軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

約束の間

無事に、……と言えるかどうか疑問は残るところだが、オリヴェルたちとの初対面を終えたミレーユは、再び静かになった王城の一室にいた。

本日はカインの婚儀衣装が仕上がった、そのお披露目だ。

花婿の衣装は婚礼祭で使用されるものを含めても二十着ほど。花嫁の衣装と比べればあまりに少なすぎるが、花婿としてはこれが平均だという。

「やはりミレーユ様の刺繍はお美しいですわ。一針一針が正確で丁寧。なにより、銀糸一色だけでここまで華やかな仕上がりを可能とする技術が素晴らしいです。糸で立体と平面を巧みに使い分け、複雑な曲線や花の連続文様を彩る技術。最後の仕上げを任せていただけたこと、誇りに思います」

ほぉっと感嘆のため息を零しつつ称賛の言葉をくれたのは、ドリスの妹のモニカだった。

彼女は鶴の一族の衣装責任者として、この場に同席していた。

あの日突如設けられた挨拶の場では、本来鶴の一族だけが唯一の来賓として扱われ、ミレーユとの謁見が予定されていたという。

「このような美しい針を刺される方に、姉はあのようなものを……」

ふいにモニカの身体が小刻みに震え出した。どうやら彼女もドリスが織ったものの完成体を知っているようだ。

「はい。とても素晴らしい品を頂きました。いまは額にいれて、寝室に飾らせていただいているんです」

ミレーユが笑顔で答えれば、モニカの苦悶の顔が、今度は瀕死に変わった。

「あ、ぁ、あんなものを花嫁様の自室に?!」

裏返った悲鳴を上げるも、モニカはすぐさまその衝撃を呑み込み、衣装責任者としての顔を取り戻した。まだ少し動揺が残っているのか、指の先が小刻みに震えていたが、それでも花婿用の婚儀衣装を一枚一枚丁寧に解説してくれた。

ミレーユが興味深く話を聞くその後ろでは、ナイルとセナが小声で密談を行っていた。

「ナイル様。いまさらですが、これはこれで問題では……」

「……そうね。衣装の完成を鶴の一族にすべて依頼してしまったことで、こうなる事態をいまのいままで失念していたわ」

仕上がったカインの婚礼着は、ミレーユが丹精込めて施した刺繍が使われている。

つまり、たっぷりと陽力が込められているのだ。

その量は以前ミレーユが刺繍を施したハンカチよりも数段強く、陰力の高い竜族の女官が触れると力が抜け、低緊張状態を起こすほど。

「ミレーユ様のお支度はナイル様がいらっしゃるので心強いですが、カイン様のご支度は誰が担当いたしましょう。予定では手の空いている女官を配置することになっておりましたが、これでは誰でもいいというわけには……」

そんなやり取りをされていることには気づかず、ミレーユは仕立て上げられた光り輝く衣装をうっとりと見つめた。

「上等な絹の光沢がとても素敵だわ。ね、ルル――あ……」

いつもの癖でルルの名を呼び、この場に不在だったことを思い出す。

ルルは今日も中庭で花植えを行っており、それはここのところは毎日だった。

生まれた時から同じ時間を共にしてきたルルが頻繁にいないのは少し寂しいが、ルルが庭師のところへ出向いては花を植えている理由は知っている。ルルは、花が大好きなミレーユのために、婚儀で使用する花を育てているのだ。

ルルだけでなく、たくさんの人々の力があって婚儀を挙げられるのだと思うと、ミレーユの胸がじんわりと熱くなる。

「婚姻の儀で使用されるこちらのご衣装も、ミレーユ様の刺繍が美しく映えていらっしゃいます。とくにこの裏地の緻密さは隠されているのが惜しいほどです」

トルソーに着せられていた衣装をペラっと捲り、モニカが指し示す箇所には、ちょうどミレーユが気になっていた文様があった。

齧歯族の始祖神に似た文様。

あの後、婚儀衣装に詳しいという女官の何人かにも尋ねてみたが、昔からある意匠ということしか分からなかった。

女官たち曰く、長い歴史の中で引き継がれていったため、形は残っていても、理由は不確かなものが多いらしい。

連綿と続く歴史の長さを考えれば、それも道理だと納得できる。

そう。そのことは分からなくても仕方ないと諦められるのだが、どうしても解せないことがあった。

(まさか、あんなにたくさんの本があるというのに、他国の歴史に触れたものが一冊もないなんて)

結局、あれから図書館に通い何度となく探しのだが、ここ十年前という、竜族の寿命からすればつい最近の出来事にも等しい鷹族と熊族の争いを記した著書が一冊もなかったのだ。

これはさすがに予想外だった。

読書が解禁され、花嫁専用図書館をまた自由に出入りできるようになれば、知ることは容易にできると思っていたのに。

(とても丁重に扱われていることには感謝しかないけれど、その一方で情報が遮断されていると考えるのは、さすがに失礼かしら……)

ミレーユは整然と並べられた花婿衣装を見つめながら、そんな思いに駆られるのだった。