作品タイトル不明
温泉だけどなんだか物足りない気がします……。
漬物づくりも一段落し、焼き鳥などの新しいメニューの開発も進んでいるものの、試飲会を兼ねたパーティーまで残り半月を切っていた。
突貫工事ではあるが、貴族の皆さんに泊っていただくような旅館ができつつあり、とても風流な造りとなっている。
久しぶりに日本に戻ってきたような……そんな感覚だ。
「ん~……」
「どうしたんです。ずっと唸って……」
建物を見ながら、何かが物足りないと考えること数分……。
痺れを切らしたフィリベールが、どうしたのかと尋ねてきた。
「建物も問題ないし、温泉だってきれいに改修されている。」
「特に言うことはないんだけど……何かが足りない気がするのよね。」
「何か……ですか? 何かとは何でしょうか。」
フィリベールが捲し立てるように聞いてくるが……それが分かれば今こんなに悩んでいない……。
温泉と言えば……やっぱりコーヒー牛乳だ。
その辺りは抜かりなく準備を進めていて、当日お風呂上りに皆さんにコーヒー牛乳をお出しする予定となっている。
山間の町のサンリードさんにお願いし、山間を少し切り開いてもらったうえで酪農を始めてもらったのだ。
まだ牛の頭数は少ないが……今後増えていく予定である。
そして今回は、そこで飼い始めた牛の乳を利用したチーズやバターを出す予定だ。
今までは森で狩ってくるという考えが多かった人が、今回酪農を始めたことでどういう風な考えになっていくのか……。
新しい乳製品などを通して、考え方が変わってくれればいいなと思っている。
まだまだ始めたばかりではあるものの、軌道に乗れば、他の領地でも始めることができるだろう。
温泉について連想ゲームをしていくと、一つだけ足りていないものがあった。
そう、温泉と言えば宿に泊れば必ず置いてある……あれが足りないことに気がついた。
「わかったわ! 浴衣よ。浴衣が足りないんだわ!」
浴衣は盲点だった。
昔あんなに作ってきたというのに……。
寧ろ、だから忘れていたのかもしれない。
当たり前の物だったから……。
「ゆかたですか?」
フィリベールが浴衣という言葉を聞いて首を傾げる。
この世界は洋装しかしないし、和装なんて見た事がないだろう。
それに言葉にも馴染みが無いはずだ。
「そう、浴衣。」
「着方が分かればとても楽なの。」
「今回全員分用意することは出来ないから、私たち家族の分とフィリベールにも着てもらおうかしら。あと、ベルリック様にもね!」
試飲会で招待する側の人たちが着ていれば、周りから分かりやすいし、声をかけやすいだろう。
それに生地にこだわれば時間はかかるが、こだわらなければそこまで時間はかからないだろう。
今回は試飲会がメインだし、浴衣をそこまで派手にする必要は無い。
少しだけお披露目して、ゆくゆく広げていく方向で考えよう。
勿論、どこで売っているのか聞かれた時は、シュエット商会とアルカイオス商会の名前を出してもらう。
「フフフ……いい感じじゃない。」
「さっ! 明日からは浴衣を作るわよー!!」
そして次の日。
私は裁縫が得意な侍女たちに集まってもらって、浴衣の作り方を説明していく。
勿論エルザとミナリーも一緒だ。
皆、手縫いでドレスを作ってきたような人たちだ。
浴衣の作り方を見たら驚くことだろう。
まずは浴衣がどんなのか、絵を見せながら説明した。
「浴衣というのはね。少しガウンに似てるものなのだけど、袖に手を通して前で布を交差させたら、帯というもので締めるの。」
「ガウンと似ていると聞くと、少し肌が見えるんじゃないかと思うと思うんだけど、そんなことは一切なくてね。」
「帯も太めの帯で巻いてしっかり結ぶから、着崩れする心配もないわ。」
絵を見せると皆興味津々に見ている。
「これは肌着とか着ないのですか?」
「肌襦袢が必要ね。でも浴衣と似たような作りだからそんなに難しくはないの。」
一番難しいとしたら帯だろうか……。
帯のような固い布がないし、今回は布を巻いてかわいく縛るのがいいかなと思っている。
まずは採寸だけど、ドレスと違って身長さえ分かっていればいいだけだから、そこまで大変ではない。
それに少し大きめに作ったところで、着るときにお端折りをきちんとすればいいだけだから特に問題はない。
子供が着るときは少し大きめに作っておいて、成長に合わせて丈を変えてきていたものだ。
ドレスだったら体のラインに合わせて作らなければならないから、着まわすなんてことはできないけど……。
採寸を終えた後は、それぞれの部位ごとに裁断していく。
「裁断したら順番通りに縫ってくっつけていくだけ。」
まずは袖から縫って、次に背の部分を縫っていく。
そしたら肩を縫って、脇の部分を縫う。
そこまで出来たら、襟下部分を縫って、襟を付けていく。
最後に最初に作った袖を縫い付けたら完成だ。
だいぶ端折ってしまったけど、大体こんなものだろう。
正直、体が縫い方を覚えているから、この部位はこれで……なんてこと覚えていなかったりする。
まぁ何となく伝われば、エルザ達なら作れると思っているけど……。
「なるほど……わかりました。一度作ってみましょう。」
エルザは浴衣に興味があるようで、進んで布を選んで作り始めた。
私も自分の着たい布を選んで作り始めた。
そして、それから二週間かけて、皆で浴衣を完成させたのである。
***
ディーナが白い結婚と認められ、結婚したという事実がなくなってから数ヶ月が経った。
今やディーナのことを、この国で知らない貴族はいない。
女領主というだけでもかなり目に着くというのに、色々なものを開発していき、今や国全体が変わりつつある。
そんな状態を作ったのがディーナだからだ。
しかも見た目は美しいときた。
中身はお転婆という言葉が性に合っていると思うが、そのギャップがまた人気を集めている。
因みにオディロンと結婚したことについては、誰も触れることはしない。
普通だったら悲劇のヒロインなんていうネタで歌劇にでもなりそうなところだが……悲劇のヒロインではなく、むしろ幸運のヒロインと呼ばれているくらいだ。
幸運というのは、オディロンというくそ野郎のお陰でここまで国が変わってきているから、ということだろう。
それに本人も悲劇ぶっていないから丁度いいのかもしれない。
そして最近、気になる噂が飛び交っている……。
それは、フィリベールとディーナが恋人関係にあって、結婚秒読みなんじゃないか! という話だ……。
これは王都に行った時も聞こえるし、スフェレライトの領民たちも噂しているほどである。
さらに最近は、ホワイトベリル家がアクアマリン領に出向いているという……。
これは一大事ではないだろうか……。
「ラルフ! フィリベールとディーナが結婚するという噂が流れているんだが……本当か!?」
ラルフならディーナの兄だし、何か知っているかもしれない……と思って聞いてみると。
「さぁ……俺はずっとエリーといるからな。」
「本人たちからもそんな話聞いていないからわからないが……聞くなら本人に直接聞くのが一番なんじゃないか!?」
確かに、本人に直接聞くのが一番だろうと感じた俺は、急いで仕事を片付けてアクアマリン領へ向かうことにした。
――あの二人が恋愛関係になるなんてありえないだろう……。
――なんなら、家族という形の方が近いと感じるしな……。
――どうせ、誰かが二人で歩いているのを見て勘違いしたんだろうな……。
なんてラルフが思っていたことを、俺は知る由もなかった。