作品タイトル不明
[ ]⑤
「っ! とにかく、陣形を崩すな!」
混乱を抑えるように、俺は指示を飛ばした。
前衛がヘイトを稼いで壁となり、後衛の大火力や回復要員を守る。
それがパーティー戦の基本だ。この陣形を崩されれば負ける。
スキルが使えなくとも、セオリーは変わらない。
その時、枝の一本がしなった。
赤い実のなった枝先を地面に叩きつけ、汁をべったりと塗りたくる。
「っ!?」
その赤い染みから、モンスターが二体湧き出た。
ヒートサラマンドラ。火属性のトカゲ型モンスター。
「こういう攻撃か! まず雑魚を倒すぞ!」
取り巻きがいるボスの場合は、取り巻きから処理するのが鉄則だ。
距離を詰めようと地を蹴って……俺は違和感を覚えた。
「……?」
ヒートサラマンドラへ肉薄し、弱点部位である鼻面を斬りつける。
仰け反り(ノックバック) が発生、するはずだった。だが予想に反して、火トカゲは構わず噛みつき攻撃を仕掛けてくる。
すんでのところで躱し、再び攻勢に出る。数度の攻撃で、ようやく一体を倒し終えた。
「なんだ……?」
やはり違和感がある。
残る一体が、こちらへ口を開けた。火球を吐くモーション。阻止は間に合わないが、受け流せば隙を突ける。
赤いトカゲの口から、火球が吐き出される。
俺はそれを“パリィ”で防ごうと――――、
「っ……!!」
防げなかった。
熱と痛みに、思わず後退する。HPの減少幅が、“パリィ”の失敗を示していた。
「アルヴィンっ!」
声と共に、数本の投剣が飛来。ヒートサラマンドラに突き立っていく。遅れて振るわれたテトのナイフが、火トカゲをエフェクトと共に四散させる。
「何やってんだよっ!」
「っ、悪い」
俺は自分の間抜けさに歯がみする。
そう、スキルが使えないのだ。
【剣術】スキルが使えなければ、“パリィ”には頼れない。 AGI(敏捷) や STR(筋力) も下がっているせいで、足は遅いし火力も出ない。
今までと同じ感覚で戦っていたら、負ける。
「アルヴィンさん!」
ココルの声。体を光が通り抜けるような感覚と共に、HPが全回復する。
フォローが早い。彼女はこんな時でも冷静なようだった。
ステータス的にも、ココルのバフにかなり助けられている状況だ。
再び、枝が叩きつけられる。今度は黄色。
湧き出たライトニングスパイダーを、爆裂魔法が襲った。
何もしないまま 仰け反り(ノックバック) する大グモに、テトがナイフを突き立て、エフェクトと共に四散させる。
メリナが叫ぶ。
「麻痺に気をつけて! 今は……」
その時、先ほどの枝が再び振るわれた。
黄色く染まっていた枝先が床に叩きつけられると――――そこから地を這うように、稲妻のエフェクトが走った。
「枝本体も攻撃を……っ!?」
ランダムに分岐するそれは、たまたまその進行方向にいたココルに命中する。
「いっ……!」
小さな悲鳴と共に、ココルが倒れた。
そのまま起き上がらない。
ココルの簡易ステータスに目をやった俺は、ぞっとする。
《状態異常:麻痺》。
「まずい……っ! テト、少し頼む!」
「わ、わかった!」
今度は赤く染まった枝が振るわれ、複数の火球が現れた。
すんでのところでココルを抱えた俺は、横転。火球の一つをなんとか躱す。
地面に手をつきながら、俺はストレージからアイテムを取り出した。『イエローゴブリンの解毒薬』。実体化したそれを、急いでココルに振りかける。
「ココルっ! 大丈夫か!」
「う、ぐ……は、はい。助かりました」
ココルが自分の足で立ち上がる。
倒れた時に切ったのか、口元には血が滲んでいた。だが、力強く言う。
「すみませんっ、麻痺は 状態異常回復(キュアー) で対応しようと思って、油断してました! わたしの【麻痺耐性・大】も、今は無効でしたね……。これからは《麻痺耐性》バフで対応します!」
「動けそうか?」
「大丈夫です! アルヴィンさんは前衛に戻ってください!」
また、枝が振るわれる。今度は青。
湧き出たアイスゴーレムに、メリナの雷魔法が突き立つ。
しかし、歩みが止まらない。ダメージが思ったよりも通っていないようだった。
ヘイトを稼いでしまったメリナへ、巨腕が振り下ろされる。
そこへ、かろうじて俺の剣が間に合った。
腕の攻撃を弾くと、《物理耐性貫通》のバフを利用して核を痛撃。青い巨体を四散させる。
息を荒げたメリナが謝る。
「ごめんなさい! ダメージ量を見誤ったわ、【属性強化】込みの威力で考えててっ……」
ドライアドは攻撃の手を緩めない。叩きつけられた枝が緑色の染みを作り、今度はエルダーマンドレイクが湧き出る。
近くにいたテトが応戦するが、やはり【短剣術】とパラメーター上昇系スキルが失われているせいで、そこまでの火力が出ていない。
