作品タイトル不明
蜂蜜。
ホワイトベリル侯爵領を視察してから、あっという間に三ヶ月が経った。
三ヶ月前に植えた作物が少しずつ実り始め、収穫が始まっている野菜たちもある。
一昨年は試作品と店頭用に作るだけで精一杯だった味噌や醤油も、昨年仕込んだものが少しずつ完成し始め、今年は少しだが商品化することもできそうだ。
スフェレライト領は一年を通して気候があまり変わらないこともあり、うまくいけば枝豆を三回は収穫できる計算だ。
年間通して枝豆を作れるのは、味噌や醤油の商品化を目指す私たちにとって、とても大きいことである。
「フィリベール。そろそろナタネも花を咲かすころだし、養蜂も始まるんじゃないかと思うけど、調子はどう?」
三ヶ月前、養蜂を始める準備をフィリベールと密かに始めていた私は、そろそろ木箱に住処を作っている頃なのではないかとフィリベールに確認した。
養蜂を行うには、まずハチの住処になる巣箱から作る必要がある。
昔、近所に住んでいたおじいちゃんが言っていたのを思い出しながら巣箱を作った。
巣箱を作るのは簡単だ。
木の箱に簀の子のような板を設置すればいいだけ。
あとは上の蓋を取り外しできるようにして、箱の下側に隙間を作っておけば、そこから蜂が出入りして巣を作ってくれる。
九十八歳まで生きていると、意外と交友関係は多くなる。
老人会に行けば過去の思い出話や苦労話をする人が多いし、近所のゲートボール大会が月一くらいで開催されるし……。
特に住んでいたのが田舎だったから、周りとの距離感も近かった。
私的には、たまにそれが煩わしかったりもしたんだけど、そのお陰で今の知識があるわけだから、あの時無理にでも老人会に参加していたのは良かったのかもしれない。
「そうですね。養蜂場を見に行ったら徐々に蜂も増えてきていましたし、早ければそろそろ蜂蜜も取れるのではないかと思いますよ。」
全く何もない所から始めたため、一番大変だったのは蜜蝋を準備することだった。
養蜂するなんていうことをこの世界ではしていなかったから、その代わりになるものを探すのに苦労した。
近所のおじいちゃんが言っていたことを思い出して、松の木の樹液を使うことにしたけど、果たしてそれでうまくいくのか……それだけが心配だった。
だが、どうやら上手くいったらしい。
一度蜂蜜が取れれば、そのあとからは蜜蝋もすぐ手に入るようになるから、次の養蜂からは大丈夫だろう。
そしてそれから数日後。
私とフィリベールは養蜂場に赴き、初めての蜂蜜を取る作業に取り掛かった。
「フィリベールに、他の皆も準備は大丈夫ね!」
「「「はい!」」」
この日のために簡易ではあるが防護服を準備した。
きちんと顔にも、前が見えるくらい薄めの布を被せてある。
今回来たのは、これから養蜂に携わるであろう領民たちとフィリベールだ。
養蜂は子供でもできるということから、大人だけでなく子供も見学に来ている。
「まずは底を少し持ち上げて、蜂がいるか確認するわ。」
底を見ると、蜂がたくさんいるのが見える。
どうやら養蜂自体は上手くいっているようだ。
「うん、大丈夫そうね……そしたら上の蓋を開けて……」
一つ一つ釘を外していき、一段ずつ重箱を持ち上げる。
すると中にはびっちりと蜂の巣ができていた。
少し傾けると蜜が出てきそうだったので、急いで容器を準備してもらい、その中に蜜が垂れるようにしておく。
「いい? 今垂れてきているのが蜂蜜よ! それと中にできているこの層が蜂の巣。蜂の巣からも蜜が取り出せるから、そのやり方はあとで教えるわね。っと、その前に……」
私は蜂の巣を切り取って、パクリと食べた。
周りから「そのまま食べたぞ!?」「毒は大丈夫なのか!?」なんて声が聞こえてきたけど気にしない。
「あっまぁ~い! やっぱり砂糖とは違う甘さでおいしいわね!」
私が食べた姿を見て、皆がごくりと喉を鳴らす。
一箱は元々試食用にと思っていたので、皆にも同じように蜂の巣を分けた。
初めての物は何を食べるにも不安だろうし、安心して養蜂を行ってもらうための作戦でもある。
「少しずつだけど、皆も食べてみて! 頬っぺたが落ちるくらい甘くておいしいから!」
恐る恐る口にする領民たち。
フィリベールに関しては、好奇心の方が強いのか気にせずパクリと口の中に入れる。
口に入れた瞬間、不安な表情が一転し、幸せそうな顔になった。
そう……皆のこんな顔が見たかったのよ……。
以前はやせ細っていた人たちが、少しずつ肉付きよくなってきて、健康そうな見た目に変わりつつある。
それに、出稼ぎに行っていた人たちも戻ってきた。
「あぁ、皆の幸せそうな顔が見れてよかった……」
「そうですね……私もこの光景が見れてよかったです。」
どうやら口に出てしまっていたらしい。
領民たちは蜂の巣の味を堪能するのに夢中で聞こえていなかったようだが、隣にいたフィリベールには聞こえていたようだった。
それから数分。
皆が味わっている姿を見てから、私は蜂蜜の取り方について改めて説明をした。
***
ラルフリード視点。
「ラルフ。なんだか最近フィリベールが楽しそうじゃないか?」
エリーの側近となって数年以上。
エリーがずっとジェラルディーナのことを慕っているのは知っていた。
別にそれが駄目だと思ったこともないし、エリーがジェラルディーナのことを思って身を引いたというのも知っている。
だが、この王子……ここ最近ずっとこの調子である。
何やらフィリベールがジェラルディーナに恋をしていると勘違いしているようだが、絶対にそんなことはないだろう。
もしフィリベールが恋をしているというなら、恐らくジェラルディーナの発想力に対してだ。
一緒にいて毎日が楽しそうなのも、新しいことに挑戦するのを見ているのが楽しいというだけで、それ以外の気持ちはないと思う。
尊敬はしているんだろうが……。
「そうだな……それよりもお前は、そろそろ王子としての仕事をしに王宮に帰った方がいいんじゃないか。」
ずっとスフェレライト領にこもっている割に、フィリベールがいなくなったことで仕事も溜まっているのだが、それどころじゃないのか、なかなか手についていない様子だ。
もし、こんな腑抜けた状態なら、いくらオディロンと離縁したからと言って、ジェラルディーナを嫁に渡す気はない。
あいつには幸せになってほしいからな。
きっと父上も母上も同じことを思っているだろう。
勿論、フレデリクだって……。
「ジェラルディーナはフィリベールのことが好きなんだろうか……」
「あぁ。仕事しないやつよりは、一緒に仕事をしてくれるフィリベールの方が好きだと思うぞ。」
思ったことをそのまま口にすると、さすがにやばいと思ったのか、徐に立ち上がり、一度王宮に帰ると言って準備を始めた。