軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

□□□□□□□□□□□□□□□□□□

それから数日後、馴染みの酒場にて。

「俺たちだ!」

「いいえ、私たちのパーティーです!」

シェイドとフォスが、もはや恒例となった言い争いをしていた。

最初は愉快そうに 囃(はや) し立てていた冒険者たちも、最近はすっかり飽きて無視している。

「まーたやってるよ、あの二人」

テーブルに顎を乗せ、テトが呆れたように言う。

「飽きないねぇ」

「一応、競争だったわけだしね」

焙煎茶の杯を傾けながら、メリナが言う。

「意地になってるんじゃないの? あの二人以外はもう誰も、『 青(せい) 嵐(らん) 』と『 熾天座(してんざ) 』のパーティーメンバーさえ興味なくしてるでしょうけど」

「まあまあ。わたしは気になりますよ」

少し笑って、ココルが言う。

「いったいどっちのパーティーが魔王城をクリアしたんでしょうか?」

あの後。

ボス部屋全体が光に包まれたかと思えば、俺たちは気づくと魔王城の外に立っていた。

周りには、シェイドやフォスや他の冒険者たちの姿もあって――――魔王城の入り口は消え、ただの岩肌に変わっていた。

それは典型的な、ダンジョン消滅時に起こる現象だった。

それから話を聞くと、どうやら『青嵐』と『熾天座』が、ほとんど同じタイミングでボスらしきモンスターを倒していたというのだ。

二人のパーティーは正規のルートを進み、その先にあった分かれ道で異なる側を選び、そこから進んだ先でボス部屋へとたどり着いたのだという。

いずれも自分たちの倒した方が真のボスだったと主張していたが、話を聞く限りでは判断がつかなかった。

演出もそれらしく、ドロップアイテムも豪華で、表示されたモンスター名のデザインも確かにボスモンスターのものだったとか。

だからこそ、今になるまで決着がついていないのだ。

「どっちだろうなぁ」

俺はぼんやりと呟く。

結局俺たちは、ドラゴンを倒したことは誰にも言わなかった。

ドラゴンと言えばボス以外にありえないので、シェイドとフォスの言い争いに加わるみたいで気が引けたというのもあるが……なんだか、あれが本当に起こったことなのか自信がなくなってきたのだ。

討伐ログはダンジョンから出れば消えてしまうし、ドロップアイテムもない。経験値ももらえなかったせいで、レベルも上がっていない。

ドラゴンを倒した証は、思えば何もないのだ。

あの溶岩の一本道のことを一応シェイドとフォスに聞いてみたが、競争していたためかあっという間に通り抜けてしまったらしく、ケルベロスも遭難した冒険者も見なかったと言っていた。

ますます、全部幻だったんじゃないかと思えてくる。

「……結局、なんだったんだろーね。あのダンジョン」

テトがおもむろに言う。

「アルヴィンさ。魔王城のテキスト、気が参ってるやつならもしかすると信じちゃうかもーって言ってたじゃん?」

「ん? ああ」

「もし世界が大変な状況になって、あれを真に受ける冒険者たちがいたとしてさ」

テトは続ける。

「きっとそういうやつらは、四天王がアイテムを落とさなくても、この先報酬はありませんなんてダイアログが出ても、関係なく進んでいくと思うんだ。世界を本気で救おうとしているんだから」

