軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【弓術】⑤

『ヂヂッ……』

クダギツネのボスモンスターが、竹筒の中にさっと身を翻す。

獣型であるにもかかわらず、意外にもそのまま襲いかかってきたりはしなかった。

すぐに逃げるという、現実の性質を反映しているのか……それとも。

「何か出てきますっ!」

ココルの叫び声。

見ると、クダギツネの消えた竹筒の縁に、白骨の指がかかっていた。

続いて兜を被った 髑髏(しゃれこうべ) に、鎧を着けた骨だけの胴体が這い出てくる。もう一方の手には、刀を握っていた。

「っ、スケルトン・サムライだ!」

「一体じゃないわよ!」

メリナが叫ぶ。

言葉の通りに、スケルトン・サムライは一体にとどまらなかった。

竹筒の縁には次から次へと白い骨の指がかかり、骸骨の侍が這い出してくる。

「くっ!」

俺は剣を振るい、スケルトン・サムライを一撃で四散させる。

弱い。上の階層で出てきたものと同じ程度の強さしかない雑魚モンスターだ。取り巻きを召喚するボスや中ボスは珍しくないが、これほど戦力にならない取り巻きもなかなかいないだろう。

だが……、

「こいつら、どれだけ出てくるんだ!?」

倒すそばから、骸骨の侍はまるで泉の水のように絶えず湧き出てくる。何匹かは俺たちの間を抜けてしまい、ココルとユーリが応戦する始末だ。

ここまで来るとレベルなど関係ない。単純に数が多すぎる。

俺は後ろの三人を振り返って叫ぶ。

「そっちは大丈夫かっ!?」

「ざ、雑魚だったんで、大丈夫ッス!」

「後ろは気にしないでくださーい!」

ユーリとココルが、矢とメイスを振りながら答えた。

俺は安堵する。スケルトンが弱すぎるおかげで、後衛の近接攻撃でも問題なく倒せるようだ。陣形が崩壊するような事態じゃない。

だとすれば、問題は……この後か。

「っ、竹筒来るよ!」

テトの声。見ると、部屋の左方にある床が光り、竹筒がせり上がってきていた。

『ヂヂッ……!』

巨大なクダギツネが一瞬顔を見せたかと思えば、すぐに竹筒の中へと姿を消し――――代わりに、大量のウィルオーウィスプを撒き散らした。

「こ、これ以上増えるのっ!?」

言いながら、メリナが迫っていた青い火の玉を杖で殴り、四散させる。

ウィルオーウィスプもまた、雑魚であるようだった。ただ、現状では完全に手が足らない。

俺は叫ぶ。

「ウィルオーウィスプから優先的に倒すんだ! こいつは復活しない!」

目の前の竹筒からほぼ無限湧き状態のスケルトン・サムライとは違い、ウィルオーウィスプはクダギツネが撒き散らしただけだ。倒せば消える。

攻撃パターンの違う敵が混じっている方が、格段に戦いづらい。早めに処理するのが得策だ。

俺の意図はすぐに察してくれたようで、四人は次々とウィルオーウィスプを倒していく。

「これで全部……って、また竹筒ですっ!」

ココルが叫んだ。

今度は部屋の右方に、竹筒の光。

『ヂヂッ……!』

またも一瞬白い獣が見えたかと思えば――――今度は斜めに切られた口から、丸い大岩が吐き出された。

「今度はこのトラップか! 避けるぞ!!」

ゴロゴロと転がってくる大岩から、俺たちは陣形が崩れるのも構わず逃げ惑う。

