作品タイトル不明
ジェラルディーナ・アクアマリン・スフェレライト。
ラルフお兄様とエリーに留守番を頼み、私と子供たち、お母様、フィリベール、フレデリクお兄様、エルミーヌお義姉様でマラカイト領へと訪れていた。
「やっぱり……異様な臭いをまずは何とかしないと、フローライト領とスフェレライト領にも害が出かねないわね……。」
領地に来る途中、気になったのはこの臭いだ。
トンベリー・マラカイトが言っていた、糞をばら撒いたというのが原因なのだろうが……それにしてもこの臭いは異様すぎる。
私は家族を邸に案内すると、フィリベール、フレデリクお兄様と一緒に町の中を見回っていた。
数年前まで活気のあった町も、今では寂れた町という感じで、人が全然歩いていない……。
店も閉まっている所ばかりだ。
恐らく、この臭いのせいもあって店を開けることができないのだろう。
誰かに現状の話を聞こうと歩いていると、一人の少年がこちらに寄ってきて、石ころを投げてきた。
「お前、貴族なんだろ! 帰れよ!! もうこの町に来るんじゃねぇーーーー!!」
大声で泣きながら叫ぶ少年は、次々と石ころを投げてくる。
途中でお兄様やフィリベールが止めようとしたが、私は敢えてそのまま石にあたり続けた。
きっとこの数年、この少年だけでなく、たくさんの人が嫌な思いをしてきたのだろう。
私だって昔は同じような気持ちになることもあったんだから、気持ちは痛いほどわかる。
周りの人は少年の行動を遠くから見ているだけで、止めるように言う人は一人もいない。
下手に出て行ったら、自分たちまで裁かれるとでも思っているのか……。
私は石ころを投げてくる少年に近寄って、目線を合わせるためにしゃがんだ。
「なんだよー! 帰れって言ってるんだ!」
「お前たちのせいで、この町は変な臭いが充満して、人が一切来なくなった。」
「そのせいで、毎日食べるのも精一杯なんだ。」
「それなのに……それなのに、領主は何もしてくれねーどころか、いつもふんぞり返ってばっかりいて、若くてきれいな女を見かけたら連れて行ってしまう。」
「俺の、俺の母さんだって連れていかれたんだ!」
今の言葉に、フィリベールやフレデリクお兄様はこぶしを強く握りしめた。
まさか人身売買までしていたということだろうか……。
税金だけかと思ったら、それ以外にもいろいろ罪を犯していたとは……余罪を追及したら色々なことが出てきそうだ。
「あなた、お名前は?」
「ルネ……」
「そう。ルネというのね。」
「私はジェラルディーナ・アクアマリン・スフェレライト。この地の新しい領主よ。」
「今まで嫌な思いばかりさせてごめんなさい。」
「謝って済む問題じゃないのは分かっているわ。でも私はあなたたちに危害を加えるつもりは全くないの。」
「それに、私はあなたたちと一緒にこの領地を復興したいと思っているわ。」
「一人じゃできないことだけど、あなたたちが力を貸してくれればできると思っているの。」
「厚かましいお願いをしているのは十分わかっている。でも力を貸してくれないかしら。」
私は深くルネに頭を下げた。
それを見ていた住民たちが、恐る恐るこちらに近寄って来る。
「ほ、本当に、この町を元に戻してくれるのか……?」
元に戻すだけなら誰にでもできるだろうが、戻すだけで人が来るような温泉街が作れるかと言われたら、そんなの無理だ。
私はにっこりと笑ってから、大きな声で周りに聞こえるように話し出した。
「元に戻すなんて温いわ!」
「やるならとことんやるのが私の信条なの!」
「今よりもっといい領地にして見せるわ!」
「そして昔以上の活気をこの町に取り戻しましょう!」
それからまた、ルネに目線を合わせて、一つお願いをする。
「そのためにもルネにお願いがあるの。皆をここに集めて頂戴。一緒に温かいご飯を食べましょう。」
昔は“同じ釜の飯を食べれば皆家族”なんて言葉をよく言ったものだ。
私はエルダにお願いをして、たくさんのお米を炊くように指示を出した。
それと一緒に、お味噌汁も用意してもらう。
それからは、お母様や子供たちも呼んできてもらって、皆でお味噌汁をお椀に注いでいく。
お母様や子供たちを連れてくるのには少しだけ躊躇したものの、信頼をしてもらうには家族全員で動いた方が信頼してもらえるのではないかと、直感ながらにそう思ったのだ。
こちらがさらけ出せば、相手もさらけ出してくれると……。
まぁ、それが当たりかどうかわからないけど、少なくとも今、皆で温かいおにぎりやお味噌汁を食べて笑っている姿を見れば、間違っているとは思えなかった。
「皆さん。急な呼びかけに集まってくれてありがとうございます。」
「新しくこちらの領主となりました、ジェラルディーナ・アクアマリン・スフェレライトと申します。」
「本日より、この領地名をマラカイト領改めアクアマリン領とし、皆さんと一緒に新たな領地を作っていくことをここに宣言いたします。」
「まだまだ未熟者故、間違えてしまうところもあるかと存じますが、皆さんと一緒に盛り上げていきたいと存じますので、よろしくお願いいたします。」
年も若く、皆に受け入れてもらえるのか心配なところもあるが、深くお辞儀をすると、パチ、パチと拍手をしてくれる音が聞こえてきた。
そして最後は、大きな拍手に変わっていく。
ずっと領地名を変えた方がいいのか悩んでいたのだが……どうやら変えて正解だったようだ。
顔を上げると、さっきまで陰でこそこそしていた人はおらず、皆が前を向いて立っていた。
私は今の景色を決して忘れてはならないと思い、目に焼き付けた。