「……」

「そんで魔王も倒して、あの女神が出すダイアログを見るとするでしょ」

テトが思い出すようにしながら言う。

「だいたいの冒険者は、あの状況なら『いいえ』を選ぶと思うけど……そいつらはきっと『はい』を選ぶよね。世界を救うために魔王を倒したんだもん」

「……」

「もしもさ。もしも、ボクらもそっちを選んでたら……いったいどうなってたんだろ」

と、そこで、テトが突然頭を抱えた。

「ひょっとすると……すごいアイテムが手に入ったりしたのかなぁー」

その言葉に、俺たち全員が苦笑した。

「さすがにないですって、テトさん」

「ダイアログで報酬はないってはっきり念押しされてたじゃない」

「そんなのわかんないじゃん! 『いいえ』の方が何もなかったんだから、『はい』ならなんかもらえててもおかしくなくない!?」

「まあ、絶対なかったとは言い切れないな」

ダンジョンは、クリアしてしまえばそれまでだ。

隠された宝箱も、倒していないモンスターのドロップアイテムも、壮大な演出も、すべてが失われ、二度と元には戻らない。

中途半端に終わってしまえば、こんなもしもの後悔は尽きない。

ダンジョンのクリアは冒険者の目標の一つだが、それはただボスを倒すことだけを意味しない。

ダンジョンのすべてを知ってこそクリアなのだ。

だからこそ、冒険者はあの状況なら『いいえ』を選ぶ。

あれからいろいろと調べてみたが、結局リセットの意味もわからずじまいだった。

『はい』を選んでいたらどうなっていたか、俺も気になるが……それがわかる時は永遠に訪れないだろう。

「あれ、みなさん!」

ふとその時、知っている声が聞こえた。

顔を向けると、酒場の入り口付近に、弓手の少女ユーリが立っている。

「偶然ッスね~」

言い争いをするシェイドとフォスの横を普通にすり抜け、俺たちのテーブルに歩み寄る。

「ユーリじゃない。今日はどうしたの?」

メリナが訊ねると、ユーリは笑顔で答える。

「パーティーメンバーと待ち合わせッス! といってもまだだいぶ時間あるんスけど、やることなくて先に来ちゃいました。最近は店長も腰の調子がよくて、店番もあんまり頼まれないんで」