まともに喰らったら、どれだけのダメージを喰らうかわからない。

大岩はスケルトンを踏み潰しながら数回壁に跳ね返ると、砕けて消えてしまった。

『ヂヂッ……!』

また増え始めたスケルトンと共に、部屋の後方に再び竹筒、そしてクダギツネが現れる。

次に吐き出したのは――――アイテムだった。

その一つが、俺の足元に転がる。

「ポーションか……?」

見慣れない形の小瓶だった。

アイテム名が気になるが、今はスケルトン退治が先決だ。

足元の小瓶を無視し、剣を振り下ろそうとした――――その時。

「アルヴィン! 離れてっ!!」

テトの叫び声が響いた。俺はとっさに攻撃の手を止め、その場から急いで距離を取る。

次の瞬間――――散らばったアイテムのすべてが、小さな爆発を起こした。

巻き添えを食った周囲のスケルトンたちが、まとめて四散する。

「なっ……これは……」

「偽アイテムだよ」

驚いている一同に、テトが苦々しげに言う。

「深層では、たまに投げてくるモンスターがいるんだ。気をつけて」

再び、スケルトン・サムライがあふれ出す。

ヒヤリとする場面こそない少ないものの、キリがなかった。なんとかしてボスにダメージを与えない限り、この状況は変わらない。

「このっ……!」

もどかしげな声と共に、メリナが出てきた竹筒へと杖を向ける。

だが――――爆裂魔法の前兆エフェクトが発生した時にはすでに、クダギツネは竹筒に潜ってしまっていた。

起こった爆発は、竹の表面にひびを入れただけで終わる。

メリナが悔しげに言う。

「ダメ……タイミングが合わないわ」

魔導士には、どうしても呪文詠唱というタイムラグが発生する。

このようなすばしこい敵は、最も相性の悪い相手だった。

本来ならば、そういう相手は前衛が足止めやダメージソースを担うものだ。

だが今は、大量のスケルトンに対応しなければならず、それも難しい。

どうするべきか考えていた……その時。

「あのっ」

弓手の少女が、声を上げた。

「ウチがその、ボスを攻撃しても……いいッスか?」

俺は一瞬考え――――そして、笑みと共に言う。

「ああ……頼む!」

「了解ッス!」

竹筒が現れる。

白い獣が、再び顔を出す。

『ヂヂッ……!』

「逃がさないッスよ!」

クダギツネが竹筒へと引っ込み、ウィルオーウィスプを撒き散らす、その瞬間。

ユーリの矢が上方から大きく曲がり、斜めに切られた口へと吸い込まれるように飛び込んでいった。

『ヂィィッ!?』

クダギツネの悲鳴と共に、飛び出していた火の玉が四散する。

仰け反り(ノックバック) が発生したようだった。

「えっ、今の軌道……」

「まさか、“曲射”なの?」

「でもユーリ、【弓術】スキル持ってなかったはずじゃ……」

三人が困惑したように、口々に呟く。

対するユーリは楽しげに、矢筒から矢を引き抜く。

「さあ、まだまだ行くッスよ!」

竹筒が現れ、白い獣が顔を出す。

それを見計らったように飛んだ矢が、眉間の辺りに突き立った。

『ヂィィッ!?』

再び 仰け反り(ノックバック) したクダギツネが、竹筒の中へと逃げ戻る。

「タイミングがわかってきたッスね。テト先輩! あいつの弱点部位わかりますか?」

「弱点部位っ? ええっと……ああいう獣型モンスターは、だいたい普通の動物と一緒だよ!」

