軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変わらぬ想いⅣ

「竜印の消滅はすなわち、想いの薄れを意味する。少し引っ掻き回せば心など容易に壊すことができると踏んでいたが、想像以上に早くてこちらが驚くほどだったよ。――さて、どちらの心変わりが原因かな」

まるであざ笑うような声が響くが、ミレーユの気持ちが揺らぐことはなかった。

「カイン様は心変わりなどいたしません」

(たとえ恥知らずの自惚れだと嘲笑されてもいい。誰がなんといおうが、これだけは確信できる!)

自身を犠牲にしてでも、カインはミレーユを欲してくれた。

己の不利益など、一つも考えずに。

その彼の心を疑うことなど、どうしてできよう。

確固たる宣言に、目の前の男は不機嫌そうに片眉を上げた。

「ほぉ。ならば、君の心に曇りがあったことになるな」

「私に?」

「現に、君は赤竜王を拒絶していたじゃないか」

なんのことだろう。

カインを拒絶するなど、それこそあり得ない。

「赤竜王は、君のやめろという言葉に、ずいぶんショックを受けていたようだが」

外庭で交わされたカインとの会話のことを言っているのだとすぐに気づく。

やはりルトガーは、あのときあの場所から辞していなかったのだ。そのうえ風の術を使ったのか、会話まで聞かれていた。

確かにあの時、ミレーユは『やめてください』と呟いた。

「あれは、カイン様にお伝えしたものではありません。竜印にお願いしただけです」

「願う? そんなことに何の意味がある。竜印は花嫁の願いを叶えてくれる魔法の印ではないぞ」

「どうしても嫌だったんです……っ」

竜印の力を直視し、その力に恐れおののきつつも、同時に許せないと思った。

彼を傷つけるものを。

たとえ、それが初代竜王の施した術であったとしても。

十年間、自分を守ってくれた恩義ある力だったとしても。

「……そうですね。私が強く願ったことで、竜印は消えてしまったのかもしれません」

胸元を指で押さえ、睫毛を伏せる。

ミレーユのふさぎ込むかのような仕草に、ルトガーは歪んだ笑みを浮かべた。

しかし黒曜石の瞳は、すぐに強い光をもってルトガーを見据えた。

「消えてしまったのならば、もう二度とカイン様を傷つけることもないでしょう。元より私には見えなかったもの。――自分の身は自分で守り、必ずやあの方の元に戻ります」

決意を滾らせ、瞳を吊り上げる。

どこまでも一途な想いは月明かりに煌めく一面の淡雪のようで。

ルトガーの中に、沸々と踏みにじりたくなる衝動が沸き起こる。

「愚かしい。竜族がどれほど恐ろしい生き物か分かっていないから、それほど安易に信じるなどと言えるのだ。どうせ聞かされていないのだろう。なぜ竜約ができたのか。なぜ花嫁のみに都合よく、存在しているのかを」

ルトガーの淀んだ瞳が、さらに濁りを濃くする。

「竜約とは、初代竜王が生み出した自責の術にすぎない。彼らが君になにも伝えようとしないのも、知れば恐れると分かっているからだ。竜族は本来傲慢で、他者を顧みない生き物。その証拠に――――初代竜王は花嫁を一度殺している」

「……え」

「逆らうものは、それが花嫁だとしても許さない。見せしめだったのか知らないが、初代竜王が花嫁を殺し、自身の術で生き返らせたことは事実だ。それが原因となり、花嫁は人としての寿命しか生きることができなかったと聞く」

一度魂と身体が離れてしまったからか、初代竜王がどれほど花嫁の寿命を自身と同じようにしようとも叶わなかった。

「その自戒から竜約はつくられ、二度と花嫁を殺せぬようにしたのだ」

初代竜王が、花嫁を殺した?

聞き入っていたミレーユの唇が戦慄く。

それはドレイク国にとっても秘中の秘。嫁ぐ娘にとっては、凍りつくような話だ。

けれど、ミレーユの動揺はルトガーの思惑とは違うもので――。

(初代竜王様が花嫁を殺した? そんなこと、 あ(・) る(・) は(・) ず(・) が(・) な(・) い(・) わ(・) )

胸を占めるのは、どうしてそんな話になるのかという疑問だけ。

彼の君が、花嫁を殺すわけがない。

(殺すはずがない? 私……、どうしてまったく存じ上げない初代竜王様のことを、そんな風に思うの?)

分からない。分からないが、違うのだ。

「だって、あの方は――」

無意識に呟いた瞬間、ズキッと頭に鈍い痛みが走った。

『力を、望むか』

頭の中で、またあの声がした。

いままでと違うのは、まるで自分に問われているように聞こえることだった。

なぜだろう。

遠い昔、同じことを誰かに聞かれた気がする。

あれは、一体誰だったのか。

私(・) は(・) 、なんと答えたのか。

思い出せない。

けれど、いまの自分ならなんと答えるだろうと考えた瞬間、胸にじりじりとした熱が広がり、身体全体を包み込んでいく。

痛みはなく。あるのはなにかが剥がれ落ちていくような感覚。

剥がれたところから、なにかが溢れてくる。

それははじめて魔石に触れて感じた、あの感覚にとてもよく似ていた――。