軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『魔王城』③

数日後。

あれから準備を重ねた俺たちは、噂の新ダンジョンへとやって来ていた。

「……っと、これで終わりだなっ」

スケルトン・ウォーリアーの最後の一匹が、俺の剣を受けてエフェクトとともに四散する。

群れをすべて倒し終えたことを確認すると、俺は一息ついて武器を下ろした。仲間たちからも同様に、緊張を解いた気配が伝わってくる。

魔王城という名のこのダンジョンは、幸いなことに未だ健在だった。

あれからけっこう日にちが経ったので、シェイドやフォスもすでに挑戦していただろうが、どうやらまだクリアには至っていなかったらしい。競争に参加する気こそないものの、潜らないうちに消滅させられてしまっても困るので、そういう意味では助かった。

通ってきた通路を振り返りながら、俺は呟く。

「しかし……噂の通り、なかなか強いな」

俺たちは現在、魔王城の九層にまで到達していた。

九層など、普通ならばまだ浅層と呼ばれる階層だ。駆け出しの冒険者だろうと、きちんとパーティーを編成して準備を整えれば十分潜ってこられる。

だが……、

「はい……やっぱり中層くらいの難易度はありますね」

そう言ってうなずくココルに続いて、メリナとテトも同意する。

「そうね。一層はそこまででもなかったけど、この辺はもう深層に近いくらいなんじゃないかしら」

「モンスターの種類は普通のダンジョンの浅層と変わらないんだけどねー。スライムとかスケルトンとか。内装もよくある感じだし」

テトの言葉に、俺はダンジョンの内部を見回す。

視界に映るのは、洞窟系のダンジョンにありがちな岩肌ばかり。特筆するところは何もない。

俺は呟く。

「魔王城というくらいだから、デーモンがよく出る居城系ダンジョンみたいな感じかと思っていたんだけどな。ちゃんとした床と壁があって、燭台が並んでいるような」

「純粋な洞窟系って感じですよね。魔晶深坑とか瑞獣石窟とか、それこそ落日洞穴みたいな」

「……そう、かしら」

メリナがぽつりと言った。

「なんだか、普通の洞窟系ダンジョンとは違う気がしない?」

「え、そう? ボクも普通に見えるけど……」

首をかしげるテトを余所に、メリナがあらためてダンジョン内を観察する。

「……やっぱり違うわ。最初は私も普通の洞窟系に見えたけど……だんだん居城系に近づいている気がする。見て、床も壁も、一層よりも整っている気がしない? 障害物の岩も、柱みたいになってきてる」

「言われてみれば……」

ココルが呟く。

俺も言われて気づいたが、確かに一層と比べると少し様子が違う気もする。

「あっ、これ。テキストみたいだよ」

不意に、壁際でテトが声を上げた。

皆でそこへ駆け寄る。

テトがしゃがみ込んでいる壁際には、石板のようなものが嵌まっていた。

これまでにはなかった、人工的な装飾物だ。やっぱりただの洞窟系ダンジョンではないのか。

「どれどれ……」

俺は屈むようにして、そこに彫られた文字を見る。

そこには、こんなことが書かれてあった。

“なぜ人間同士が憎み合わなければならない”

“なぜ人間同士が争わなければならない”

“少ない食料を、どうして奪い合わなければならないのか”

“世界は今、災厄で満ちている”

“病に飢え、内戦に侵略”

“救いようのない不幸の中で、人々はもがき苦しんでいる”

“だが、騙されるな”

“世界は最初からこうではなかった”

“かつては人間たちは皆、互いに助け合いながら平穏に生きていたのだ”

“この世界を絶望に落とした者がいる”

“それは、”

「それは……魔王だ」

テキストを読み上げる、ココルの小さな声が響いた。

その声音は、どこか訝しげだ。

無理もない。これはどうにも、奇妙なテキストだった。

俺は続きを読む。

“それは、魔王だ”

“魔王こそが、この世のすべての不幸の根源なのだ”

“魔王を倒すことで、世界は原初の姿へと還るのだ”

“この道は救済へと続いている”

“魔王は城の最奥で待ち構えている”

“誰一人として同胞を見捨てるな”