「一緒? 前肢の付け根とかッスか?」

「はあっ、何それ? 鼻面だよ! あとたぶん……耳!」

「はーん、了解ッス!」

ユーリが溌剌と返事をする。

弱点が前肢の付け根という不思議な答えに、俺はしばし考え込んだが……やがて気づく。

「……心臓か」

狩人が、鹿や猪などを狩る際に狙う位置だ。

そんなこと、冒険者は思い至るまい。

「テト先輩が言うなら、そっちなんでしょうね! 鼻面も……結構ひるむッスからね!」

空を裂いて、矢が飛ぶ。

それが現れたクダギツネの鼻面へ正確に命中し、黄色のエフェクトを散らした。またもや 仰け反り(ノックバック) が起こる。

そこからの展開は、同じことの繰り返しだった。

床が光り、竹筒が現れる。

そしてわずかな時間、顔を出したボスモンスターの鼻面を、矢が貫く。

どんな位置からでも、どんな状況であっても。

ユーリは決して外さない。

「何、これ……弓って、こんなことが可能なの?」

「ユ、ユーリさん、すごいです……」

メリナとココルが、愕然としたように呟く。

無理もなかった。引いてから放つ時間からして、軌道予測線などほとんど見ていないことは明らかなのだ。何度もユーリの絶技を見てきた俺も、未だに信じられない。

だが……現実に、できている。

技術(スキル) さえあれば、このような芸当でさえも。

「うーん、またダメッスか。耐性高いんスかね、こいつ……」

当のユーリは、何やら不満げにぶつぶつ呟いている。

「いくら弱点部位でも、やっぱり一本じゃ弱いッスねぇ……なら」

と言って、矢筒から三本の矢をまとめて引き抜いた。

それらを、すべて 同時につがえる(・・・・・・・) 。

俺は、思わず目を見開いた。

「まさか……」

「三本だったら……いけるッスよね!」

またもや竹筒から出てきたクダギツネへ向け、ユーリは三本の矢を一斉に放った。

矢は、ほとんど散らばることなく飛翔し、そのすべてが白い頭部へと命中する。

『ヂィィッ!?』

仰け反り(ノックバック) する白い獣。それを目にしながら、俺は言葉を失っていた。

矢の複数本同時射ちは、【弓術】スキルでも実現できる。“放射”という技がそれだ。

だが、あまりに矢がばらけてしまうために、ほとんど使い道のない技だったはずだ。実際に見たのは一度だけだが、少なくとも今の一射ほど集弾性に優れてはいなかった。

――――ユーリの技術は、そのほとんどが【弓術】スキルを凌駕している。

『ヂ……ヂヂ……ッ』

「わ、やったッス!」

ユーリの歓声に、俺ははっとする。

クダギツネの様子がおかしかった。

逃げ込むはずだった竹筒は割れて消えており、白く長い体を床に投げ出して震えている。

その全身には、黄色い稲妻のようなエフェクトが時折光っていた。

ユーリが嬉しそうに言う。

「やっと麻痺ったッス~! みなさんお願いします!」

「っ!」

麻痺状態。

それに気づいた瞬間、俺は行動に移していた。

“踏み込み斬”を発動し、距離を詰めると同時に、その白い胴体へと斬撃を叩き込む。さらに“強撃”で、ダメ押しの一撃を与える。

隣では圧倒的な AGI(敏捷) で距離を詰めたテトが、“スタッブ”を叩き込んだところだった。そして息を合わせたように、二人で白い獣から離れる。直後、メリナの放った轟雷が突き立った。

