軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変わらぬ想いⅧ

それは、目が覚めたというより解けたという感覚。

ミレーユは覚醒と共に、自身が仮死の術を無意識に展開していたことに気づき、跳ね起きるように上半身をあげた。

「っ、……――私の部屋?」

見慣れた天蓋付きベッド。そのベッドの端には、顎を乗せて寝入っているルルと、だらりと足を伸ばしてベッドの端から落ちそうになっているけだまの姿があった。

「ルルっ、よかった……! 無事だったのね!」

夢の中でなにか食べているのか、もぐもぐと口を動かしているルルを見るに、とくに大きな怪我などはないようだ。

いつもと変わらぬ穏やかな光景に目を滲ませていると、隣の部屋で待機していたナイルが駆け込んできた。

「ミレーユ様、お目覚めになられましたか……っ」

彼女の鮮やかな青の瞳がいつもよりくすんで見え、どれほど心労をかけさせたのかがよくわかった。

「申し訳ありません、ナイルさん。ご心配をおかけしました」

安心させるためにほほ笑んでみせると、ナイルは安堵の息を漏らす。

よく見れば、砂漠の埃で汚れていた衣装は着せ替えられ、ルトガーによって奪われていた宝石も身に着けていた。

「あの……、私はカイン様に助けていただいたのでしょうか? 気を失う前にお姿を目にした気がするのですが」

ミレーユの質問に、ナイルは一瞬だけ言い淀む様子を見せたが、すぐに話してくれた。

「はい。……さきほどまでいらっしゃいましたが、ルトガー・イーグルの仮死の術が解けたと聞き、いまは王の間に」

「!!」

それを聞いた瞬間、ミレーユはナイルが止める間もなくベッドを下り、駆け出していた。

「カイン様!」

扉の前で待機していた竜兵の制止もそのままに大広間に飛び込めば、玉座の前に立つカインと、その数段下で屈するように膝をつくルトガーが目に入った。

王の間に漂うカインの威圧は、明確な殺意を放っており、その濃さは耐性のあるミレーユですらたじろぐほどだった。

突如現れたミレーユに、カインは瞬時に威圧を封じ、ほっとしたような表情を浮かべた。

「よかった、術が解けたんだな。身体に不調はないか? ローラは心配ないといっていたが……」

「はい、ご心配には及びません」

自身の無事を示すように玉座へと進み、その際そっと横目でルトガーの様子を窺った。

顔を隠す頭飾りがないルトガーの目つきは柔らかく、短くとも深い眠りを得たことで肌は血色を取り戻していた。いまの彼は憂いのない実直な青年に見える。

「そうか。なら、悪いがいまは部屋に戻っていてくれ。私はこの男に処罰を与えなければならない」

「カイン様っ、ルトガー様は失った民への贖罪から、長年眠れぬ日を過ごされ心が疲弊されてこのような行動をとられただけです! 私自身、かすり傷一つおっておりません!」

「どんな理由であれ、ミレーユを連れ去っていい理由にはならない。竜王の花嫁に手を出せばどうなるか。南の大陸では、子供でも理解していることだ。それを分かっていながら、この男は君を攫ったんだぞ」

カインの紅蓮の瞳がスッと細められ、怒りの炎が燃え上がる。

「私はこいつを絶対に許さない。一族共々、許す気は一切ない!」

逡巡することさえなかった。

ミレーユがルトガーの酌量を求めることを、最初から予期していたのかもしれない。

心配性の彼がミレーユの目覚めを待たずに席を立ったのも、その前にルトガーを粛清しようとしていたのだと気づく。

カインの怒りの強さを感じながらも、それでもミレーユは言葉を重ねた。

「攫ったとおっしゃいますが、結果的に行くと判断したのは私です」

「それはルルの安全を思っての事だろう」

「いいえ、理由はルルのことだけではありません。私は、ルトガー様の目を見たときに思い出したのです。十年前、日常的に見ていたものとよく似ていると――」

暗く、淀んだ瞳。

それは、十年前の民と同じ瞳の色をしていた。

飢餓に怯え、未来に希望が持てない諦め。

嘆きと苦しみ、怒りが混ざり合う、悲しい色。

どうすることもできない現実が、少しずつ忍び寄る恐怖。

皆、そんな瞳をしていた。

だからだろう。ルトガーの瞳が、何かを失った経験があるからこその、心の闇を反映しているものだと気づけたのは。

深い悲しみに支配されている彼を放っておけなかった。

「大切なものを失って、それでも生きていかなければならない。……それは時に、とても辛いものです」

もしもミレーユが、飢餓でルルを失っていたら、その悲しみは計り知れない。

我が身の無力を嘆き、世界を憎んだだろう。

「私は十年前、カイン様のお陰で救われました。ですが、自分が失わずにすんだからといって、失った方の苦しみを切って捨てることはできません。それに――」

ミレーユはルトガーの前に立つと、そっとしゃがみ込み、彼の黒青の瞳を見据えた。

「竜王を敵にするという一番危険な手段を講じずとも、手段はいくらでもあったはずです。私を利用し、熊族に刃を向けさせることも。でも、そうはされなかった。あの場所を選んだのも、知ってほしかったのではないですか? 貴方方の悲しみを。苦しみを」

「――ッ」

ルトガーが息を詰める。

同族同士で慰め合うことにも限界がある。

ましてや彼の身分では、心を預け、苦しみを吐露し、本音を語れる相手は少ない。

唯一心を許せる友は、すでに戦火で失っている。

自責の念に絡めとられ、心の葛藤から逃れるためにミレーユに矛先を向ける。

そんなことでしか、自我を保つことができなかった――。