「腰か……。俺も今から、少しは気をつけた方がいいのかもな……」

「な、なんかいきなりじじ臭いッスねー、アルヴィンせんぱい」

遠い目で呟いた俺に、ユーリが若干戸惑ったように言う。

「大丈夫ッスよ! 店長は若い頃ハンマー担いでて、腰はそのせいなんだって言ってたんで。現にウチのじいちゃんは、死ぬ寸前までピンピンしてたッス!」

「いや、だが……実は俺の剣の師匠だったじいさんも、腰が腰がってよく言ってたんだよな……。だから、きっとダメだ」

「そ、そんな悲壮感出すことあります? さすがにまだ早いですってアルヴィンさん!」

ココルがあわてて励ますように言う。

確かにその通りだったが、最近は少しずつ冒険者を引退した後のことを意識するようになったせいか、どうしても年をとった時のことを考えてしまう。

腰は心配だが……じいさんに 倣(なら) って弟子をとるというのも、悪くないかもしれない。

「あ、そういえば」

ユーリがちらとシェイドとフォスの方に目を向けると、話題を変えるように言う。

「せんぱいたちも潜ったんッスよね? 魔王城。どうだったッスか?」

「んー? ドラゴン倒したよ」

「えーっ!? すごいッス! さすがせんぱい方!」

テトがさらりと言うと、ユーリは一瞬で信じていた。

俺はなんだか拍子抜けしてしまう。

「せんぱい方ならそれくらいやるって信じてたッスよ! それで、どんなアイテム落ちたんスか!?」

「なんにも落ちなかったよ。そういうダンジョンだったんだ……」

「え、なんスかそれ……? そんなダンジョンあります? せんぱい方、ほんとにドラゴン倒したんスか……?」

「信じてもらえたかと思ったら一瞬で疑われました!」

ココルがショックを受けたように言うが、ユーリはますます疑わしそうな顔になる。

「というか、ドラゴンって言ったらボスッスよね。じゃあ本当は、魔王城をクリアしたのはせんぱい方だったってことッスか?」

俺たちは顔を見合わせると、全員で口々に答える。

「いや、それはないな」

「さすがに違います」

「いくらなんでも、ね」

「『いいえ』を選んだのにクリアしたことになってたら、理不尽なんてもんじゃないよ」

「うーん? よくわかんないッスけど……じゃあせんぱい方がクリアしたわけではないってことッスか」

ユーリが眉をひそめる。

「なんだか怪しいッスねー……。せんぱい方、ウチのことからかってません?」

「いやいや、本当に倒したんだって」

「なんか証拠ないんスか、証拠」

「証拠かー……」

テトが言いながら、ステータス画面を開いた。

つられて、俺も開く。

報酬がなかった以上、証拠なんてあるわけもないのだが。

ストレージのアイテム一覧などを開きながら、俺は適当に言う。

「とりあえず、アイテムはすごく減ったぞ」

「それ証拠って言うんスか? っていうか嫌ッスねー、苦労してドラゴン倒してアイテム減っただけって」

「おいユーリ、あんま言うなよなー。ボクだってちょっと凹んでるんだから。ダンジョンが消滅して、マッピング情報も結局売れなかったし……」

「うーん……証拠と言えるものは、やっぱりなさそうだ」

俺はユーリにそう答えつつも、諦め悪くステータス画面を 捲(めく) っていた。

空っぽの討伐ログをあらためて確認し、それからスキルや 職種(ジョブ) のページに戻る。

「……あっ!!」

俺は思わず声を上げた。

全員の視線がこちらを向く。

「転職ツリーに……新しい 職種(ジョブ) が出てる。だが、これは……」

「え、なんですか?」

「珍しいものなの?」

「見せて見せて」

全員が寄ってきて、俺のステータス画面を覗き込む。

ココルが呟いた。

「勇者……ですか?」

勇者。

侍や魔剣士などが並ぶ俺の転職ツリーに新たに追加されていたのは、そんな名前の 職種(ジョブ) だった。

剣士からの派生職の一つ、という位置づけのようだ。

冒険者には、剣士や魔導士といった基礎職の他に派生職というものがあり、転職可能な 職種(ジョブ) についてはステータス画面に表示される。

これが、いわゆる転職ツリーだ。ダンジョンの外にいる限り好きなタイミングで、自分の 職種(ジョブ) を派生職もしくは他の基礎職に変更できる。

転職ツリーに派生職が表示される条件は様々だが、その多くは解明されていない。ただほとんどの場合、ダンジョンでの行動や成果が関係すると言われている。

直近で行ったダンジョンといえば、魔王城だ。

ならばあそこでの功績によって、この 職種(ジョブ) が解放されたということだろうか……。

「うーん、わたしの転職ツリーには変化ないみたいです」

「私もね」

「ボクもー。じゃあアルヴィンだけかー」

「……」

俺は、あらためて自分の転職ツリーに表示された、その不思議な 職種(ジョブ) へと目を戻す。

「勇者、か。聞いたことのない 職種(ジョブ) だな。……いや、待てよ……」

何か、記憶の中に引っかかるものがあった。

確かに聞き覚えはない。

これまで知り合った冒険者の中にも、こんな 職種(ジョブ) だった者はいない。

だが、どこかで見たような……。

「……あっ、そうだ」

俺は思い出す。

「剣の師匠だったじいさんの転職ツリーに、確かこの 職種(ジョブ) があった」

じいさんのステータス画面を見たことは、何度かあった。

職種(ジョブ) の解説をされたことはなかったのだが、微かに記憶に残っている。

ふと横を見ると、ココルが難しい顔をしていた。

「何か、何か思い出せそうです……勇者、勇者……」

「ど、どうした?」

「あーっ、そうでした! 校長先生です!」

突然、ココルが叫ぶ。

「神学校の校長先生から聞いたことがあるんです。勇者って 職種(ジョブ) があること」

「え、校長先生……? 冒険者だったのか?」

「はい。だからすごく意外で、印象に残ってたんですよね……。ちなみにその人は聖女職だったんですけど、学校でも聖女みたいないい人でした。冒険者時代も、きっとパーティーメンバーから頼りにされてたんでしょうねぇ……」

「……あの、すごい偶然なのだけど」

メリナが恐る恐るといった調子で言う。

「私も聞いたことあるのよ、勇者の 職種(ジョブ) のこと。……しかも、学園長から」

「学園長って、魔法学園のか?」

「ええ。嘘みたいでしょ? 少し変わった人なのだけど、昔短い間、冒険者の魔導士をやってたみたいで……。聞いたのは、何かのスピーチの時だったかしら?」

「へぇー、じゃあ三人とも知ってたんだ」

テトが少し意外そうに言う。

「実はボクも知ってたんだよね。なんか前に、店長が話してた気がする。あんまりよく覚えてないけど」

「ウチも聞いたことあったッス。じいちゃんが昔、冒険者にはそういう 職種(ジョブ) もあるんだってちらっと言ってたッスよ。友達の冒険者が、転職ツリーに持ってたとかで」