雷魔法の音と光の中、テトがユーリを振り返る。

「ユーリっ! 麻痺させるなら先に言えよっ、焦るだろー!」

「あれぇ、そういうもんなんスか? じゃあ、次はそうするッス!」

笑顔で答えるユーリ。それを見ながら、俺はようやく思い至る。

ユーリがずっと放っていたのは、麻痺矢だったのだ。

普通、そう簡単にボスモンスターを麻痺させることなどできない。だがあの弓には、麻痺矢の成功率を上げる効果が付いている。それが実を結んだのだろう。

自分がダメージを与えるだけでなく、火力の高い俺やテト、メリナも攻撃に参加できるよう、ちゃんと考えていたのだ。

「まあ確かに、事前に言ってもらえた方が助かったな。だが……十分お手柄だ」

俺は静かに言う。

「攻撃パターンが変わるぞ」

『ヂヂヂッ、ヂヂ……!』

特大のダメージを叩き込まれ、ようやく麻痺から復帰したクダギツネが、一瞬恨めしそうな顔をこちらに向け、そばに現れた竹筒へと逃げ込んでいく。

スケルトン・サムライもすべて消滅し、それを生み出していた竹筒も床に潜っていく。

「い、いなくなっちゃいましたね……」

「次は何やってくるんだろ……」

全員で、周囲を注意深く見回す。

「竹筒が出てくる時は、床が光るわ。それを見逃さなければ……」

メリナが呟いていたその時、俺はふと気づいた。

白い紙の引き戸に、影が映っている。

――――上だ。

次の瞬間、俺は身を翻し、落下してきた獣の牙を剣で受けていた。

しかし衝撃に耐えきれず、床へ仰向けに倒される。

「ぐっ……! この……!」

『ヂィーッ!! ヂヂッヂヂッ!!』

のしかかるボスモンスターの牙を、必死で防ぐ。

前肢で押さえ込まれ、拘束状態になっていた。こうなると攻撃が止むまで抜け出せない。

「アルヴィンっ!!」

テトが叫び、ナイフが突き立てられる。

続いてメリナの魔法にユーリの矢が飛び、ココルの 治癒(ヒール) によってHPが回復する。

『ヂヂッ』

ある程度の攻撃が叩き込まれると、クダギツネは一声鳴いて、傍らの竹筒へと飛び込んでいった。

「アルヴィンさん、大丈夫ですか?」

「ああ……今度は直接攻撃してくるようだな」

「今、真上から落ちてきたの? 盲点だったわ……」

メリナが悔しそうに言う。

竹筒が、おそらく天井に現れたのだろう。さすがに真上までは視界に入らない。

「って、今度は下に来たよっ!!」

テトが叫ぶ。見ると、床から竹筒が伸び上がってきたところだった。

『ヂィーッ!!』

襲いかかってくる牙を、テトが【短剣術】の防御スキルで受け流す。

逃したテトを、白い獣がなおも追いかけるが、メリナの魔法とユーリの矢が叩き込まれ、再び竹筒へと逃走していった。

額の汗を拭い、俺は呟く。

「上からだけじゃないのか……」

天井も床も警戒し、竹筒の前兆を見逃さないようにするのは、かなり難しい。

「まあねー。でも、さっきよりはマシだよ」

ナイフを構え直しながら、テトが言う。

「攻撃を当てられるからね。この調子でいけば削りきれる」

「そうね……」

メリナが、わずかに考え込んで言う。

「……ココル。次、《連続魔法》をかけてくれない?」

「えっ? わ、わかりました!」

ココルが意気込んで、そう答えた直後。

その頭上に、影が差した。

「ココル、上だ!」

「えっ……?」

『ヂィーッ!!』

神官の少女へ覆い被さるように、真上から白い獣が襲いかかった。

「ココルっ!!」

『ヂヂッヂヂッ!!』

俺は急いで距離を詰めると、その長い胴体に斬撃を叩き込む。

さらに少し遅れて、ユーリの矢とメリナの魔法がぶち当たった。

だが、まだ拘束は解けない。ボスモンスターに組み伏せられたココルのHPが、じわじわと減っていく。

「くっ……!」

俺は焦る。