その時、緑に染まった枝が地面に叩きつけられた。
出現した緑の蔓が地を這うように伸びて――――テトの小さな体に巻き付き、捕らえる。
「うわっ……!!」
テトは必死にもがくが、抜け出せる様子がない。テトの目の前で、エルダーマンドレイクの太い根が振り上げられる。
だがそこで、メリナの火属性魔法が間に合った。
火球がぶち当たり 仰け反り(ノックバック) するマンドレイクの眼前で、俺は蔓を斬り、テトの拘束を解く。そのまま流れるようにマンドレイクへ剣を叩き込み、根のモンスターを四散させる。
「大丈夫かっ?」
「あ、ありがと、アルヴィン……。いつもだと【縄抜け】が使えるから、気を抜いてた……」
もうボロボロだった。パーティーが全然機能していない。
普段、自分たちがどれほどスキルに頼っていたかを思い知った。
スキルとは、これほどまでに大きなものだったのか。
考えてみれば当たり前だ。努力もなしに、時には努力では絶対に手に入らないような力や技を、生まれながらに得る。
マイナススキルの不遇にばかり囚われ、俺は……自分の持つ他の、たくさんのスキルの恩恵を、ろくに考えたこともなかった。
すべてのスキルを失い、ようやくその大きさに気づいた。
枝が叩きつけられる。今度は紫。
湧き出てきたのは、毒々しい紫の鎧を持つ、三体のポイズンスティール・メイル。毒の状態異常を使う、リビングメイル系モンスターだ。
さらに紫に染まった枝が振られ、飛沫が毒沼トラップを生成する。上に立つと一定時間で毒状態になる厄介な代物だが、今はテトの高価なポーションのおかげで耐性があることが救いだ。
上に引っ込んでいく枝を見ながら、俺は舌打ちする。
呼び出す雑魚を倒すばかりで、肝心のドライアドにはまだわずかなダメージも与えられていない。本体か枝を攻撃したいところだが、そんな余裕もない。
「俺が二体受け持つ! 残り一体を頼む!」
叫びながら走り、鎧二体のターゲットを取る。
数が多い。まずここで二体を押しとどめているうちに、メリナとテトに一体を処理してもらう。
紫色の剣が振り下ろされる。それを弾きつつ、もう一体の攻撃をかろうじて躱す。
俺は、騎士職のような純粋な 盾職(タンク) ではない。だが、この程度のモンスター二体のターゲットを取りつつ、どちらも倒すくらいのことはこなせるはずだった。
いつもなら。
「くそっ……!」
やりにくい。
スキルが体に染みついていたせいで、今の自分に何ができて、何ができないのかがすぐにわからない。
再び振るわれた紫の剣を弾く――――弾けなかった。
想定外のことに、思わず体勢が崩れる。
もっと STR(筋力) があれば、起こらなかったはずの誤算。
もう一体のポイズンスティール・メイルが、刺突のモーションを始めた。
まずい。
あれは高威力の攻撃だ。受けられない。“パリィ”も……今は使えない。
下手すれば、もう一体との連続攻撃でHPが消し飛ぶ。
どうする?
鎧の鉄靴が、地を蹴るのが見えた。
どうする?
迫る剣先が、妙に遅く感じる。
どうする?
俺は――――――――、
「っ!」
その時――――体が勝手に動いた。
浅い角度で剣を置くように、紫色の刺突を受け流す。
大幅にHPを削ったはずの一撃は、俺にわずかな衝撃だけを残し、外れていく。
そして俺は、大きな隙を見せたその一体へ剣を引き絞ると――――そのまま鎧の腰部にある隙間へ、全力で突き入れた。
リビングメイルの弱点部位は、胴の内側にある小さな魔法陣だ。
そこへ会心の一撃を叩き込まれたポイズンスティール・メイルは、一瞬後、エフェクトと共に派手に四散した。
その様子を見つめながら、俺は思う。
そうだ……忘れていた。
俺が手にしているのは、決して生まれ持ったスキルだけじゃない。
残る一体の剣を躱しつつ、反撃に脚部への横薙ぎを放つ。
その後もあえて弱点部位を外し、足への攻撃を続けていると……やがて右の鉄靴が壊れ、鎧が倒れた。
部位破壊だ。
左足のみとなったポイズンスティール・メイルは、起き上がれない。モンスターや破壊部位によっては、こういうことも起こる。
「アルヴィンさんっ、大丈夫ですか!」
「こっちは処理したわよ!」
仲間の声を聞きながら、俺はドライアドの様子を眺める。
呼び出したモンスターが瀕死の一体しか残っていないにもかかわらず、動く気配はない。
おそらく、すべての雑魚を倒すことが、次の攻撃の条件なのだろう。
俺は息を吐く。
思えば、こんな分析をする余裕すら失っていた。
苦戦するわけだ。
「みんな、聞いてくれ」
俺は、パーティーの仲間たちへ告げる。
「――――勝てるぞ」