軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

織り込まれた力 Ⅳ

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「――――完成……、でいいのかしら?」

出来上がったハンカチを両手で掲げながら、ミレーユはひとりごちる。

絹の生地に縁取りは新緑色の幾何学模様。右端には主役にしては小ぶりではあるが、束ねた二輪のカラー。生地は白を使用したためカラーの苞部分はあえてクリーム色を選び、茎部分を束ねる糸はカインの美しい双眸と同じ深紅にした。

「あまり男性物には……みえないような?」

幾何学模様の縁取りでできるだけ誤魔化してはいるが、白の生地にカラーの花は男性物にしては力強さが感じられない。どうみても女性物だ。

これを、世界を席巻してきた神の種族である竜王陛下にお渡しする?

「ハードルが高すぎるわ……!」

しかし、これ以上やり直す時間もない。

たった一枚のハンカチに、すでに一週間の時間を費やしていた。これ以上待たせるとなると、別の勇気が必要になってくる。三点の品を一晩で渡した後だからこそ、余計に。

(きっと、どうしてこんなに時間がかかっているのかと思われているわよね)

図案に四日、縫いだして三日。

いままでの人生の中でも最高に時間をかけてしまった。

そのわりに出来栄えは地味で、デザインは持ち主の特徴をまったくいかしていない。

これでは自分が好きな花とデザインをカインに渡すという、一種の自己満足にしかならないのではないだろうか?

「やはり縫い直した方が……。でも、ナイルさんに今日お渡しできると宣言してしまったし」

この期に及んでまだ迷ってしまう気持ちを払拭するため、ミレーユは長椅子から勢いよく腰をあげた。

こういうことは悩めば悩んだだけよけいに深みにはまるもの。

(刺繍に専念できるようにと、一人の時間をくれたルルとナイルさんのためにも、ここで怯んではいけないわ)

気に入ってもらえなければやり直しさせてもらおう。

と、気持ちを固めても、不安がそう消えるわけもなく。

「ナイルさんにお預けする前に、少し落ち着こうかしら……」

気晴らしをかね、ミレーユは庭園へでることにした。

「あら?」

園路をしばらく歩いていると、あることに気づき足を止める。

鉄製の柵があったと思っていた場所が、いつの間にか高い塀になっていたのだ。

塀の先を目で追いかけるも先が見えないほど長い全長に、ミレーユはしばし考え込む。

「柵だったと思ったのは、思い違いだったかしら?」

いくら部屋に籠ってばかりだったとはいえ、たった一週間足らずでこんな高く長い塀が完工できるとは思えない。

自分の記憶違いだったのだろうと結論づけたとき、すぐ横で何かが落ちてきた。

いや。落ちたというよりも、鳥のように降り立ったという表現が正しいだろう。

それほどに重力を感じさせない優雅な着地だった。

「「――――っっ!?」」

それが人だと気づいたのは、降り立った人物と目が合い、お互い驚愕に固まってしまった後だ。

この国にきて、まだ二度しか対面を許されていない相手――――若き竜王との突然の遭遇に、ミレーユは口から心臓が飛び出しそうになる。

「あ……えっと……」

こんなところで会えるとは予期すらしていなかったため、衝撃が大きすぎて言葉も出ない。

カインの方も、まさか塀の高さを確認するため降り立った位置に、ミレーユがいるなど完全に予想外だった。あまりのことに、表情とともに思考が停止してしまう。

しばし流れた沈黙に、先に我に返ったのはミレーユの方だった。

弱国の姫が、竜王相手に礼も取らず突っ立ったままなど許されるわけがない。

なんとか平静を装い、ドレスの裾を持ち上げ膝を深く折ってお辞儀をした。

(自国では位の低い者からの声掛けはご法度だけれど、竜族の方はどうなのかしら?)

こちらの国の作法が、自国と同じだと思っていいものだろうか。

ミレーユは考えを巡らせるが、知識のなさから正解を導き出せない。

(ああっっ、学のなさがこんなところで足を引っ張るなんて!)

女が学を持ち、国政に口を出すのは害悪だと必要最低限度の教えしか受けられなかったが、その中には遮断せず知っておくべき情報がたくさんあったのではないかと、いまさら己の蒙昧を悔やむ。

(無事帰国したら、図書館にあるすべての本を読んで勉強しなきゃ)

王や臣下に見つからぬよう隠れて読むこととなるが、司書とは懇意にしている。

頼めば少しくらいなら見逃してくれるだろう。

今後の対策を考えながら、恐る恐る彼をうかがえば、端正な顔立ちが少し引き攣っていた。

きっと、こんなところで偽の花嫁となんて会いたくなかったのだろう。

(カイン様にとっては、不幸な遭遇でしかないわよね)

そう理解していても、その立ち姿の美しさには目を奪われる。

ただそこに起立しているだけで神々しく、ほんの少し彼が身じろぐだけで緊張感に息を呑む。

まさに生まれながらの王――――。

ルルが言っていた、『気さくな方』という表現は、やはり似つかわしくないように思える。

(こちらからのお声かけは許されるのかしら? ルルの密入国に対しての寛大なお心については、一言お礼を申し伝えたいのだけれど……)

思い切って声を発しようと顔を上げると、カインはじっとある一点を見つめていた。

(何を見ていらっしゃるのかしら?)

