作品タイトル不明
嫌な予感。
国王陛下との謁見を終えてフローライト邸に戻るころには、日が落ち始めていた。
まさかこんなに話し合いに時間がかかるとは思っていなかった。
自分が行ってきた成果について話を終えたあと、ホワイトベリル侯爵に呼び止められてからが長かった。
でも活版印刷について興味を持って貰えたし、契約を結べたのは大きい。
領民にとっても大きな仕事が入ることはいい事だ。
「無事、領主代行の地位を手に入れることが出来たし、まさか男爵位まで貰えるなんて思っていなかったわ……。」
「ディーナなら貰えて当然だろ。それだけの事をこの一年でしてきたんだ。俺はそれを間近で見てきているし、国として変わるいい機会になったと思うぞ。」
「……って、なんでエリーがここにいるのよ!? 貴方、王宮に部屋があるじゃない!!」
独り言を話していたつもりが、自分の言葉に反応があって思わず二度見してしまった。
しかも我が家のように寛いでいるし。
もう少し弁えるってことを知らないのかしら。
「あぁ、そうだな。ちょっと、ディーナに話があってきたんだ。」
そう言うと、エリーが真剣な顔になる。
思わずごくりと喉が鳴った。
「実はな……オディロンとレイナが行方をくらませたらしい。」
「行方をくらませたって……貴方オディロンが居る場所知っていたの!?」
エリーの言葉に思い切り立ち上がる。
立ち上がった反動で椅子が倒れた。
「あぁ、実はな……」
サミュエルがオディロンを探っていてくれたこと。
ある程度居場所は掴んでいて、普段何をしているかなどまで細かく調べてくれていたそうだ。
オディロンがいたのは、マラカイト領のマラカイト伯爵家だったらしい。
事もあろうに、マラカイト子爵は二人の関係を知って隠していたそうだ。
「そう言えば、マラカイト子爵って、今日来ていなかった?」
確かあのブヒブヒうるさかった豚野郎が、マラカイト子爵と呼ばれていた気がする。
「来てたよ。あのブヒブヒ言ってた奴がマラカイト子爵だ。」
「ククッ」
まさか、エリーも同じことを思っていたとは……思わず笑ってしまった。
エリーは私が急に笑い出したからか、不思議そうな顔でこちらを見ている。
「ククッ……クッ……ごめんなさい。私もエリーと同じように『ブヒブヒうるさい豚野郎って!』思ってたから、なんだか面白くなっちゃって……クスクス」
「あぁ、そういう事か。まぁ、誰がどう見たって豚野郎にしか見えなかったからな。昔はあんなに肥えてなかったと思うんだが……相当金回りがいいんだろう。」
金回りがいいのは恐らく……うちの小麦や米を売ったのと、税金を持っていったからだろう。
「へぇ……金回りねぇ……。今日見た感じ、領地経営が上手くいっているとは思えなかったけど。」
人の話も半分以上イチャモンつけてただけだったし……。
「取り敢えず……話はわかったわ! なんか嫌な予感がしてきたし……早めに帰ることにしましょう。出来れば商会の帳簿も確認したかったけど、今はそれより家の方が大事だわ!」
エリーが帰ったあと、私は急いでお父様にも明日帰ることを伝えた。
何でか聞かれたけど、オディロン達が行方をくらましたことを伝えたら何となく察したようだ。
そして次の日。
私は朝早くに家を出てスフェレライト領に戻ると、その嫌な予感は的中した……。
邸の中に入ろうと扉の取っ手に手をかけると、中から声が聞こえてきた。
「早く、チョコレートとコーヒーを出せと言っているんだ。あとその作り方もだ! 分かったら早くしろよ?」
「それと、小麦粉もね! あとぉ、今年の税金も貰って来いってパパが言ってたわ。」
どうやら中にいるのはオディロンだけじゃないようで、女の声も聞こえてくる。
「俺が領地を回った時には税金は既に支払われたと言っていたぞ。どうせお前たちが俺に成り代わって税金を集め悪用したんだろう! 本当に最低なヤツらだな。」
私が聞いていないと思っているのか、二人は好き勝手言い放題だ。
そもそも税金だって、お前が使っていいお金じゃないということを分かっていないのだろうか。
「この家にはあなた達にお渡しできるものは一切ございません。」
ところどころ聞こえないところもあるが、マルセルが二人に対し淡々と言い返している姿が目に浮かぶ。
「そんなこと言っていいの!? あなた達には私の大事な子供たちをあげたじゃない! ジェラルディーナとかいう女が私の子供が欲しいと言うからあげたのに、それは酷いんじゃないの!?」
大事な子供たちをあげた!?