ココルへのヘイトはまだ少ないと思っていたが……油断していた。

あの状況からするに、メイスで受けられてはいなかっただろう。

早く拘束を解かないとまずい。

『ヂヂッ』

テトのナイフを受けたクダギツネが、ようやくココルを手放した。

そしてそのまま、壁際に現れた竹筒へ飛び込もうとする。

「メリナさんっ!!」

その時、うつ伏せで床に倒れていたココルが、顔を上げて叫んだ。

メリナははっとすると、すばやく呪文を唱える。

白い獣が逃げ込んだ竹筒――――そこへ、爆裂魔法が炸裂した。

驚くほど速い詠唱。だが、間に合わなかった。爆発はクダギツネには当たらず、竹筒にひびを入れただけで終わる。

しかし、次の瞬間。

同じ爆発がもう一度起こり――――ひびの入った竹筒を、粉々に割り砕いた。

『ヂィィッ!?』

中から転げ出たクダギツネが、床でのたうつ。

そこへ、いち早く反応したテトの投剣とユーリの矢が浴びせかけられ、さらなるダメージが刻まれる。

やがて跳ね起きるやいなや部屋を滅茶苦茶に走り回り、隅に現れた竹筒へ逃げ込んでいったクダギツネを見ながら、俺は呆然と呟く。

「あの竹筒……壊せたのか。だがメリナは、なんでわかったんだ?」

「一番最初に爆裂魔法を撃った時、ひびが入っていたでしょう? ダンジョンでひびが入る物はたいてい壊せるのよ」

メリナが平然と言う。

確かに、言われてみればそうかもしれない。しかしよく見ていたものだ。

「それより……ココル。あなた自分の回復より、私の《連続魔法》を優先したでしょう」

「え? はい。だってそういう話でしたし」

きょとんとするココルに、メリナは責めるように言う。

「誰もあんな状況でまで求めないわよ! もっと自分のことも考えなさい……」

「大丈夫ですよ!」

ココルが胸を張る。

「今、《耐久上昇》と《ダメージ軽減》バフが両方かかっているんですよ? わたしがあの程度の拘束ダメージで倒れるわけないじゃないですか!」

「それはそうかもしれないけれどね……」

堂々と言うココルに、メリナが呆れたように言った。

確かに、普通に考えればそうだ。レベル【80】の神官が、こんな階層で簡単に死ぬわけがない。

しかし……曲がりなりにも深層のボスモンスターに組み伏せられながら、悲鳴一つ上げずに他人のバフを唱えているココルの姿は、想像するとかなり怖かった。

「みなさんすごいッス~!」

ココルとメリナの活躍に、ユーリが素直に歓声を上げている。

「ウチ、いいこと思いついたッスよ! こうして壁際にいれば、天井も床も見渡せるッス!」

白い引き戸のそばに立って、ユーリが弾んだ声で言った。

なるほど確かに……と思ったその時。

ユーリの背後にある引き戸に、竹筒の光が点った。

「っ! ユーリ、後ろだ!!」

「え?」

白い引き戸から突き出た竹筒。

そこから首を伸ばしたクダギツネが、ユーリに噛み付いた。

『ヂィーッ!!』

「ユーリ!!」

状況は、なおも悪くなる。

ユーリに噛み付いたクダギツネは――――そのままユーリの体を、竹筒へと引き込もうとし始めた。

新しい攻撃パターンだ。

『ヂヂッヂヂッ!!』

さすがに冒険者は竹筒の中に入れない設定になっているのか、ユーリの体は縁の辺りで引っかかったように止まった。

しかし、拘束状態には変わりない。

ユーリのHPが、ぞっとする速度で減り始める。

「ユーリ!?」

「ユーリさんっ!?」

メリナとココルが、急いで詠唱を始める。

「こんの……ッ!!」

テトが【壁走り】のスキルによって、引き戸の壁面を蹴って竹筒へと走る。

しかし。

その、いずれの行動よりも早く――――ユーリはすでに動いていた。

「……っ!」

剣が届かない高さであるせいで、何もできず推移を見守っていた俺は、ふと気づいた。

ユーリの手から、虹色の弓が消えている。