俺たちは、全員で顔を見合わせる。

それから口々に言った。

「意外と珍しくない 職種(ジョブ) なのかもな」

「きっとそうなんでしょうね」

「これだけいろんな人が知っているんだものね」

「探せば勇者職の冒険者もいるのかなー」

「で、それってどういう 職種(ジョブ) なんスか? アルヴィンさん」

「ええと、待てよ……」

ステータス画面で勇者の 職種(ジョブ) 名を選択し、その特性やパラメーターの伸び率を確認する。

「あー……なるほど。おもしろいな」

俺は呟く。

「万能型の 職種(ジョブ) みたいだ。パラメーターはすべてがバランスよく伸びて、しかも攻撃魔法も回復魔法もすべて使えるらしい」

その気になれば、どんな役割もこなすことができるだろう。

ソロにも向いていそうだ。

「へぇー、確かにおもしろそうですね」

ココルが興味深げに言う。

「どうします? アルヴィンさん。転職してみますか?」

「……」

俺は無言のまま、もう一度勇者職の情報に視線を落とす。

しばらくそれを眺め、それから何もせずにステータス画面を閉じた。

わずかな笑みとともに、首を横に振る。

「いや。俺は剣士のままでいいよ。結局器用貧乏になりそうだしな」

パラメーターすべてがバランスよく伸びるということは、苦手がない代わりに得意もないステータスになるということだ。

そういう冒険者は、パーティーの中で役割を持ちにくい。

俺はもう、ソロ向きのステータスなど持つ必要はないのだ。

俺の苦手は、仲間が補ってくれるのだから。

「あー、くだらねぇ! お前と話してても時間の無駄だ!」

「それはこちらの台詞です。これ以上食ってかかるのはやめてもらいたいものですね」

その時。

シェイドとフォスが言い争いをしながら、なぜかこちらの方へと近づいてきた。

二人は俺たちのテーブルの前で立ち止まると、呆気にとられる俺の目の前で、手をバンッと天板に叩きつける。

「アルヴィンっ! 今度 餓(が) 狼(ろう) 閣(かく) のボスを倒しに行こうぜ! こんなやつなんて目じゃねぇ、オレの『青嵐』こそが最強だって証明してやるよ!」

「アルヴィン。こんな男の戯れ言など無視し、共に 翡(ひ) 翠(すい) 水(すい) 牢(ろう) の攻略に向かいましょう。私の『熾天座』こそが最強だと証明してみせます」

女性陣から冷ややかな視線を浴びながらも言い切る二人。

俺はなんだかふと、訊いてみたくなった。

「……なあ、二人はどうして今も冒険者を続けてるんだ? 引退することだってできるだろうに」

シェイドとフォスは一瞬ぽかんとするも、当然のように答える。

「そんなもん決まってんじゃねーか。面白いからだよ、冒険が」

「まだ誰も知らないダンジョンへ潜り、宝を求めて強敵に挑む。危険はあっても心躍ります。多かれ少なかれ、冒険者たちは同じ思いを抱えているのではないでしょうか」

「……そうか」

俺は小さく笑う。

どこか、ほっとした気分になった。

そんな理由でも、冒険者を続けていいのだろう。

「お、気が乗ってきたか?」

「試しに一度でもかまいません。どうでしょう、私たちとダンジョン攻略へ」

「あー、いや」

二人には申し訳なく思いながらも、俺は言う。

「悪いが……俺はやっぱり、どこにも移籍するつもりはないんだ。ずっと『 暁(あかつき) 』で冒険を続けていくよ。だって――――」

そして、確信とともに告げた。

「――――俺にとっては、このパーティーこそが最強だからな」

〈完〉