私、別に欲しいなんて言っていないし。
そもそも、あんな生まれたばかりの子供を袋に入れて持ってきた時点でアウトだろう。
レイナの言葉を聞いた私は、二人に気づかれないようにゆっくりと扉を開ける。
レイナを初めて見たけど、そんなに可愛くないと思うのは私だけだろうか。
いや、男は唇が厚めで、目が二重でぱっちりしていて、ちょっとぽっちゃりしている女の方が好きなのか。
いや、ちょっと待って。
あれは妊娠しているのか……!?
いや、ただのぽっちゃりであって欲しい……取り敢えず今は聞かないでおこう。
「はぁ……では直接ジェラルディーナ様に聞いてみてはいかがでしょうか。ほら、丁度あなた達の後ろに……」
マルセルが後ろを指さすと、オディロンとレイナが後ろを振り返る。
私は怒りが表に出ないように必死に取り繕いながら、クソ野郎に声をかけた。
「お久しぶりですね。旦那様……と、そちらは一体どなたでしょうか? あぁ、もしかしてあなたが泥棒猫のレイナ様でございますか?」
私を見た瞬間、化け物を見たような顔で驚くクソ野郎。
「ジ、ジ、ジェラルディーナ!?」
私は少しだけ口角を上げてから、クソ野郎に一歩ずつ近づく。
「えぇ、ジェラルディーナです。一応貴方の妻のジェラルディーナ・スフェレライトですわ。まぁ、貴方を旦那だと思ったことはこの二年間、一度もございませんでしたが……。それで我が家に一体何の用でしょうか? 愛人まで連れてきて、まさかここに住むとか言わないですよね?」
まぁ、住みたいと言ったところで、クソ野郎に住む権利なんてないのだけど。
なんて言ったって、今この地の領主は私なのだ。
領主代行である以上、こんなクソ野郎と泥棒猫を住まわせる気など毛頭ない。
「ふぅーん。貴女がジェラルディーナ? 可愛さの欠けらも無いのね。だからオディロンに捨てられるのよ」
人のことを値踏みしているかのような目で見てくるレイナ。
そもそもオディロンに愛されたいと思ったことは、結婚した初夜の日に全て捨て去ったし、可愛いと思われたところで吐き気しかしてこない。
私は一切表情を変えずに言い放った。
「あら、お褒め頂きありがとうございます。可愛さですか? それは一体なんの役に立つのでしょうか。そこにいるクソ男に好かれる可愛さなら、ない方がマシですわ。それに、そこにいるクソ男に捨てられたなんて思っておりませんし、あなた達のおかげで私、爵位をいただきましたので。むしろ感謝しています。私を捨ててくださって。」
私は二人に振り向くことなく、通り過ぎて部屋に向かう。
「あ、そうそう。この家の領主は今私なので、貴方の居場所はここではありませんわ。今すぐお引き取りください。もちろんそこの愛人もご一緒に……まさか、また妊娠した……なんてことはありませんよね? もしまた子供を連れてきたりしたら……。」
誰も文句が言えないような笑顔を作って――
「貴方達のことは去勢させていただきますのでお忘れなきよう……。」
皆が一瞬にして凍りついたような表情をしているけど気にしない。
「さっ、マルセル、パウル。二人をこの邸の外にお連れして差しあげて。それではご機嫌よう。」
マルセルとパウルが二人を連れて扉の外に向かったのを見て、私は小さく手を振った。
ふふふ。
これはまだ序章よ……。
貴方達はこれからどんどん地獄にいくんだから……。
楽しみにしてなさい。