“勇者たちよ”

“魔王を倒し、世界を救うのだ”

「……何、これ」

読み終えたらしいテトが、眉をひそめて呟く。

「変なの。長いし」

「だいたいはフォスから聞いていたとおりの内容ね」

メリナが、特に表情も変えずに言う。

「よくある、雰囲気づけのための無意味なテキストなんじゃないかしら。ただ……」

「……少し、新興宗教っぽいですよね」

ココルがぽつりと言った。

「神学校に在籍していた時、先生や先輩方からよく注意されたんです。怪しい分派の誘いには気をつけなさいって。ビラも見せてもらったんですけど……そこに書いてあった文言にそっくりです。騙されるなとか、世界の真実とか、同胞とか、救済とか」

「神学校にもあるのね、そういうの。魔法学園にもあったわ。明らかに怪しい集まりなのに、毎年新入生が何人か引っかかってた」

「魔王を倒し、世界を救う……か」

俺は呟く。

「……もし新興宗教がこんな感じなら、引っかかるのもわかる気がするな」

皆がこちらを見た。

俺はややためらいがちに言う。

「昔、賭け事をやっていた時期があったんだが……ある日大負けしたんだ。その時に頭をよぎったのが、武器も装備も全部売ってその金を賭けたら、一度勝つだけで今までの負け分を全部取り戻せるな、ってことだった」

「ええ……」

「完全に参ってるわね」

「何度も勝つのは難しいが、一度勝つだけならいけるって思ってしまうんだよな。結局この考えはまずいと思って、それ以来賭場には行ってないんだが」

「そこでスパッとやめられるのがアルヴィンさんらしいですね」

「たぶん……本当に参っているやつなら、こういうテキストも信じてしまう気がするんだ」

俺は続ける。

「不幸の原因を一つ一つ取り除いていくのは難しい。だが魔王さえ倒せれば、すべてが解決するのだと言われたら……」

「確かに……ああいうのに嵌まるのは、何か問題を抱えてたり、周りから浮いている子ばかりだと聞くわね」

「でもさ、このテキストは誰が信じるの?」

うさんくさそうに、テトが言う。

「人間同士争うとか、食料を奪い合うとかさ……。そりゃあ冒険者はよく喧嘩してるし、食べ物の恨みで揉めたりもするだろうけど……魔王を倒すより、その相手をぶっ飛ばす方がずっと簡単じゃない?」

「うーん、そうね……」

「もっと、大変な状況を想定しているのかもしれません……ぶっ飛ばす相手がたくさんいて、誰を恨めばいいかもわからないような」

ココルが思い出すように言う。

「聖典には、飢餓や疫病が蔓延し、数少ない富を巡って起こった戦争のことが書かれています。そういう世界にいる人々に向けて話している……っていう 体(てい) なんじゃないでしょうか」

「そういえば、落日洞穴のドライアドが描いていたのも、戦争の絵だったな」

「聖典がモチーフになっているってことかしら? そういうダンジョンは他にもあるから、不自然でもないわね」

「じゃあやっぱり、これもただそういうテキストってだけなのかなー」

テトが話を締めるように言った。

普通に考えれば、そうなのだろう。

全員で石板の前から立ち上がる。

「……進むか。早いところ、次の 安全地帯(セーフポイント) を見つけたいしな」

俺がそう言うと、皆が同意の声を上げた。

陣形を整えて進行を再開する。

魔王城攻略は順調だ。なんの問題もない。

だが心の 隅(すみ) には、先ほどのテキストの文言が引っかかっていた。

“魔王を倒すことで、世界は原初の姿へと還るのだ”

魔王が不幸の根源であり、倒せば世界が救われる。

一見わかりやすい文章だ。

だがよくよく読めば、魔王を倒して起こる救済とは、不幸が消え去ることではなく、世界が原初の姿に還ることなのだと解釈できる。

これは何か、宗教的な言い回しなのだろうか。

世界の原初の姿とは、いったいなんなのか。

俺にはあいにく、聖典を読み込んでいるような教養はない。

次のセーフポイントに着いたらココルにでも訊いてみようかと、ぼんやりと思った。