軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変わらぬ想いⅥ

「確かに、私は戦う術を持ちません。それゆえに、十年前もなにもできなかった。……あの時、自分に力があったならと、何度己の非力を嘆いたことでしょう」

当時に想いを馳せているのか、両手を見つめる彼女の瞳は悲しみに満ちていた。

「ですが、弱い立場だったからこそ、同じ者たちの気持ちが理解できる。ただひたすらに、平和を祈ることしかできない者たちの心に寄り添えると、――そう信じています」

言葉を切り、伏せていた顔があがる。

「ルトガー様、私は貴方をお止めしたい」

決意の光を宿した瞳に、気づけば足が後退していた。

微かな威圧さえ放てない下位種族の空気感に呑まれている

(こんな小娘の虚勢に、この私が怯む必要など……)

だというのに、目の前の齧歯族の姫に、竜王と同じ恐れをなぜ抱いているのか分からない。

(違うっ。そんなはずはない!)

婚姻の儀が成立していない以上、彼女に力など皆無。

そんな小娘に、一度でも怯むなど……。

「私を止める? 随分大きく出たな。いまの君は、竜王の加護もない。無力なただのネズミにすぎないことを忘れるな!」

恐怖を煽る道具として剣を使用していたが、それももう必要ない。

無力な下位種族だと知らしめるために、ルトガーは風の刃を放った。

風を切る音がミレーユを襲う。

だが――。

「!?」

風の術によって放たれた三日月形の刃。

しかし、鋭い刃はミレーユに届く前に、真っ赤な炎の円陣によってかき消されてしまう。

「バカなっ、竜印は消えていたはずだ!」

どれほど目を凝らしてみても、ミレーユの胸元の印は消えている。見間違いなどではない。

「どういうことだ?」

シルビオの名を口にしたことも、ないはずの竜印の力が彼女を守っていることも、すべて想定外だった。

(いったい、なにがどうなって……)

混乱の中、ミレーユが祈りを捧げるように、胸の前で両手の指を組むと円陣から炎が消え、金色の光だけが残る。それは彼女の胸から消えた竜印の形をしていた。

「淡き光よ、優しく照らし。静かに闇を払い、安らぎの夜を与えたまえ――――」

柔らかな詠唱が紡がれると、竜印に雪の結晶を模ったものが重なった。

眩い光を放つそれは――、

「古代魔術?」

確証はなかった。上位種族のルトガーでも、古代魔術の解読は困難。あんなものを易々と理解できるのは竜族くらいのものだ。

それでも本能で古代魔術だと感じられたのは、ミレーユの発する術がこの世界にある魔力とはまったく異なる質量を持っていたからだ。

(なんだこれは……。魔力ではない……なんの力だ?)

焦りは募る。だが、彼女に人を攻撃するような度胸はないはず。

「た、たとえ竜印が失われていなかったとしても、この場を切り抜ける術を、君は持たないだろう。攻撃になり得る術も、石がなければ使用できないことは知っている」

「……石ならば、あるではありませんか」

「?」

捕らえた際、宝石の類はすべて没収している。

しかし彼女は、どこか悲しげな面持ちで、両手を広げた。

「ここに。これほど大きな石が」

「――は?」

まさか石碑のことを言っているのか。ならば近寄らせぬようにするだけだと思考を巡らせたルトガーが目にしたのは、床と天井からまるで生えるように飛び出た氷だった。

「バカな……」

よもや塔の巨大な水晶石を媒体に、術を発動して氷を生み出すなど思ってもいなかった。

(いままで彼女が使用してきた石は、すべて手のひらに乗る程度のものだったはずだ!)

だが、現に氷は後ろに控えていた兵を一人残らずのみこみ、厚く覆われた氷塊の中に閉じ込めてしまった。白く染まった氷は、外からでは兵たちの生死すら確認できない。

「……驚いたな。君はこういうことはできない質だと思っていた」

赤竜王の花嫁が争いごとを好まないことは、事前の調査で知り得ていた。

平和主義者で温厚篤実。

下位種族としての己の無知を理解しているからこそ、けっしてでしゃばることをしない娘。

そんな娘だからこそ、今回の計画に使える相手だと思った。

「さすがに己の危機には氷漬けもやむ無しと考えたか」

これに、ミレーユはゆっくりと頭を振って否定した。

「いいえ。表面は氷に見えますが、中は繭です」

「……繭?」

「貴方方にいま必要なのは、安らぎと深い眠りです」

ここにきて、ルトガーはひどく脅えた。

赤竜王を敵にしてでもミレーユを捕らえ、平然としていた心に恐怖がおりる。

「眠りなど、そんなものっ、私には必要ない!」

眠れば、夢を見る。

一人のうのうと助かったルトガーを怨む声が聞こえる。

何万という死者の嘆きの姿が。

戦いの中で、首をはねられた戦友の屍が。

慄然とするルトガーの足元に、氷に似たそれが飛び出る。

見た目とは違う、温かく柔らかな感触。ハッとしたときには、身体全体を包み込んでいた。

「シルビオ様も、亡くなった誰一人、貴方を怨んでなどおりません。幻影がつくりだした亡霊に怯えず。どうか、ひと時だけでも、安らかな時間を――――」