軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

「ナイル様、次の《天地開闢の儀式⦆ですが、ミレーユ様はエリアス様より頂いた菫色の耳飾りをお付けになられたいとの仰せです」

女官の一人からの報告に、ナイルはしばし熟考する。

「そう……なら、腕輪や靴も紫水晶を使用したものに変えましょう。誰か、《宝玉の間》から――」

持ってくるよう指示しようとするも、それに見合う能力を持ちえた女官がいないことに気づき、ナイルは口を閉じた。

宝物庫として使われている《宝玉の間》は、《辿りの間》を通る。

この辿りの間を無事に抜けることのできる女官は少なく、それに該当する者は全員ミレーユ付きで、現在次の祭事のために出払っていた。

ナイルは自分が行くべきか迷ったが、ここで動けばミレーユの支度が遅れてしまう恐れがある。

「困ったわね。誰か宝玉の間に行ける者はいないかしら」

「私が行きましょうか。行って戻ってくる程度の時間なら十分空いています」

考えあぐねていると、助け舟を出したのはゼルギスだった。

式が始まる前にすべての指示を完璧にこなしていた彼には、女官たちよりも時間があった。

「それは助かります」

ナイルがホッとして頼むと、後ろからひょっこりとルルが顔を出し。

「ルルも一緒に行ってもいいですか?!」

入ったことのない部屋の名に好奇心が刺激されたのか、浮き浮きと片手をあげている。

これにいち早くナイルが「それはなりません!」と待ったを掛けた。

強く厳しい口調で止められ、ルルはしょぼんと項垂れ。

「ごめんなさい。貴重品のあるお部屋に、ルルが入ったらダメですよね……」

それ相応の人物でないと入室を危ぶむのは当然だと気づき、ルルが謝罪すると、ナイルに強く肩を掴まれた。

竜族の力を完全に封じているお陰か、強い力にもルルが怪我をすることはなかったが、鬼気迫る迫力があった。

「いいですか、ルル様。ゼルギス様と無闇に二人きりになってはいけません!」

あのような人気のない場所に連れ込まれて、なにかされては大変だと苦々しい口調で諭されるも、ルルはよく意味が分からず「ふぇ?」と緊張感のない声をあげた。

「随分な言い様ですね。いったい何を根拠に、私がそんな野蛮な振る舞いをするというのですか」

あらぬ疑いをかけられては困ると、ゼルギスはすぐさま異を唱えたが。

「根拠は竜族の男というだけで十分でしょう」

「――なるほど。説得力がありますね」

ふむと、顎先に指を当て頷く。

納得はしたが、ゼルギスとて竜約もいまだ交わせていない少女に粗野な行いをするほど短慮ではない。

なにより、いま優先すべきは婚儀を無事に終わらせることだ。

「安心して下さい。私が本気を出すのは婚礼祭が終わった後です!」

「死んでください」

知性的な表情でふざけたことを抜かす元教え子に、ナイルは明確な殺意を覚えた。

「うわあ、いっぱい部屋がありますね!」

何だかんだと言い合いをしている時間のなかったナイルは、仕方なくルルの同行を許しつつ、最後まで渋面で、

「なにかありましたら、これを振ってください。すぐに駆け付けますので!」

と、藍色の鈴を渡してきた。

腕に巻けるサイズの組紐に、ぶら下がる鈴を貰ったルルはとても嬉しそうだったが、防犯の意味を成すものだという意識は低いらしく、いまは大事にポケットの中にしまわれている。

ゼルギスとしてはそんなものを使われるような狼藉を働く予定はないため、パタパタと走るルルの後ろを、長い脚をゆったりと動かしながら続いた。

「開いている部屋ならば、どの部屋でも入って大丈夫ですよ」

花嫁のドレスは豪勢な造りとなっているため、着替えにもそれなりに時間がかかる。腕輪や靴の装飾品は最後に付ける物だ。

そう急がなくとも大丈夫だろうと踏んだゼルギスは、ルルのわくわくしている姿を堪能することにした。

閉じられた扉や、普段から開いている扉を抜け、辿りの間を通り、長い回廊を歩いていく。

すると、先を駆けていたルルの足が止まった。

「開いている部屋……。ゼルギス様、じゃあ、あの部屋も入っていいんですか?」

「もちろんいいです――え?」

ルルが元気よく指さす先に目を向けたゼルギスは、緩んでいた口元を強張らせた。

愛らしい指先が示していたのは、建国以来けっして開かぬ扉――――約束の間だったのだ。

「――ッ!!」

ドッと、身体中に雷撃が走る。

あり得ない事象を前に、ゼルギスの身体は完全に硬直した。

そんなゼルギスの動揺には気づいていないのか、ルルは返答を待たず、何かの力によって導かれるように扉まで走ると、室内に一歩足を踏み込もうとした。

ハッと正気に返ったゼルギスは、慌てて声をあげた。

「ま、待ってください、ルル!」

「ふえ? やっぱりダメなんですか?」

ルルは上げた足をすとんと大理石の床に戻すと、肩越しにふり返る。

「あ……いえ……」

あまりの衝撃に咄嗟に飛び留めたものの、ゼルギスの思考力はこの異常な事態にうまく適応できていなかった。

(なぜだ。なぜ、この部屋の扉が開いているんだ……っ)

ゼルギスとて、幼いころから何度となく訪れたことがある場所だ。だが、当然ながらいままで扉が開いたことなど一度たりともない。ゼルギスでは、扉を開けることは不可能だった。