしだって素直に受け取れなかったのです」

「虎族を上回る超理論ですね……」

後ろに控えていたゼルギスが、あきれ果てたとばかりにぽろりと零す。

竜王は花嫁には恵まれても、姻族には恵まれない呪いでもかかっているのだろうか?