装備を解除し、ストレージに戻したのだ。

「そうか……」

彼女の意図を察する。

弓を手放せば、【忍びの極意】が使えるようになる。数々のスキルが複合した【忍びの極意】には、拘束を抜け出す【体術】スキルの一つ、“変わり身”も含まれている。

あの状況で、冷静な判断だった。

だが――――ダメだ。

“変わり身”が使えるのは、拘束されるその瞬間だけ。

テトが持つ【縄抜け】のように、拘束後に抜け出せるわけじゃない。

おそらく、ユーリはその仕様を知らなかったのだろう。

こうなれば、どれだけ早く拘束を解除してやれるかが――――、

「……ん?」

その時、俺は違和感を覚えた。

ユーリは、虹色の弓の代わりに……斥候職のサブ武器であるナイフを、その左手に持っていた。

装備を解除したわけではない。入れ替えたのだ。

ユーリの目に、恐怖の色はない。自らに牙を突き立てる白い獣を、歯を食いしばって睨んでいる。

――――まさか。

「……んああああああッ!!」

次の瞬間――――ユーリが唯一自由な左手で、クダギツネの鼻面にナイフを突き立てた。

一度だけではない。何度も、何度も。

時折 会心攻撃(クリティカル) の赤いエフェクトを散らしながら、ユーリは獣の鼻面にナイフを浴びせ続ける。

『ヂィィッ!?』

弱点部位を痛撃され、ダメージが閾値に達したのか、クダギツネが 仰け反り(ノックバック) した。即座にユーリを手放すと、竹筒の中へ逃げ帰っていく。

「ユーリっ!」

宙に投げ出されたユーリを、慌てて下で受け止める。

「だ、大丈夫か?」

「な……なんとか」

ユーリは気を抜いたように笑い、そう答えた。

「よく、あんな対応ができたな。モンスターの拘束なんて、初めてだっただろうに……」

「へへ……何でッスかね。小さい頃に、人喰い熊の話をしつこく聴かされて……もし自分が襲われたらどうするかって、何度も考えてたからかもしれないッス」

その時、詠唱を終えたココルの 治癒(ヒール) によって、ユーリのHPが回復した。

同時に、壁からテトが降り立つ。

「まったく、無茶するなぁー!」

「へへ、テトせんぱいが遅いからッスよ」

「まだ油断しないで」

周囲を見回しながら、メリナが言う。

「様子が変よ。攻撃パターンが変わったかもしれない」

しばし沈黙を保っていた竹筒が、部屋の正面奥に突然現れる。

『ヂッ!!』

そこから勢いよく飛び出したクダギツネは、右に左に激しく飛び跳ねながら、手近にいたテトへと襲いかかった。

「うわっ!?」

とっさにナイフで防ぐテト。

だが先ほどまでとは違い、白い獣は深追いしようとしなかった。

部屋の隅に現れた竹筒へ、さっと逃げ込んでいく。

「アルヴィン、左!!」

メリナの声。見ると、左の壁際に竹筒が現れていた。

『ヂッ!!』

「くっ……!」

かろうじて、牙を“パリィ”で受け流す。

防がれたクダギツネは、やはりそれ以上攻撃を重ねることなく、やはり滅茶苦茶に飛び跳ねながら右手に現れた竹筒へと消えていく。

「メリナさん、後ろですっ!!」

間髪入れずに、ココルの声が響く。今度は後方に竹筒が現れていた。

『ヂッ!!』

「っ!」

またも飛び跳ねながら、白い獣がメリナへと襲いかかる。

なんとか杖で受けられたようだったが、目に見えてHPが減る。

「この……!」

テトが投剣を放つも、即座に飛び跳ねて逃げるクダギツネには当たらない。

白い巨体が消えた直後、間髪入れずにまた竹筒が現れた。

飛び出したクダギツネへメリナが爆裂魔法を放つも、まともに狙いが定まらないのかかすりすらもしない。

休むことなく現れては消える竹筒に、俺たちは翻弄されていた。

敵の攻撃力自体は大したことない。だが、縦横に激しく飛び跳ねる相手にこちらの攻撃は当たらず、一方的にじわじわとHPを削られていく。

