作品タイトル不明
“アンテノーラ”①
□□□□□□□□□□□□□□□□□□
魔王城、十四層。
巨大な木製扉の前に、俺たちは立っていた。
「言うまでもないと思うが」
俺は皆を見て、言う。
「これはおそらく、中ボスの扉だ」
「はい!」
「そうね」
「見たらわかるよー」
と、口々に返事が返ってくる。
「よし。それじゃあ、準備はいいか?」
「もちろんです! というか……」
「ここまで準備以外、することなかったわね」
「ボクちょっと休みすぎたかも……ふわぁーあ」
それもそうだなぁ、と俺は思う。
なにせ、ケルベロス以降モンスターが出てきていないのだ。
****
ケルベロスを倒し、出現した門を進んだ俺たちは、ほどなくして下の階層へ向かう階段に行き当たった。
それを素直に降り、十四層に到達すると、その内装はより一層城に近づいていた。
足元は石畳から、石材の床へ。壁は灰色のレンガになっており、燭台も凝った意匠に変わっている。
広い直線の通路をそのまま進んでいくと、やがて行き止まりとなる場所にぶつかった。正面には閉ざされた巨大な木製扉。その傍らにはぽつんと佇むように、セーフポイントが置かれている。
他には何もない。
少し経って、ココルが呟いた。
「あれ? もしかして十四層ってこれだけですか?」
****
それから俺たちはセーフポイントで十分に休息を取り、そして今に至る。
ケルベロス戦以降は戦闘を行っていないので、あまり消耗もない。セーフポイントから扉までも、十歩ほど歩いただけだった。
「あ、一応確認なんですけど」
ココルが少しだけ険しい顔で言った。
「これ、まさか中ボスじゃなくてボス部屋じゃないですよね? 階層に部屋が一つだけって、だいたいボス部屋のパターンですけど……」
「さすがにそれはないと思うぞ」
俺は答える。
「ケルベロスは四天王と言っていたからな。普通に考えたら、あと三匹は中ボスがいるはずだ」
「やっぱりそうですよね。それに魔王の部屋だったらきっと、こんなに扉もみすぼらしくないでしょうし」
「さすがにもう少し、豪華になりそうよね」
「雰囲気もぜんぜんないしねー」
扉のデザインを一通り悪く言った俺たちは、満を持したようにそれを強く押した。
巨大な木製扉が、軋んだ音を立てながら内側に開いていく。
「……」
わずかな緊張とともに、中へと歩み入る。
部屋の内装は、通路とあまり変わらなかった。石材の床にレンガの壁。ただ一つ違うのは――――天井がとても高くなっていることだ。
どこまで高いのか、見通すことができない。
それはあまりにも高いからではなく……上の方が闇で覆われ、天井が見えなくなっているためだった。
と、その時。
ブゥン、と羽音が鳴った。
「えっ、虫います?」
ココルがそう言った直後にも、羽音は続く。
ブゥン、ブゥン、と。
「虫型のモンスターならともかく、ダンジョンに普通の虫がいるわけないわ」
暗い天井を見上げながら、メリナが言った。
「だから、これは演出でしょうね」
部屋に響き渡る羽音は、次第に大きくなっていった。
同時に、あちこちを飛び回る小さな黒い影も視界に入るようになってくる。
「……なんか、すごく小さいね。モンスターじゃないみたい」
テトが呟いた、その時。
『――――ある時、我が虫を放った』
一つの声が、部屋に響いた。
『すると、彼らは地上を飛び回り、ありとあらゆる作物を喰い尽くした』
羽音はますます大きくなる。
それは小さな虫たちが立てる音ではなく……もっと大きな、何かが羽ばたいているような音だった。
『人々は飢えた。 鼠(ねずみ) を喰らい、毒虫を喰らい、隣人の死体すらも喰らったが、それでも痩せ細り死んでいった』
闇に満ちた天井から、黒い影が下りてくる。
大量の羽虫を纏ったそれは、とても大きな、しかし見覚えのあるシルエットをしていた。
『地上は飢えの苦しみに満ちた。骨と皮ばかりの、鼠すら喰わぬ死体が積み重なった』
メリナがわずかに顔をしかめて呟く。
「あれ、ハエ……かしら」
メリナの言う通り、それは巨大な 蝿(はえ) の姿をしていた。
節の付いた黒い体に、頭部の大部分を占める二つの複眼。腹の両側から突き出た六本の細い脚。透明な虫の羽は、目視できない速さで羽ばたかれている。
ただしその口は、棘の付いた鋏のようになっていた。
元々の蝿の口などよく知らないが……さすがにここまで凶悪な形ではなかったのではないだろうか。
蝿の王のようなそのモンスターは、ケルベロスよりもやや高い声で話し続ける。
『それにもかかわらず、人間は――――未だ、希望の光を絶やしていない』
テトがおもむろに呟く。
「……気味の悪いモンスターだなぁ」
「取り巻きもいるみたいですし、また変な攻撃してきそうですね」
同じく呟いたココルに、俺はうなずいて言う。
「そうだな。注意した方がいいかもしれない。モーションも完全に初見になるだろうしな」
モンスターのモーションは、その姿形ごとにある程度似たパターンがあるものだ。しかし蝿がモチーフのものは初めて見る。
蜂型などはいるものの、蝿にはメインの攻撃手段となる尾の針がない。
ならば、まったく別の攻撃モーションとなるはずだ。
『どこまで足掻くか、人間よ。よもや、すべての災厄の根源を見つけ出すとは』
蝿が話す内容は、ケルベロスのものとよく似ていた。
こいつも魔王の配下である四天王のうちの一匹、ということなのだろう。
『しかし、それも無意味なこと。その剣は、魔王には届かぬ。耐え難き飢えの前に、為す 術(すべ) なく朽ち果てるのみ』
相変わらず内容はよくわからないが、まあいい。
倒して進めば、きっと何かわかるだろう。
「今度はアイテムが落ちるといいな」
俺は呟いて剣を抜く。
『四天王第二の円環にして第三の騎士、飢餓の“アンテノーラ”』
羽音が一層大きくなり、取り巻きの羽虫たちが黒いマントのように広がる。
『この先へ進まんとする者は、一切の希望を捨てよ』
その台詞と同時に。
巨大な蝿の上方に、文字列が出現した。
〈ブラック・フライロード・ローカストスポウナー“アンテノーラ”〉
「フライロード……? っていうのがモンスターの種類かしら」
「そうみたいだな」
メリナの呟きに、俺は剣を構えながら短く返す。
ゴブリンロードにスケルトンロードなど、モンスター名にロードの接尾語は珍しくない。
意味はわからないが、取り巻きを伴う強力なモンスターが多いことから、冒険者の間では“王”などと呼ばれることもあった。
もしも“フライ”という単語が見慣れない蝿を意味するのだとしたら――――あのモンスターは、やはり“蝿の王”ということになるだろうか。