「それは……」

カインの視線の先をたどろうとする前に、声をかけられた。

「それは私のために縫ってくださったものですか?」

「え?」

カインが手で示したのは、自分の右手だった。

手の中には、彼のために縫い上げたハンカチが――――

「!?」

(え? 私、無意識に持ってきてしまったの? テーブルに置いてきたつもりだったのに!)

指摘されるまで、ずっと手に持っていたことにすら気づいていなかった。

ミレーユは恥ずかしさのあまり頬だけでなく、指先まで赤くなる。

「違いましたか?」

動揺のあまり、カインの声に潜む落胆には気づかず、ミレーユはただハンカチを両手で握りしめる。シワになってしまうと気にする余裕もない。

「ほ、本日お渡しする予定のものでした。ですが、献上にふさわしい品ではないような気がして……その」

しどろもどろに告げるミレーユをよそに、カインはそっとハンカチに手を伸ばした。

整った顔立ちが近づいたことに驚いたミレーユは、思わず手の力をゆるめてしまう。

気づいたときには、ハンカチは彼の手の中に移動していた。

「あのっ、やはり作り直します! もっと貴方様に見合ったものをっ」

「――――大事にします」

必死で紡ぐミレーユの言葉に重なるように、カインが告げる。

はにかむように口端を上げ、満足げに灼熱の瞳を細めて。

気圧されるほどの美貌がふわりと優しくほほ笑むだけで、それまでとは違う威力が生じ、あれほど緊張で高鳴っていた心臓がピタリと止まった気がした――――。

「あ、姫さま。おかえりなさい!」

部屋に戻ればルルの姿があった。

いつも通りの愛嬌溢れる笑みを見た途端、安堵感からふり絞っていたものがはじけ飛び、ミレーユは扉を背にその場にへたり込んだ。

「どうしたんですか?!」

駆け寄るルルに、慌てて手で制する。

「なんでもないの、大丈夫だから……」

まったく大丈夫ではなかった。

正直、カインにハンカチを渡し、礼を告げられた後の記憶がない。

彼にそのあとなんと答えたかも、どうやって帰ってきたのかも、何一つ。

頭を占めるのは、ハンカチを受け取ってくれた時の笑みと、耳にいつまでも残る柔らかな声で紡がれた謝意の言葉。

「~~~~~~っっ!」

鮮明に思い出すと、全身の血が沸騰したかのように煮立つ。

いつぞやと同じ、熟した果実のように頬を赤く染めたミレーユの表情に、ルルが慌てふためいて叫んだ。

「竜王さまのハンカチを頑張りすぎて熱でちゃいましたか⁈」

「お願い…、ルルっ。ちょっと待って……!」

落ち着くから。落ち着かせるから。いまはその名を出さないでほしい。

たった一滴の雫ですら、心の水面を大いに揺らしてしまう。

自分でもよく分からない感情の波紋が広がるのを、ミレーユは必死に抑え込んだ。

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一方、ミレーユから念願の刺繍を受け取ったカインは喜びに満たされていた。

「お喜びのところ申し訳ありませんが、接近禁止をお忘れですか?」

事の報告を受けたゼルギスが当然のように小言を口にするが、歓喜に包まれたカインには彼の説教など羽音同然。

なんせミレーユから受け取ったハンカチは、事前に見た三枚の品よりも各段に陽力が織り込まれていたのだ。手元にあるだけで心が安らぐ。

「よかった……。もしこれが私あてではなかったら、暴れてしまうところだった」

安堵を滲ませた口調でひとりごとを呟くカインに、ゼルギスはゾッとした。

竜王の暴れるは洒落にならない。

彼がちょっと本気を出せば、自国だけでなく、近隣諸国まで一瞬で焦土と化す。

ミレーユが好きな花を飾りたいと、自室や執務室をカラーの花で埋め尽くすくらいなら許容できるが、国を滅ぼされては困る。

しかし唯一無二の宝珠を手に入れたとばかりに満足げな若き竜王は、彼の憂慮など気にも留めていなかった。