「なんなんだよー、この攻撃パターンは!」

いらだたしげに、テトが言う。

「ずるいでしょこんなの!!」

「……確かに、ひどいわね」

周りを注視しながら、メリナが悔しげに言う。

「魔法なんて当てようがないわ。なんなの、この滅茶苦茶な動き……」

「山でも、こいつはたまに、こういう動きをするッス!」

クダギツネの突進を飛び退いて躱しつつ、ユーリが言う。

「狩りで、獲物を追い詰める時に……。動きが読めなさすぎて、狙われてる側はどうしたらいいのか、わからなくなっちゃうみたいッス!」

「そうか……」

最後の最後で、獣型モンスターの本性を出してきたようだ。

俺たちは、まさしく獲物なのだろう。

「なんとか、一撃でも当てましょう!」

ココルが、皆を励ますように叫ぶ。

「きっともうすぐです! こっちのHPは持たせられます! 運でもなんでも、なんとか攻撃を当てられさえすれば……!」

そうだ。

この発狂したような攻撃パターンは、相手のHPも残り少ない証拠。もうあと一押しで勝てるはずだ。

だが、どうやって攻撃を当てる?

これほど激しく跳ね回り、現れては消える相手に、どうやって――――、

「――――!!」

その時。

俺は閃いた。

「ユーリ、『月射ち』だ!!」

俺は、弓手の少女に向けて叫ぶ。

「タイミングを合わせて『月射ち』を使うんだ!!」

「えっ、うええ?」

ユーリは困惑したような声を上げる。

「ど、どういうことッスか!? 使うって言ったって、今天井に向けて射ったところで……」

「違う――――正しく構えればわかる!」

戸惑いが収まらない様子ながらも、ユーリは言われるがままに、一本の矢をつがえ――――そして、天に向け強く引いた。

その目が、大きく見開かれる。

「え……! こ、これって、どういう……!?」

「今は迷うな!!」

竹筒が、正面に現れていた。

白く細長い巨大な肉食獣が牙を剥いて飛び出し、俺たちへと迫る。

俺は再び、叫んだ。

「 射(う) て、ユーリ!!」

ユーリが、矢を放った。

それは真っ直ぐに、天へと吸い込まれるように飛翔していく。

そのまま天井に突き立つかに思えた矢は、途中でふと消え失せる。

そして――――上から、矢の雨が降り注いだ。

部屋を覆い尽くすかのような無数の矢は、クダギツネの上で次々と、色とりどりのエフェクトを散らしていく。

『ヂィィ――――ッ!?』

激しい 仰け反り(ノックバック) によって、白い獣が床へと転がった。

だが、矢の雨は止むことがない。

波のように何度も降る矢は、クダギツネへ膨大な追加ダメージを何度も与える。

もはや周囲が、矢の墓場のように変わり果ててようやく……辺りに静けさが戻った。

『ヂ……ヂヂ、ヂィ……』

純白のクダギツネが、敷物の上で呻き声を上げる。

周囲の床が光り、竹筒が現れるも、伸びきらないままに茶色く変色し、朽ちていく。

「……悪いッスね」

ユーリが弓を下ろし、白い獣へと呟いた。

獣型のモンスターは、たとえボスであっても、あっけなく散ることが多い。

大した終わりの演出もなく、ただ倒れて四散するだけのことがほとんどだ。

しかしこのボスモンスターは、HPが消失してなお、竹筒を出して逃走しようと必死にもがいていた。

珍しいパターンだ。

あるいは、なんだか哀れだ。

冒険者が抱く感想は、所詮このようなものにしかならないだろう。

だが、狩人の少女の目には――――むしろ、当たり前の光景に映っているのかもしれなかった。

狩られる獣とは、きっと本来、そういうものであるから。

「でも、ウチ……もう冒険者として生きていくって、決めたッスから」

すべての竹筒が朽ち果て、巨大なクダギツネの全身から力が抜ける。

そして、百鬼怪道の主は――――壮大なエフェクトと共に砕け散った。